第51話 クスノキ祭⑪
二日目も午前八時から始まった。
もっとも片付けは最低限のことしかやっていないので、準備は直ぐに終わる。あずさもアリスもメイド服に着替え終えて、外に出てきた。
「やっとメイド服に慣れてきたけれど、今日で最後なのよね……」
「いっそメイド喫茶に勤務してみたら?」
「この年齢で勤められる訳がないでしょう。それに、メイド喫茶なんてこの辺りにないし」
「それもそうか。だったら仕方ないけれど……」
「だったら高校生になってから働けば良い。東京に出ればメイド喫茶なんていくらでもあるだろうし」
でも、良く考えれば、どうして豊橋制服店の店長はメイド服を大量に持ち合わせていたのだろう?
「ビラもたくさん貰ったし。今日も大量に配りましょう!」
配る前提で話を進められても困る。
「今日は何処で配るつもりだい?」
午前九時になるまでは、作戦会議の時間。
昨日はステージ付近と体育館の二回に分けて配布した記憶がある。今日は、午前中だけビラ配りをして、午後はビラ配りをしない――だって、人が集まらないだろうから――ということになっているため、一回のビラ配りで充分なのだ。そして、ビラ配りについては僕が助言しても良いのだけれど、実際にビラを配るあずさとアリスに任せている。僕はただの保護者役だ。保護者と言える程、保護しているかどうかは別だけれど。
「今日はステージを中心に配ろうかな、と思っているのよ」
「へえ? そいつはまたどうして?」
「ステージでは今日大会が盛り上がるからね! それに、アリスが参加するものもあるし……」
「アリスが参加? いったい何に?」
「これよ!」
そう言って、あずさはあるものを出してきた。それはチラシだった。チラシを良く見てみると、『コスプレ大会参加者募集中! 優勝賞品はディズニーランドペアチケットをプレゼント!』と書かれていた。
こ、コスプレ大会?
「コスプレって……誰がするんだ? まさかアリスが?」
「そうに決まっているじゃない!」
あずさは開口一番そう言い放った。
「……まさか賞品目当てに、参加するんじゃないだろうな?」
優勝賞品はディズニーランドペアチケット。
ディズニーランドといえば、二人で行くには一万円はしてしまう。交通費を考えれば、その負担はさらに重なっていくだろう。
それを考慮すれば、ディズニーランドペアチケットはかなり嬉しい賞品だといえるだろう。
「……アリス。ほんとうに参加するのか? 嫌なら今でも断っても良いんだぞ?」
「……良い、大丈夫」
ほんとうに?
僕はそんなことを思ったけれど、本人が決めたことなら仕方ないことだろう。僕が口を出す必要もない、って訳だ。
そう思って、僕達はイベントステージへと向かうのだった。
開始時刻は午前十時から。その三十分前には集合するように、と言われていたらしい。
だったら早く言えよ、って話なのだが。
※
ゴスロリである。
選んだのはあずさだと言っていたから、あずさの趣味なのだろう。
見事にゴスロリである。
黒を基調としたレース、フリル、リボンに飾られた華美な洋服を身に纏い、スカートはパニエで膨らませ、靴は厚底のワンストラップシューズを着用し、髪は縦ロールになっており、白のリボンで飾られている。アリスは歩きにくそうに、シューズを眺めていた。
「歩きにくい」
「ちょっとは我慢しなさい。ディズニーランドに行きたいでしょう?」
「……うん」
ちょっとだけアリスの目が輝いているような気がした。
アリスもそういう趣味があるのだな、と思いながら僕は控え室にたむろしていた。
そもそも、関係者ではない僕がどうして控え室に居るのか? という問題なのだけれど、あずさが「いっくんは別に居て良いの!」と言われたためである。僕は別に居なくても良い気がするんだけれど。
「なあ、あずさ。拘るのは良いけれど、あんまり時間をかけていると、あっという間に時間になっちまうぞ。拘りは少しで良いんじゃないか?」
「何言っているの、いっくん! いっくんはディズニーランドペアチケットを欲しくないの?」
「……それを聞かされたのは、ついさっきのことなんだけれどな」
「それでも良いの! いっくんは、当事者に立ったときに、ディズニーランドペアチケットを欲しくないのか、と言いたいのよ!」
「……そりゃ要らないとは言えないけれど」
「だったら良いじゃない! 私の指示に従えば完璧に出来るはずよ! さあ、やりましょう。行きましょう!」
「……僕は向こうでステージを見ることにするよ」
そう言って、僕は控え室から出て行くのだった。
※
ステージを見ていると、司会が出てきた。
「これから、コスプレ大会を始めます! 皆さん各々コスプレを楽しんできていますので、是非ともお楽しみに! 優勝者には特典として、ディズニーランドペアチケットが与えられますので、厳正な審査が求められます! 審査員は、こちらのお二人! 今池先生と桜山先生です。桜山先生は、メイド服がお好きと聞きましたがほんとうでしょうか?」
「えっ? それ何処から流れた情報? それを知っているのは、宇宙研究部のみんなだけのはずなのに……。誰が言ったのよーっ!」
桜山先生も何だかひどい目に遭っているなあ、と思いながら僕はステージを見やっていた。
「いっくん、ステージの様子はどう?」
「うわっ、いきなり話しかけるなよ、あずさ。……って、あれ? アリスの様子はどうなんだ?」
「完璧も完璧。後は私が指示したとおりに行動してくれれば一位間違いなしよ!」
「……そうなのか?」
「そうなのよ!」
そう言いながら、ビラを配っていくあずさ。
何だかビラ配りの名人なんじゃないか、と思えてしまう。
それはそれとして。
アリスの出番がやって来たようだった。
「エントリーナンバー七番! 転校生にして魅惑の美少女、高畑アリスさん! 何でも今回は秘蔵のコレクションから持ってきてくれたとのことです! さあ、どんな衣装が飛び出してくるのでしょうか、楽しみで仕方がありませんね!」
「秘蔵のコレクションって?」
「私の考えた嘘に決まっているでしょう? あの子があんなファッションする訳ないじゃない」
「確かにそりゃそうだが……。バレたら後で困るんじゃないか?」
「秘蔵のコレクションって言ったから完璧よ。いつもはそんな格好をしない、ってのが一番なんだから」
「そんなもん……なのか?」
「まあ、とにかく私に任せておけば完璧な訳! さあさあ、後はアリスの演技を見ていけばいいだけの話よ!」
そう言われたので。
アリスの演技を一先ず見ておくことにするのだった。
ステージ脇からアリスが出てくる。すると直ぐに可愛い、という観衆の声が飛び出してくる。
アリスはぎこちない動作で歩いている。それだけで『秘蔵のコレクション』というのはバレてしまいそうだったが、意外にも観衆はそんなこと気にしていない様子だった。
そして中心に立つと、そのまま停止してしまった。
いったい何があったというのだろうか?
僕は気になってしまって、彼女を視線から外せなくなってしまった。
アリスはしばらくして、思い出したかのように、スカートの裾を捲り上げる。
それは何処かのお嬢様のように。
清楚で、お淑やかだった。
「可愛い……! 美しい……! そんな二つを兼ね備えた人がここに居るんですね!!」
桜山先生のテンションもヒートアップしている様子だった。
今池先生は比較的冷静に判断している様子で、
「ゴスロリというファッションセンスも光っていますけれど、今の動作も悪くないですね。ほんとうに、何処かのお嬢様みたいな感じに見えてしまいますね。彼女、確か一年生よね? 今回のコスプレ大会のコンセプトを理解しているような感じがしますね。まあ、そうじゃないと参加はしないと思うけれど」
べた褒めだった。
だったら特に問題ないんじゃないか、と思えてしまうぐらいだった。
僕が見ても可愛いと思えてしまうぐらいなのだ。当然と言えば当然なのかもしれない。
隣でビラを配りながらあずさが胸を張っている。そりゃそうか、今回のコスプレ大会で頑張ったのはほかならないあずさなのだから。
「ね? 私の言った通りになったでしょう?」
「そりゃそうだな……」
「さて! 全員が出揃いました! 後は審査を終えて、優勝者の決定となります!!」
そう言って、ハーフタイムショーの如く、何処かから芸人が出てきた。何でも地元の芸人らしいのだけれど、無名過ぎて聞いたことがなかった。
芸人の漫才はさておき、あっという間に審査が終わり、結果発表の時間。
「さあ、結果発表です! ……今回の優勝者は、」
ドラムロールが鳴り響く。
そして、ドラムロールが止まったタイミングで、司会は息を吸った。
「高畑アリスさん、高畑アリスさんです!」
それを聞いたアリスは、全然理解できていない様子だった。
「やたっ! やったよ、やったよ、いっくん!」
本人以上に喜んでいるのは、あずさだった。そりゃそうだよな、それぐらい頑張ったってことなんだから。
僕はそんなことを思いながら、一言おめでとうとだけ呟くのだった。
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