第4話 良いモノ
何を誤解したのか、全部脱ごうとしている彼を止め、鎧と剣を脱いでそのまま持ってもらう。ドールに彼の分の料理をお願いした後、家と工房を繋ぐ扉をくぐって、工房に入る。私の工房が物珍しいのか、来訪者は落ち着きなさげに目を動かしていた。
「ここがライルさんの工房……」
「少しちらかっているが、触らないでくれないか。どこに物を置いたか分からなくなる」
「わ、分かりました!」
引出しから箱に入れた1枚の紙を取り出し、机の上に置き、その上に彼に鎧と剣を置いてもらう。そして、一番大切なモノをキャビネットから取り出し、鎧と剣に当たらないように、紙の真ん中に置いた。
「この石はなんですか?」
「これか? まぁ、言うなら君には必要ないモノだ。これは、魔石という石で、中に魔力が詰まっている。私のような人間でも加工術が発動する優れモノだよ。これが無ければ、私は生活できないし、戦うこともできないだろう」
「魔力が無い人も魔法を使う事ができる石……存在は知ってましたけど、こんな形なんですね!」
興奮したように、魔石に触ろうとする彼の手を抑えつけ、魔法の邪魔をするなと咎めた。彼はすこしガッカリした顔したが、紙に記された記号が光ると、途端に目を光らせた。
光は鎧と剣を包み、みるみる内にキズや剥がれていたところなどが修繕されていく。光が消えた後、鎧と剣は新品と同様の状態になっていた。
「これって、あれですよね! 修繕魔法ですよね! 初めて見ました! 良いモノを見せてくださり、ありがとうございます!」
そう言って、自分の鎧と剣を取ろうとする彼を阻んだ。
「もしかして、これで終わりだと思っているのか?」
「え、もしかして……」
「言っただろう。良いモノをやる、とな」
喜びのあまり、私に飛びつきそうになる彼をよけ、紙と石をしまう。そして、私の相棒を取り出す。加工術を施すには欠かせない、記号を記すための道具の加工ペンである。見た目は、普通のペンに似ているが、出るインクが特殊で魔力にだけ反応するインクである。最近では、ペンではなく、一気に記号を記すことができる機械もあるようだが、私にはこのやり方があっている。
もともと鎧と剣に記されていた記号を消す。そして、記号を記していく、にはまだ早い。
「少し触っていいだろうか」
「え?!」
「勘違いしないでほしいが、加工術をする上で必要なことだ。少しむず痒いかもしれないが、我慢してくれ」
そう言って、服の上から彼の身体を確かめる。そして、軽く得意な魔法は何か聞いて、特殊な記号を彼の武具に記す作業に入る。
深呼吸をした後、視覚と触覚以外の他の感覚を閉じる。彼の筋肉の付き方と、体の大きさを思い出すしながら、ペンに神経を宿らせ、自分の指のように動かしていく。鎧の大きさを今の彼の体に合うようにしてくれる記号と、彼の身体能力を増幅させる記号、硬度を上げる記号をまるで美術作品のように鎧に描いていった。
剣の方は、柄に剣の切れ味を通常よりも良くする記号を刻むように記す。得意な魔法は全てだと言うので、剣の中心には全属性のマークを枝分かれした先にそれぞれ描いていく。切っ先には彼の魔法の威力を増幅する記号を施す。最後に剣の記号を縦に繋がるように細い線を流れるように記した。
仕上げに記した記号が剥がれないようにするスプレーをかける。自分で言うのもなんだが、大量生産品の鎧と剣には見えない出来だ。10分ぐらいの時間は要したが、朝食前の暇つぶしにはちょうど良いだろう。
「完成したぞ。前の記号は消したんだが、嫌だったか?」
「……」
「? どうした、気に入らなかったか?」
「お、俺、今日死ぬかもしれない……!」
「いや、それは言い過ぎだろう」
大袈裟な彼に呆れつつ、感動している彼をほっといて朝食のために居間へと向かった。
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