第36話 二人での初クエスト

 バルチェリア森林に着いた瞬間、感じたのは寒さだった。前回来た時は心地よい暖かさだったのに、今はまるで冬のような気候だ。



「さ、寒いで……は、は、ぶわぁくっしょんΣ」


 確かに、何も考えずいつも通りの服装だったが、このままでは凍え死んでしまう。収納魔法から体を温める加工術が施された四角い紙を出す。彼に一つ手渡し、もう一つは私が持つ。

 記号に魔石を触れさせて発動する。この紙の片面は粘着性を持っており、服に貼ることができるのでそうする。魔法の効果はしばらくは持つので、発動すれば魔力を流す必要はない。もし切れたら、また魔石で発動すればいいだけだ。彼は私のやり方を真似て無事に寒さから逃れたようだ。


「よし、これで寒さから逃れたようだ。それにしても、まるでここだけ冬のようだな」

「そうですね。どうしてこうなったのか、早く調べませんとね」

「あぁ。一応こうなった心当たりはあるんだが、そこに向かっていいか」

「大丈夫ですけど、心当たりってなんですか?」

「それは、当たっていた場合でいいか? 今は説明している時間も惜しい。とりあえず、着いてきてほしい」

「分かりました!」


 とりあえず、魔波発信所がある所よりも先の、森林の奥の方へ向かう。普段なら鬱蒼とした木々が立ちならんでいるはずだが、今は雪で白く染められている。寒さによって枯れかけの木も何本か見かけた。


「ガァオオオオォ」

「危ない!」

 

 いきなり狂暴になったウールフが襲い掛かってきたが、彼は一瞬で電撃を走らせ、モンスターを気絶させた。


「ライルさん、ケガはないですかっ!?」

「あぁ、大丈夫だ」

「良かった……。さぁ、先を急ぎましょう!」

「あぁ、そうだ――いや、待ってくれ」


 よく見ると、小型モンスターであるラビッタが今にも息絶えそうになっていた。すぐに回復弾を使い回復させ、栄養のありそうな木の実を与えて、魔石に一回吸収させる。ちゃんと問題を解決するまでは小型モンスター達はここにいてもらうか。


「えっと、その魔石のなかって安全なんでしたよね」

「あぁ。例え元気になっても、他の大型モンスターに攻撃して死んでしまっては私達が来た意味がないだろう。ちゃんと無事に解決したら森に帰すから安心してくれ。さぁ、気をつけながら行くか」

「はい!」


 それから、襲い掛かって来るモンスターを気絶させ、死にそうなモンスターを助けながら、やっとバルチェリア森林の最深部に辿りついた。


「えっと、目的地はどこなんですか」

「ここだ」

「え、でも何もないですよ?」

「まぁ、普段は見えないようにしているからな。ちょっと待っていてくれ」


 反魔法銃を構えて、目の前を撃つ。すると、何もなかったように見えた所から、洞窟が現れる。


「不可視の結界がかかっていたんですね」

「そうだ。とりあえず、中に入るぞ」

「あ、はい!」


 狭いので一列になる。当然、場所を知っている私が一番前だ。ランタンを取り出し、魔石で火をつけ、照らしながら洞窟を進んでいく。しばらくは狭い道が続いたが、一番奥の開けた場所に出た。そこは小さな神殿のように、石畳、階段、祭壇が施されていた。


「バルチェリア森林の奥にこんな場所があったなんて知りませんでした」

「ここは、一部の人間しか知りえない場所だ。とても大事なモノが保管されている。だが、もしかしたらそれが奪われているかもしれない。だから、ここに来たんだが……」


 そう言って、階段を上り、祭壇を見る。だが、そこに安置されているモノは無かった。どうして悪い予感ばかり当たるんだ。


「やはり大切なモノが奪われていた」

「大切なモノ、ですか? えっと、そろそろ教えてください。何を奪われたんですか? そして、なんでバルチェリア森林がこんな風になったんですか?」

「落ち着いてくれ。とりあえず、順番に答えよう。

 まず、何を奪われたかについてだが、≪緑の魂≫が奪われた」

「≪緑の魂≫……って邪神を倒した時に出てきた石の一つですよね。それが奪われたんですか!?」


 今から一千年前、勇者によって邪神ドルゲイスは倒され、世界は平和になった。その時、邪神の体から五つの石が現れた。赤・青・緑・白・黒の色をしていた。その石を各地に収めた所、赤の所は火山に、青は海に、緑は森林に、白はその地が浮遊し、黒は深い闇に包まれた。


「その一つが、ここバルチェリア森林という訳だ。ここは≪緑の魂≫を大事に保管する場所といえば理解できるだろう」


 ここが冬になった原因は、≪緑の魂≫が誰かに奪われた事により、強大な力が無くなりその反動によって生じた事のようだ。とりあえず、この状況を模写魔法で収める。そして、彼にたくさんの魔力を魔石に流してもらい、それを≪緑の魂≫代わりに置く。当然、石には草木が生い茂る加工術を施したので、安心だ。だが、あの石と違い、魔力は多くはないので、もし切れたらレオーラに伝えて他の人に補充してもらえるように頼んでおかなくてはな。


「でも、その石が奪われると何が大変なんですか? 確かに森林が冬になるのは大変なのは分かるんですが……」

「邪神から現れたのは知っていると思うが、あの石には地形を変える程かなり強大な力がある。その力が悪用される事があれば、この地は地獄絵図になるだろう。

 それに加え、あの石にはまだ解明されていない謎が多いんだ。もしかしたら、奪った奴の目的は石の膨大な魔力が目的じゃないかもしれないだろう。だから、一刻も早く奪い返さなくてはならないんだ」

「それって、本当に一大事じゃないですか! それならばなんで警護とかされていないんですか?」

「石の在処を知っているのは一部の人間とは先に伝えたな。それに警護している人間がいるならば、そこに何があるのか察してしまう者がいるかもしれないだろう。それを防ぐ為に、誰も警護をつけていないんだ。

 かわりに、常時監視魔法で不審者が居ないか見張っている。そして、不可視の結界で洞窟が見えないようにしていた」


 普通なら完璧と思われるそれらが全て無駄になった。石の強奪者はなかなか用意周到で頭が切れるようだな。


「一体、誰の仕業なんでしょうか……」

「それはまだ分からない。だが、ここを知っている人物は少ないから、大分絞れるだろう。とりあえず、保護していたモンスター達は解放して、今回はギルドに報告して帰ろう。

 明日は武器と食事会があるからな」

「あ! そうですね! 早く帰って明日に備えましょう! 戦闘以外で考えるのは苦手なんで、そういうのは他の人に任せますね!」


 君が言った事なのにそれはないんじゃないか? と思ったが、とりあえず魔石に吸収していた小型モンスター達を解放する。どうやら、ちゃんと元気になったようだ。それを確認したあと、転移石で『金獅子亭』へ行き、レオーラに報告した。どうやら、かなり深刻な状態なのが分かったようで、いつものふざけた調子からギルドマスターとしてのレオーラの顔になっていた。すぐに王宮に連絡をいれ、事態の調査に当たるようだ。


 彼には言わなかったが、≪緑の魂≫を奪った者は誰か聞かれた時に思い浮かぶ事があった。≪亡霊≫の奴等だ。だが、国家機密を知っているのはおかしい。これはもう一つの私の悪い予感が当たっているのでは……。

 いや、今考えても仕方ないか。とりあえず、明日はどうなるのか、それが心配だ。

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