第42話 楽しい食事会

 テーブルには大皿に多種多様な野菜とおかずが置かれ、保温の加工術が施された鍋に入ったスープと食パンやクロワッサンなどのさまざまなパンがあった。

 おかずは焼き魚やサァモンのマリネ、コケーコのササミ、ラピッグの肉野菜炒め、ハンバーグ、カーウのステーキ、スクランブルエッグが置かれていた。野菜は、自分で取り分けられて、自分の好きなサラダにできるようになっている。シャキシャキとした葉野菜や、コーンやグリーンピース、ポテトサラダもあった。


 食べ物の美味しそうな匂いと見た目が、彼と出会う前はあまり感じなかった空腹感が襲ってくる。無意識のうちに唾を飲み込んでいた。

 

「取り分けて食べられるようにこんな形にしたんです。取れそうにないものは俺が代わりにとるんで、いつでも言ってください!」

「君はそれでいいのか。料理もつくったのに、それに加えて私の料理をとるとなると、少しでも労力がかかるだろう。別に、私がとっても構わない。それか、もともとカウンターか別のテーブルに並べて、自由に取り分けて食べるか、立食形式にした方がいいのでは……」

「た、確かにそうですが、ライルさんを立ったままにしたくなかったし、わざわざ取りに行く労力をさせるくらいなら、俺が取った方がいいかなって」

「まぁ、セティちゃんったら、優しいわねぇ~」


 いやいや、優しいにしては行き過ぎていないか。確かに、私に対して異常に過保護な部分があるが、そこまでするほど貧弱なつもりはないが。病弱でずっと部屋暮らしだったあの時よりはまだマシの筈だ。


「だって、≪亡霊≫との戦以後、疲労で倒れる位しか体力ないじゃないですか。それに、まだ病み上がりなんですから、出来る事なら無茶はしてほしくないんです」

「うっ」


 彼にきっぱり言われて返す言葉がない。時々、山の周辺を散歩するなど、少し運動しているつもりではあったがそれでは足りないのかもしれない。家でできるトレーニング方法を少し調べるべきかもしれないな。


「君がそれでいいなら、今回はそうしよう。しかし、次の時はちゃんと自分でとるから、そのようにしてくれ。

――なんだその顔は。何か変なことでも言ったか、私は」

「そ、そういうわけじゃないんです! ただ、次もあるんだって、思って」

「? ……!

 違うぞ! 今のは話の流れでそう言っただけで、次もやるなんて言ってないからな!」

「じゃあ、次回もここで行いましょうっ! その方が楽しそうよね、キリ!」

「レオーラ様がそう思うならば、私はそれに従うだけです」



「やらないからなっ!」



――――



「ライルさん、美味しいですか?」


 あれからなんとか話しを切り上げ、なんとか食事会が始まった。やはり彼が作った料理はなんでも美味しい。彼女の秘書の料理の腕もなかなかだが、私は彼が作った方が好みだな。……このままでは彼の料理じゃなきゃ満足できない舌になるかもしれないな。もっと他に色々な店の料理も食べてみるべきか?


「あぁ、どれもこれも悪くないんじゃないか。とくに、あのサァモンのマリネは良かった。また食べたい」

「分かりました! また作りますね!」

「そうか。


 って、君はなんで泣いているんだ」

「だ、だってあのライルちゃんがちゃんと食事をしているのよ~! それも、こんなに食べて……」

「これでも、一般人と同じぐらいか、それ以下だぞ」


 まぁ、彼女が言いたいことは分かる。あれはまだ私が十歳になったかなっていない時だったか。口に入れた食事に毒が混ぜられていたことがあった。一口食べてしまい、生死の狭間をさまよった事がある。その後、無事に目ざめる事は出来たのだが、恐怖でしばらく何も口にできなかった時期があった。

 だが、毒を盛られるなど貴族の子どもにとって、珍しい事ではない。特に、王家付きの魔法剣士の家であったため、貴族関係なく、大小関わらず犯罪組織から恨みをかわれていた。それに敵は国内だけでなく、わたしの父であった人は戦場で多くの人間を斬ってきた。だから、命を狙われるのは日常茶飯事であった。

 それでも、毒がないか毎回確認してから食べていた。だからその時も反応がなかったからそのまま口にした。それがあの結果だ。その後、調べの結果で1人の使用人が捕まった。どうやら誰かに金を握らされやった事のようだが、事件の黒幕は分からずじまいのままである。

 もとから小食で楽しくない食事が、嫌いになった出来事だ。今はもう忘れかけていたがな。彼女はその事を知っているから感極まって泣いてしまったのだろう。あぁ、それにしても、


(食事が楽しいなんて、前までの私では考えられもしなかったな)


 彼と出会ってから私の暮らしが変わり始めた、ような気がする。人とは関わらず、一人静かに息絶える。そう決めていたのに。少し強引で明るい彼が私の生活を変えていっている。今だって、また彼の料理を食べたいと考える私がいる。このままではいけない。そう思うのに、


『もう私と関わらないでくれ』


 と、彼を完全に拒否する事が出来ない。彼が私の求める魔法剣士のようだからか? それとも……いや、それでも私は人が嫌いなんだ。一緒に居たってそれは変わらない、変わる筈がないんだ。だから、今はこれでいい。そう思い込むことにした。


「さぁて! 今日はジャンジャン飲むわよ~! さ、セティちゃんもどんどん飲んだ飲んだ!」

「はい! 朝まで騒ぎましょう!」

「……私は先に帰っているからな」

「えぇっΣ じゃあ、俺も帰ります!」

「あらあら、あたしが二人を易々と帰すと思うのぉ? 帰りたかったら、あたしを倒してから帰ることね!」

「なっ! 負けませんよっ!」

「この空間で加工術で出来ているからといっても、自分の家で戦いをしようとするんじゃない」

「レオーラ様が戦うのでしたら、私はそれに加勢いたします」


「いや、君は止めるべきだろっ!」


 楽しいと思ったが、これは流石に騒がしすぎるな。






 それに、私のある事を知ったら、きっと彼も私から離れるだろう。いつだってそうだ。誰も私を愛さない、私を排除しようとする。もう二度とあんな思いはしたくない。


『この悪魔め』


 ずっと友人だと思っていた奴の、嫌悪を隠そうともしない、凍てつくような目。未だにその目を忘れることができない。だからきっと、本当の事を知ったら、彼も私から離れていくだろう。誰かに期待してはいけない。仲良くなりたいと思ってはいけない。なぜなら私は生きているだけで誰かを不幸にしてしまう。私はなのだから――

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