第64話 ブラックボックス④

「結果、どうなったと思う? いいや、言わずとも分かるだろうよ、今のいっくんなら。彼女に齎されたことが、何であるか」

「……記憶の『復活』」

「そういうこと」

「彼女達にヒヤリングをしたが、やはりあの『日常』は彼女達にとって救いになっていたようだ」


 言ったのは、兵長と呼ばれた老齢の男性。


「……つまり、僕がぶち壊さなかったら、永遠に彼女達は平穏に暮らせた、ということですか」


 或いは、もっと別の未来が待っていたのかもしれない。


「いいや、それは有り得ないね」


 しかし、それをぶち壊してきたのは池下さんだった。


「何故か、って顔をしているね、いっくん。だって当然だろ? 彼女達は、アメリカと日本が共同開発した超未来型兵器『ブラックボックス』唯一無二の搭乗員という人材だ。その人材を二人も流出させたとなったら、日本のメンツが保たれない。それこそ、今度は米軍から全員拠出するなんて言われかねない」


 ははあ、つまり。

 僕は日本のメンツという『くだらないもの』のために、利用されたということか?


「……くだらないですね」

「何だと?」

「くだらない、って言っているんですよ。貴方達が考えていることが」


 刹那、身体が吹っ飛んだ。

 床に叩き付けられた。

 誰かに――言わずもがな池下さんだということ――殴られたのは、最早完全に分かりきっていたことだった。


「池下……! 貴様、何をしているのか分かっているのか」

「兵長がやらないなら俺がやっていましたよ。どちらにせよ、殴りたかった気持ちはあったでしょう」

「それは……」


 あったのか。

 だろうな。こんなぴーちくぱーちく言う人間なんて五月蠅くて鬱陶しいはずだ。


「……それに、いっくんは少し言い過ぎだ。この国のことをくだらないと言ったのと同じことだ」

「それの何が間違いなんですか?」


 起こされると思いきや、そのまま腕を放された。

 僕の身体は再びコンクリートの床に叩き付けられる。


「ごほっ、ごほっ。流石に言ってからやってくださいよ……」

「言ったらやって良いのか……。それはさておき、お前は少しこの国に無関心過ぎる」


 それがこの国の若者だろうが。

 この国の未来なんてどうだって良い。自分の未来さえ平穏で良ければ、後はどうだって良い。

 それが未来であり、それが基礎であり、それが平和である。


「……仕方ないことだろう、池下。この世界を変えるためには、やはり起こすしかないのだ」

「起こすって、何を?」


 今度は腕を伸ばしてくれなかったので、自分で立ち上がり、椅子を組み立てて、そのまま座り込む。


「決まり切っている。……戦争だ」

「……この国は戦争を起こせないはずですが?」

「知っているよ、当然だろう? だから、この国には戦争を起こさせない。『北』に戦争を勃発させて貰う。それぐらい分かりきった話だろう?」


 ああ、もう。

 この人達には常識という言葉は存在しないのか。

 存在しないんだろうな、うん。


「それって、僕達の平和は守られるんですか」

「自衛隊がこの身をもって、戦争を国土には持ち込まないことを約束しよう」


 いや、約束しよう、って。

 それは向こうには関係のない話なのでは。


「何と言えば良いのかな……。確かに『北』とアメリカ、我が国はその中立的位置に立っている。無論、立場的にはアメリカの味方をしている訳なのだがね。だから、『北』と戦争を始めた場合、一番先に狙われるのはこの国だ」


 ほら、見たことか。

 やっぱり約束なんて出来ないじゃないか。


「だが……そのための『ブラックボックス』だ、と言えば?」

「……どういうことですか?」

「『ブラックボックス』は周囲の物理法則を書き替えることが出来る。それはつまり、、敵勢力の攻撃を『零にする』ことも出来るのではないか?」


 物理法則を書き替えるって、そんな漠然なこと出来るのかよ。

 さっきも言っていたけれど、やっぱり、そんなこと信じられない。


「信じられないですよ、そんなこと。何でそんなことが出来るんですか。全然理解できません」

「理解しなくても良い。それが世界のためならば」


 狂っている。

 確信した。この人間どもは狂っている。


「彼に『実験映像』を見せてあげれば解決するのではないですか?」


 そう進言したのは、池下さんだった。


「しかしだね。あれは機密情報だ」

「良いでしょう、ここまで機密を話したんだ。あれぐらい見せても何も変わりゃしない」

「……君がそう言うならば、そうしよう」


 そう言って、PDFをクローズする兵長。

 デスクトップにある散乱されたフォルダの中から一つを選び、クリックする。

 そして、一つの映像ファイルを選択して、クリックする。

 やがて動画が表示され、再生される。

 そこに映し出されていたのは――。


「空飛ぶ円盤……。これが、これが『ブラックボックス』……」

「そう。これこそが『ブラックボックス』だ。そして、良く見ていたまえ。これから起きる出来事を」

『では、今から「ブラックボックス」に銃弾を発射します。パイロット、問題ありませんね?』


 チカチカ、と円盤の正面から何かが光った。

 それを見て確認したのか、白衣の科学者は頷くと、銃を持ち、それを『ブラックボックス』に向けて――撃ち放つ。

 パン、パン、パン、と。

 乾いた銃声が鳴り響いた。

 それだけのことだった。

 刹那、銃弾が三つパラパラとこぼれ落ちた。


『実験は成功です。無事、「ブラックボックス」周囲の物理法則を書き替え、兵器を無力化することに成功しました。これが、大きな兵器でも成功するかは未知数ですが、可能性は高いものと思われます。以上、報告を終わります』


 映像はそこまでだった。


「分かってくれたかね?」

「……これが、『ブラックボックス』に秘められた機能、だと言うんですか」

「そういうことだ。君ならば、機密を漏らすことはないだろう。そう判断した。だから、私の命令で今見せたことになる。……それ程気になるなら、実物を見るかね? ちょうど今から、パイロットが出撃するところだ」

「……パイロット……。あずさが……アリスが……出撃するんですか? でも、未だ、『北』からの攻撃は来ていないんじゃ……」

「それは君達が思っているだけのことだよ。実際には、既に『北』からの攻撃は日々やって来ている。ほら、テレビのニュースで言っているだろう? 弾道ミサイルが日本海に落下しただの言っている、あれだ」


 確かに、それなら聞いたことがある。

 でも、それって――。


「それも、『ブラックボックス』が物理法則を書き替えているから、出来ていることだと……?」

「そういうことになるね。……いやあ、最近の若者は物わかりが良くて助かるよ。こんな感じの部下が欲しかった」

「……それは俺に対する文句と受け取って良いですかね?」


 池下さんは兵長を睨み付ける。

 ……なんだかんだ、この二人は良いコンビなのかもしれない。

 しれない、と思っているだけに過ぎないけれど。


「さて、君の回答を聞こう。……今から、『ブラックボックス』が出撃する。その前に、パイロットに挨拶したいことがあるなら、時間を与えようではないか。どうだ? 挨拶していくか?」


 まるで、転校する生徒に挨拶していくか、と言わんばかりの軽さだった。

 でも、二度とあずさとアリスに会えない――そんな気がして。

 僕はそれに、頷くことしか出来なかった。


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