第32話 書斎

 彼と話している間に満腹だった腹も落ち着いたので、書斎へ向かおうと立ち上がる。すると、彼も一緒に立ち上がった。


「仕事ですか!」

「違う。書斎に行こうとしただけだ。

 先に言っておくが、今日は流石に仕事はしない。仕事は明日からしようと思っているから、安心しろ」


 すると、どうやら彼は後者ではなく前者のことに何故か反応した。


「書斎!? ライルさんの書斎ですか!? 着いていっても大丈夫ですか!?」

「本があるだけだぞ」

「でも、加工術関連の本もありますよね!」

「それは、そうだが」

「も、もしかして、ライルさんが書いた本も――」

「それは書斎にはない!」

「そんなぁ……」


 自分が書いたものを、わざわざ私用の本棚に置くわけがないだろう。そもそも、見るのも少し恥ずかしいんだ。だから、私が考えたオリジナルの記号についての論文や書籍は、いつも使っている収納魔法とは別の奴に収納している。


「持ってないのか?」

「全部集めているんですが、もしかしたらライルさんの生原稿とか、下書きとかあるんじゃないかなって」

「そんなの見て楽しいか?」

「楽しいです!」


 彼の満面の笑顔にため息をつく。


「加工術関連の本なら見てもいいが、生原稿や下書きは駄目だ」

「うぅ、そうですよね。分かりました。

 あ、じゃあライルさんオススメの本を教えてください!」


 オススメの本と言われてもな。とりあえず、彼を書斎に招き入れる。


「わぁ、四方八方に本が敷き詰められていますね! 本の壁紙みたいです!」

「まぁ、書斎だからな」

「王立図書館くらいあるかもしれませんね!」

「それは言い過ぎだ」


 壁一面に本棚を置き、書斎の奥に机がある。読書することが昔から好きで、ここは私にとっての娯楽の部屋である。蔵書のジャンルは哲学書から加工術関連、文学作品に童話と広範囲に渡っている。

 実は書くことも好きで、そのための折り畳み式の魔石通信機を備えている。小説閲覧・投稿サイトもあり、よく利用していたりする。


「で、君は私の本を所持しているのなら、当然文字の読み書きはできるんだろう?」

「……」


 私の問いかけに答えず、顔を逸らし遠くを見つめる。もしや――


「読めないのに買ったのか?」

「か、簡単な単語は読んだり、書いたりできるんですけど、そういうの覚えるの苦手で……。前も言ったとおり、複雑な記号が全く覚えられなくて。

 で、でも! ライルさんの本はいつも人に読んでもらっているんで、何の問題もないです!

 それに、保存用、鑑賞用、読んでもらう用と三つ買っているで、安心してください!」


 いや、そこまで買う必要ないだろう……。というか、鑑賞用と読んでもらう用の違いはなんだ? 鑑賞用は外装や文字を眺める用ってことか? そんなことをして楽しいとは思えないのだが。


「はぁ、それで加工術関連の本が読みたいと。言っておくが、大体専門用語で難しい。それでも読みたいか?」

「だ、大丈夫です! 加工術を眺められたらそれでいいんで!」


 この口ぶりだと、鑑賞用は私の本に載っている加工術を眺める用という事か。本当に加工術が好きなんだな。仕方ない。彼の為に私が子どもの時に読んでいた本を引っ張り出す。


「ほら、これなら読めるだろう」

「えーと『絵と図で分かる加工術』、ですか。なんか、児童書みたいですね」

「みたいじゃない、児童書だ」

「えっ!? 俺、文字は読めないですけど、子どもじゃないですよっ!?」

「それは知っている。これは私が子どもの頃、加工術を学ぶ為に読んでいた本でな。分かりやすく加工術の基礎と記し方が書かれている。これなら、君でも覚えられると考えてな。嫌なら棚に戻すが」

「も、もしかして俺の為に? す、すみません、勘違いして大声出して……。

 ありがとうございます、ライルさん! あなたが子どもの頃に使っていた本を読ませてもらえるなんて、感激です!」

「なんで君はいつも大袈裟に言うんだ」

「大袈裟じゃないですよ。だって、憧れの人が読んでいた本を読めるなんて、とっても嬉しいじゃないですか!」


 そう言われると、少し言い返せないかもしれない。私が彼のような立場だったら、言葉では言わないかもしれないが、普段よりも喜ぶだろう。



「壊さなければ貸すから、気が済んだら返してくれ。」

「! 良いんですか! 大事に読んで、ライルさんに返します!」

「あと、分からない所があれば言ってくれ。加工術関連の質問なら受け付けるぞ」

「ら、ライルさんから加工術を教えてもらえるっ?! う、嬉しすぎて死にそう……」


 なぜ、彼にここまでするか自分でも分からない。きっと、彼が私が憧れた勇者のようだからか? それとも、彼自身の明るさがそうさせるのか?

 まぁ、どうだっていい。別に加工術について教えるくらい、何の問題もないだろう。彼も喜んでいるようだからな。喜びすぎなのが問題だがな。




 そして、しばらく二人で書斎で本を読み、湯浴みで体を清めた後、晩御飯を食べ一日を終えた。≪亡霊≫との戦いが嘘のように平和な日であった。


 だが、明日は必ず仕事をしなくてはいけない。別に金銭に困っていないが、一定以上のノルマを達成しないと加工術師協会から追放されてしまう。一人で生きていくには、協会に入っている必要があるため、ノルマは守らなければならない。

 それに、魔法剣士にはなりたいが、加工術が嫌いという訳ではない。何かに記号を記していく仕事も楽しいといえば楽しいのだ。

 そもそも私は、加工術は魔法剣士になる為に学んでいた。だが、そのおかげで一流の加工術師になれたのは皮肉な話だがな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る