第九章 クスノキ祭(後編)

第47話 クスノキ祭⑦

 結局、眠ることは出来た。

 けれど、いつもより一時間早く起きることもあってか、家に帰っての自由時間はほぼ存在しなかった。仕方ないと言えばそれまでなのだけれど、しかしながら、どうしてここまで全力を突き通さねばならないのだろうか、という疑問も浮かんでしまうのもまた事実。実際問題、僕達宇宙研究部は一年目の新参者だ。新参者が活躍する場も与えられているのが、この文化祭――だと思えば良いのかもしれない。こんな部活動で活躍できる場所なんて、ほぼないに等しい訳だし。

 午前八時。校門を見る。すっかり赤やピンクの色紙で色とりどりに装飾された校門になってしまっている。これを見る機会も二日しかないんだな、と思うと少しだけ寂しい気分になる。


「あ、いっくん。おはよう」


 声がしたので、そちらを振り向く。

 そこにはあずさとアリスが立っていた。


「あずさ、それに、アリス……」

「どーしたの、いっくん? こんなところでぼーっとして、どうかしたの? 眠れなかった?」

「いや、何でもないけれど……。あずさ達は眠れたのかよ? 寝不足だったりしない?」

「私はばっちり六時間睡眠だから大丈夫だよ! いつもより二時間は眠っていないけれど、そこは昼寝でばっちりカバーするつもり!」

「……私も、大丈夫」


 何が大丈夫なんだ、おい。うとうとしているじゃねえか、早速陥落しそうなんですけれど!?

 とまあ、そんなことはおいといて。

 校門を潜って、話を続けていく僕達。


「ところで、今日のシフトはどうなっているの?」

「僕は午後から二時間入っているよ。後は暇だから色々巡ろうかなあとは思っているけれど」

「やりいっ。私達もその時間なんだよ。だから後は空き時間! とは言っても、メイド喫茶のビラ配りとかあるけれどね」

「ビラ? そんなもの作っていたのか?」


 いったいいつの間に。


「私も詳しいことは知らないんだけれどね。何でも、メイドにビラを配って貰った方が、受け取る方も受け取りやすいだろうって話らしいんだよっ。私は詳しい話は分からないけれど」

「……いったい、誰の入れ知恵だ?」


 大方、担任の徳重先生の入れ知恵なんだろうけれど。あの人、体格に比べて趣味が可愛らしいものばかりって最近知ったしなあ……。


「徳重先生だよ。確か、めーちゃんがそんなことを言っていた気がするから」

「めーちゃん?」

「……藤岡さんのこと」


 補足説明してくれたのはアリスだった。

 ああ、そういえば彼女の名前って、藤岡めぐみだったっけ。だからめーちゃんか。成程成程。


「あっ、でもこの渾名使っちゃ駄目だからね。女子には呼ばれても良いって言ってたけれど、男子にはお断りだって言っていたから。きっといっくんも同じ目に遭うと思うんだ」


 ……あの女、どんだけ男女差別意識が高いんだ?

 いいや、そんなことはどうだって良い。

 取り敢えず、クラスに向かって最後の準備に取りかからねば。そのためにわざわざクラス全員が一時間前に集合――という悪魔のスケジュール構成になっているのだから。

 そう思って、僕達はクラスへと急ぐのだった。



   ※



 準備はそんな時間がかからない、って?

 そんなこと言った奴はぶん殴ってやりたいレベルだよ。

 そう僕は思って、段ボールで組み立てたものを設置していく。何を設置していくのかと言えば、簡易的な壁だ。一応調理エリアと休憩エリアは分けなくてはならない、という生徒会の考えの下動いているので、実際問題、それが分かるようになっていればどうだって良い、という話なのだが――それを良く理解してくれないのが生徒会だ。重箱の隅をつつくような指摘をしてくるのだ。あいつら、同じ生徒とは思えない。


「……おい、いっくん。休んでいる暇はあるのかよ? さっさとやって部活動の分手伝うぞ……。あ、いっくんは関係ないっけ?」


 栄、てめえ、何を言おうとした?


「悪い悪い。別に宇宙研究部が変な部活動だとは思っちゃいないよ。それに、宇宙研究部は新聞を配布するってだけだから特に準備することはないんだろうな、と思っちゃってさ。ただそれだけだよ」

「確かに準備することは少ないよ。けれど、その言い方はどうかと思うんだよ」

「ははは。悪かったね。……でも、準備を手伝ってくれないと全員が準備終了と出来ないよ。だから手伝うことはちゃんとやって貰わないと。後で配分金貰うときに嫌な気分になるし」


 配分金とかあったっけ?


「あれ? いっくん、休んでいるときとかあったっけ? ないよね? だったら聞いているはずだけれど。今回、メイド喫茶で得た配分金はみんなで分配するって」


 そういえばそんなことを聞いた気がする。

 ってか、それ以前に幾らか支払ったような気がするけれど……。


「まあ、要するに事前に支払っているんだけれどね。だったらトントンにする程度じゃないかな。それぐらいでしか、多分出来ないと思うよ。所詮中学校の文化祭だ。あんまり期待するのも間違いなんだからさ」


 そんなもんだろうか。


「そんなもんだよ。……だから理解したら、さっさと手伝ってくれよ。そして急いで他のクラスほくそ笑みに行こうぜ」

「最低な性格だな、お前」


 あ、ついに口に出てしまった。


「ははは。そんなもんだよ。……ところで原稿は仕上がったかい?」

「仕上がってなかったら、僕はここには居ないよ。今頃必死になって原稿を書いていることだろうさ。……前日には終わらせたよ」

「そりゃ何より。こちらも印刷機を貸したかいがあったってもんだね」


 それはさておき。

 準備を進めなくてはならない。

 僕達はそう思って、話すのを止めて、作業に集中し出すのだった。



  ※



 準備が終わったのは、開催十五分前だった。

 ちょうど良い時間だろう、と思ったのかもしれない。クラス委員の藤岡さんはすっかりメイド服に着替え終わり(ちなみに何処で着替える羽目になったのだろう? と思って、後々あずさに聞いてみたら女子トイレの個室が満杯だった、とのこと。……納得)、ぱんぱんと両手を叩いて、


「はいはーい、皆さん、お疲れ様でした! といってもこれから始まるんだけれどね! 午前一発目のシフトの人は、急いで準備してね。それ以外の女子はビラを配ってくること! それ以外は自由行動だから好き勝手に楽しんで来ちゃっていいからね!」


 そんな感覚で良いのか。

 僕は思ったけれど――まあ、僕はメイド服を着る必要もなければ、ビラを配る必要もない。そう思えば、少し楽な気分になるのだった。だって午後まで暇な訳だし。何処かで時間潰し出来れば良いのだけれど……。


「ねえ、いっくん」

「うん?」


 そんなタイミングでのことだった。

 あずさとアリスが僕に声をかけてきたのだ。


「何かあった? あずさにアリス。二人で声をかけてくるなんて珍し……くはないか」

「こらー! ちょっとは珍しがりなさいよ!」

「だって部活動でいつも会っているし……」

「そりゃそうなんだけれどさ!! ……ああ、もう。とにかく話を進めるね。私達も暇なのよ。何せ午後一番でシフトが入っているけれど、それ以外は特段暇な訳であって」

「何だ、それって僕と一緒じゃないか」


 というか、それさっき聞いた気がするけれど。


「それで? どうするつもり?」


 僕は質問する。

 あずさは語りかけた。


「それで……その、いっくんさえ良ければ一緒に歩きたいなあ、と思ったのだけれど」

「一緒に?」

「そう。一緒に」

「……別に良いけれど」


 というか。

 彼女達との平和を過ごすのは、最早今しか残されていない。

 だったら、さっさとOKを出すのが普通なのだ。

 そう思って僕は――ゆっくりと頷いて、彼女の手を取る。


「行こうぜ、そんでもって、今持っているビラをさっさと空っぽにしちまおう」

「うん」


 そういうことで。

 僕達三人は、一緒に行動することになるのだった。


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