第63話 ブラックボックス③

「ロズウェル事件が起きた後、空飛ぶ円盤型の飛行物体、その開発が進められた。しかしながら、現代に至るまで有人の飛行物体を開発することが出来なかった。……何故だか分かるか?」

「さっき言った、『ブラックボックス』に存在するブラックボックス、が何か関係するんですか?」


 ややこしいな。


「そうだ。そのブラックボックスは解明することが出来なかった。結果的に解明出来たのは十五年前のことになる。結果的に思いついたのさ。宇宙人がやってこないなら、宇宙人を使役出来ないなら、宇宙人に似た遺伝子情報を持つ存在を作ってしまえば良い、と」

「疑似的に宇宙人を作り出した……ってことですか」


 何だよそれ。

 何なんだよ、それ。

 日本の科学力は何処までぶっ飛んでいるんだよ。


「そうだな、そうとも言えば良いだろう。……でもね、宇宙人の科学力は我々を遥かに凌駕していた。例えば、『周囲の物理法則を書き替える』ようなことだって出来たと言われている。まあ、それが実際に出来ているかどうかと言われると話は別だがね」


 何だよ、それ。

 それって最早、神の所業じゃないか。


「なあ、いっくん。俺は思うんだよ。宇宙人なんてほんとうは居なくて、ほんとうは神様が人間に齎した知恵の木の実なんじゃないか、って。例えば、もしそれがほんとうだとしたら、人間はそれを実現出来るだけの力を持ちうるのに、何十年もかかってしまった訳なのだけれど」

「……神様が齎した、知恵の木の実?」


 何かそういう宗教があったような気がする。

 何だろう、確か名前は……ゾハル?

 詳しいことは歴史の教科書にしか書いていないからさっぱり分からないけれど――僕が分かるのは、その宗教が新興宗教ではなくれっきとした宗教に数えられているということ、キリスト教以上の歴史を持っているということ、キリスト教に次ぐ人気を持っているということ。人気というのはどういうことだ、って話になるのだけれど、まあ、要するに国境を越えるのが宗教と言えば良いのかな?


「確か、知恵の木の実をモチーフにした宗教があったね。それを信じるつもりは毛頭ないけれど……、彼らの神が存在するのは明らかだと俺は実感しているのだよ! だってそうだろう? そうじゃなければ、この世界は科学力を一段階上に進めることは出来なかった!」


 つまり、この世界の科学力を上げるために、神様が無理矢理人間に与えてくれた、と?

 何を言っているのかさっぱり分からない。ここまで来たら、最早それは演説に近い。


「神様が与えたもうたものは、最早奇跡に近い。それが、あの空飛ぶ円盤であり、『ブラックボックス』なんだよ」


 さっぱり分からない。

 さっぱり分からないよ。

 何だって言うんだよ、それが。

 それが現実であるとして――科学力がどれ程進歩するのか分からないけれど――少なくとも今は僕達には関係のないようなことに思えてきて――。


「もっとも、これが実用化出来るようになるのは、あと五年はかかるだろうね。これから軍用の機械を開発しているメーカーが卸を開始する。そうすれば、この世界の科学力は一段階向上するだろう。まあ、何処まで進むかは分からないけれどね」

「分からない、というのは?」

「言わずもがな。……俺達の世界がどれだけ先に進むかは、お偉いさんが決めることだよ。俺達が決めることでも、科学者が決めることでもない」


 はっきり言った。

 その通りだった。

 確かに、そうだった。

 この世界は、既に一部の強者によって支配されている。それを変えるならば、世界の仕組みががらっと変わってしまうような何かを使ってしまうしかない。

 例えば……核爆弾とか。

 考えが、アバウト。それでいて危険過ぎるか。


「この世界の仕組みを変えようと思っている人間は、君が思っている以上に多い。そして、それでいて間違いではない、と思う。それが正しいかどうかは別として」

「別として……?」

「世界は、さらに先へ進もうとしている。そしてそれは瞬間的であり、ゆっくりとしたものではない。……分かるかね? 世界は先に進むためには、さらにもうワンポイント必要なんだよ」

「ワン……ポイント?」

「それが、世界の支配者が実行するか否か、ということ。この技術を軍用のみにするのか、民間にも適用するのか。その差分だね。まあ、俺達には窺い知れないところがある訳だけれど」

「それを……なんとかすることは出来ないんですか」

「何を? 神の所業を? それとも『ブラックボックス』を?」

「『ブラックボックス』を……です。彼女達をなんとかすることは出来ないんですか。解放してあげることは」

「いっくん、分からないかなあ?」


 池下さんはくすくすと笑みを浮かべて、言った。

 僕の目の前で、まるで食べ物をお預けしているペットに言うかの如く、言った。


「……その『日常』を破壊したのは、いっくん、君じゃないか」



   ※



 ……何だって?


「言っただろう? 彼女は『記憶』を解放した、と。ということはだね、彼女は『記憶』を封印したんだよ、自らの手で。何の記憶を? そんなこと、言わずとも分かる話じゃないか。『ブラックボックスの搭乗員だった』という記憶を、だね」


 どういう、ことだ?


「分かっていないようだから、ゆっくりと説明してあげようか。……先ず、『ブラックボックス』の搭乗員であるナンバーワン、メンバー名伏見あずさは五月下旬のある日に自殺未遂を起こした。首吊りだ。奇跡的に一命は取り留めたが、脳に記憶障害が残ってしまった。それが、『ブラックボックスの搭乗員』だったという記憶、そして自衛隊の一員として存在していた、という記憶だ。彼女にはその記憶がすっぽりと……そう、すっぽりと抜け落ちてしまったんだよ。だから、第一段階として、彼女を中学校に送り込んだ。それが、第一段階」


 第一段階。


「次に、自衛隊の手下になり得る存在を中学校に派遣する。それが、俺、桜山兵長代理、そして、今池監査官の三名だ。そこまでは理解できているかな?」


 こくり、と。

 頷くしか出来なかった。


「剣呑剣呑。……あれ? 剣呑ってこんなタイミングで使う単語だったっけ? まあ、それはいいや。続いて第三段階、自衛隊の自由になりそうな人間を派遣した。それがいっくん、君だよ」

「どうして、僕が……」

「お父さんが瑞浪基地に務めていることは知っているかな?」

「……メールを見たから、知っています」

「なら、話は早い。彼も『協力者』だよ。瑞浪基地に所属させた段階で、計画は既にスタートしていた」

「つまり僕は最初から、踊らされていたということですか……」

「次に、第四段階」


 池下さんは僕の話を無視して、話を続けた。


「対象と、自由になりそうな人間Aの接触を図る。これは一日目に既に完了している」

「宇宙研究部に誘ったのも……」

「それは、彼女の意思だ。『ブラックボックスの搭乗員だったことを知らない』彼女の、意思」


 怖くなってきた。

 聞きたくなくなってきた。

 その真実に――もう気づきたくなかった。

 でも、気づかされるのだ。気づくしか道がないのだ。

 僕には――それしかもう道が残されていなかったのだ。


「そして、第五段階。宇宙研究部の存在だ。あれは俺が野並に持ちかけた。もともとUFOだの何だのが好きだった奴を使うつもりだったからな。……ああ、安心して貰って構わないよ、野並は全く無関係の人間だ。とどのつまりが、関係者じゃないって話」

「宇宙研究部も最初から、彼女の記憶を取り戻すための……デコイだった?」

「ご明察」


 そこまで言ってパチンと指を弾く池下さん。

 もう答えは分かりきっていた。

 答えはもう見えきっていた。


「となれば、君にももう答えは見えてくるんじゃないかな? 第六段階、ナンバーツーとの邂逅。これは予めUFOの実験を見せることでUFOが居ると感じ取らせた。思えば分からなかったのかい? UFOを見つけたのは『僕達』だと言っていただろう?」


 あ。そういえば、そうだった。


「だから……ナンバーツーの邂逅は簡単だった。簡単に宇宙研究部に潜り込ませることが出来た。ちなみにあのクラスの徳重、あいつは無関係だからね。それも一応言っておこう」


 無関係だったのか。

 僕的には、最早関係者であって欲しかったけれど。

 さらに、池下さんの話は続く。


「そして、第七段階。彼女達を交えて宇宙研究部は『一夏』の思い出を作らせる。それが脳の記憶障害を軽減する唯一の方法だと考えられていた。はっきり言ってしまえば……彼女達の精神状態は、既に鬱状態にあった。見ていて分からなかったか? アリスが常に暗かったのを」


 ああ、確かに……。

 今思えば、暗かったのってそういう理由があったのか。


「そして、第八段階。これは賭けだった。けれど、俺達は賭けに勝った」

「……僕が、彼女達を連れ出すこと」

「ご明察」


 パチンと指を弾く池下さん。

 正直ムカついていて殴りたかったぐらいだったけれど、話を聞き続けることにした。

 そうしないと、何も始まらないような気がして。

 

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