第62話 ブラックボックス②

「日本列島は何処か分かるかね?」


 馬鹿にしているのかこの人は、と思いながらもきちんと回答しないとどうなるか分かったものではなかった。だからきちんと答えた。


「ここ、です」


 ちょうどスライドの中心に位置する特徴的な彎曲した列島。それはどう見ても日本列島だった。


「では、我が国と同盟を結んでいる国は? 有名なもので構わない。いや、寧ろそれを望んでいるのだがね」

「……アメリカ、ですか」

「その通りだ」


 兵長と呼ばれた老齢の男性はそう答えた。

 だってその答えを望んでいたんじゃないか。

 僕がどう答えようとも、その方向に持っていくつもりだったんじゃないのか?


「アメリカは、とある連合の結託を恐れている。そして、その結託は遂になされてしまった。それを、例えばこう呼ぶことにしよう。……『北』と」


 北。

 単なる方位の意味ではない、別の意味の言葉。

 そしてその言葉の意味を、なんとなくだが、僕は誰かから聞いたことがあるような気がする。

 誰だっただろう。残念ながら思い出すことが出来ない。


「……『北』についての説明をした方が良いかね?」

「……どうせ断ったところで、説明をするのでしょう?」

「その通りだ。……『北』というのは、一つの国を指す名称ではない。どちらかといえば、連盟、連合、同盟という意味を指せば良いだろうか。ロシアに中国、それに様々な国が絡んでいる……。アメリカと手を組むことが出来ず、最終的に手をかけることになってしまった最後の血の花園。それが『北』だ」


 北。

 社会で習ったことはあるけれど、まさかそんなことになっているなんて。

 知らなかった、というのは――どちらかといえば、逃げることになるのだろうか。

 何というか、ずるいということになってしまうんだろうか。

 分からない。

 分からない。

 ……分からない。


「『北』というのは、どういう意味か分かっているかね? 我々日本はずっと昔から『北』の脅威に晒されてきた。かつては『アイヌ』と呼ばれ、そして今は北海道となっている。『北』もいずれは、我が同盟の傘下に下ることだろう」

「……戦勝国についたことが、成功と言えるんですか?」


 アメリカは、二度の世界大戦で勝った戦勝国だ。

 対して日本は一勝一敗の国。確かに力は持っているが、他の国と比べれば戦争をしようという気にはならない。

 だが。


「……戦争を続けるということは、大変だということだ。平和ということは、訪れることのない未来ということだ。分かるかね? この国が平和である代わりに、他の国が戦争状態に鳴り続けている。この世界は平穏で満ちている。秤とも言えば良いかな。ちょうど良く出来ているのさ、この世界は」

「そんな、そんな世界が……!」

「しかし、それが真実なのだよ、いっくん」


 ドアを開けて入ってきたのは――池下さんだった。


「池下――さん」

「今は、副兵長と呼ばれているよ。ちなみに君が良くしていた、桜山先生は、桜山兵長代理。全てこの基地の人間だった、って訳さ」

「……最初から僕は駒だった、って訳ですか。はは」


 軽く笑いながらも、笑えない状況であることに僕は気づかされる。


「笑えない状況であるということは自覚して、言っているね?」

「……はい、そうです」


 僕はそう言わざるを得なかった。

 僕はそうせざるを得なかった。

 僕は――僕はどうしたかった?


「……笑えない状況であるということは、分かりきっていることだと思うのだけれど、まあ、良い話にはならないだろうね。君が思っている以上に事態は深刻だよ。だが、君がやってくれたことは充分過ぎることだった訳になるのだけれど」

「……どういうことだ?」

「簡単なことだよ。君は彼女の記憶を『解放』した。自ら封印したあの記憶を、取り戻させてくれた。それだけで君は立派な行動をしてくれた、と言えるんだよ」

「解放……、封印? どういうことだ?」

「先ず、彼女の経緯について話した方が良いですね。構いませんね? 兵長」

「ああ、問題ないとも」


 そう言った後、池下さんはパソコンの操作を開始する。

 スライドショーをいったん中断し、デスクトップにある別のファイル――今度はPDFだ――を開く。

 PDFの名前には、こう書かれていた。



 ――ブラックボックス搭乗員の精神状態についての報告書




   ※


「はっきり言ってしまえば、『ブラックボックス』に居る人間の状況は最悪だった。当然と言えば当然だろう。極限と言える状況に永遠に放り込まれたんだ。それもあの年齢で。我々自衛隊が『研究』を重ねた結果とも言えるのだが……」

「研究? それってつまり、人体実験ということか……?」


 人体実験なんて、まるで漫画やアニメの世界だ。

 いや、ライトノベルの世界とでも言えば良いのか?


「自衛隊が『研究』を重ねた結果、『北』に対する脅威から国民を守るためには、『ブラックボックス』を使うしか道がなかった。『ブラックボックス』は、UFO――空飛ぶ円盤型の飛行物体だ。そして、それを使うには思春期の少女に限られている。理由は開発した研究者にしか分からないがね。もうその研究者も、『ブラックボックス』の運用に否定したため、『処分』された」

「処分、って……つまり殺したってことですか」

「まあ、その通りだな。残念ながら、君の考える自衛隊にも、暗部が存在するのだよ」

「暗部……。自衛隊にもそのような存在があるって言うんですか」

「だから、あると言っただろうが。何度も言わせるんじゃねえ」


 殴りそうになったところを、兵長が止める。


「やめろ、貴重な人材だ。……もっとも、『参考人』程度にしかならないがね」

「……ちっ。分かりましたよ。兵長に言われちゃ、止めざるを得ませんね。良かったな、いっくん。兵長のおかげで助かったんだぞ、少しは感謝しておけよ」

「……、」


 素直に、ありがとうございます、と言えば良かったのだろうか。

 答えは分からない。


「話を続けようか。……世界の情勢は大きく変わりつつある。そして、兵器の進化も始まっている。やがて、我々はある兵器を開発するに至った」

「それが……『ブラックボックス』だと?」

「その通り。話が分かってきたようで何よりだよ」


 池下さんは僕の言うことを聞いて、少しほっとした様子だった。

 何故そんな様子なのかは、分からないけれど。

 もしかして、向こうの思う通りに発言出来たから、安心しているのかな?


「『ブラックボックス』は日本とアメリカの共同開発によって開発された、空飛ぶ円盤型の飛行物体だよ。飛行物体というよりかは、戦闘機と言った方が良いかもしれないがね。その『空飛ぶ円盤』に見立てることには理由があった。何故か分かるかな?」

「……敢えて発見させることで、UFOだと思わせることで、相手を惑わせた……?」

「その通り。話が早くて助かるよ、君は」

「……でも、納得出来ない。どうしてそのメンバーがあずさとアリスなんですか」

「あずさとアリス……そう、ナンバーワンとナンバーツーが『対象』だったのは、彼女達の遺伝子が『ブラックボックス』に秘められたブラックボックスの遺伝子情報と合致したからだよ。正確には合致させた、と言った方が正しいかもしれないがね」

「?」

「六月二十四日は、何の日か知っているかな?」


 知っている。その日は、宇宙研究部が集まってパーティーを開いたんだ。

 確か、その日は……。


「UFOの日……」

「そうだ。UFOの日だ。空飛ぶ円盤を初めて発見したという事件、ケネス・アーノルド事件が起きた日だ。しかしながら……その日は、それだけが起きた訳じゃない」

「?」

「その日は、米軍によってUFOが回収された日だ。それから米軍は無人のUFOの開発に成功し、様々な場所で飛行実験を重ねた。様々な場所でUFOが観測されたのは、それが理由だ。裏を返せば、ケネス・アーノルド事件を最後にほんとうの意味での未確認飛行物体は見つかっていない。運の良いことか、悪いことかは知らないがね」

「正確には、ケネス・アーノルド事件の後、ロズウェル事件が起きた。ロズウェル事件は米軍によりUFOが回収された歴史的な事件であり、本来の意味での未確認飛行物体が観測されなくなったのはそれ以降だ。我々の星を諦めたのかどうかは定かではないがね」


 池下さんの言葉を兵長が補足する。

 そして、さらに池下さんの話は続けられる。

 

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