第48話 クスノキ祭⑧

 開始十五分前にもなって、未だ準備が終わっていないクラスや部活動があるらしい。

 そんな慌ただしい様子を横目に見ながら、僕達はただ歩いているのだった。


「ま、一年に一度の大勝負といったところだからねえ。みんな大変なんじゃない?」


 未だ一度も経験したことがないくせに何を言っているのだ、と言いたいところだったが、それ以上は言わないでおいた。


「一年に一度、か。確かにそれなら経験しておいた方が良いと思うけれど。やっぱり、初めてだらけだから緊張しちゃうなあ……」

「嘘でしょう、それ」

「……何でバレた?」

「いっくん、そんなこと言わないもん。私はいっくんのこと信じているからね」


 信じている、か。

 そんなことを言われると、小っ恥ずかしいな。

 僕はそんなことを考えながら、話を続ける。


「にしても、だ。僕達宇宙研究部にはやることがない訳だし、実際参加出来るのはクラスの行事だけ。となるとやっぱり暇と言えば暇になるんじゃないか?」

「宇宙研究部で展示でもやれば良かったのにねえ……、何で出来なかったんだろう?」

「噂によると、空き教室が撮れなかったらしいって話だけれど。だから、メイド喫茶とかやっているいわゆる『休憩室』としている出し物に何十部か提供しているらしいよ。無料で配るんだとか」

「印刷代は?」

「部長のバイトマネーで賄われているよ。……ま、僕達に一銭もかからないのは良いことなのかもしれないけれど」

「それっていつ話があったっけ?」

「こないだ。……そういえば、あずさとアリスは休んでいたから知らなかったかもね」

「そうだったのね……。流石に知らなかったなあ。部長も言ってくれれば、協力ぐらい出来たのに」

「協力って……」


 具体的には金銭的な支援、といったところだろうか。

 それが出来たところで何の問題が、といったところなのだろうけれど。

 まあまあ、それは言わずもがな、と言ったところだろうか。


『皆さん、お待たせ致しました』


 そんなこんなで校内を歩いていると、放送部のアナウンスが聞こえてきた。


『これから「クスノキ祭」一日目が開催されます。皆さん、是非最後まで楽しんでいってくださいね!』


 ワイワイガヤガヤ、と。

 校門の方が五月蠅くなってきたような気がする。

 窓から外を眺めると――校門の方から続々と人が入ってきている。

 うわあ、あんなに人が入ってきているのか……。

 うちのクラスにはどれくらいの人間がやって来るんだろう?

 そんなことを考えながら、僕は歩くのを再開するのだった。



   ※



「一年三組でメイド喫茶やってまーす。よろしくお願いしまーす!」

「……よろしくお願いします」


 あずさとアリスの二人がビラ配りをしている中、僕は何をしているかというと、暇だったので日陰でスマートフォンを操作していた。学生だから不味いんじゃないか、って話もあるけれど、今は土日だし何しろ文化祭の真っ最中だから問題なし。

 SNS上では、今日も楽しそうな会話が繰り広げられている。

 僕は、ぽつり気になってあるワードを検索欄に入力していた。



 ――戦争。



 つぶやきは直ぐに引っかかった。博愛主義者による戦争反対のつぶやきばかりが並べられていた。違う、違うんだ。僕はそんなことが見たかったんじゃない。僕が見たかったのは――。


「彼女達は、戦争に向かうことになる」


 いつかの何処かで、誰かが言ったその台詞を反芻させて、僕はすっと胸をなで下ろす。

 やりたいことはそうじゃない。

 考えたいことはそうじゃない。

 見つけたいことはそうじゃない。

 僕がやりたいことは――そうじゃない。


「戦争って、何なんだろうな」


 僕は思わずぽつりと呟いていた。

 その言葉に気づいた人は誰一人として居なかっただろうけれど。

 しかしながらその言葉は、ある種真理を突いていたのかもしれない。


「お待たせ、いっくん。思ったより時間がかかっちゃって」

「……ビラ配り、一人で出来た」

「おー、よしよし、良く出来たね、アリス」


 あずさとアリスが戻ってきたので、僕はスマートフォンを仕舞う。


「誰かから電話でもあった?」


 あずさの言葉に僕は首を横に振った。


「ふうん。……何だか、つまらなさそうな表情を浮かべているけれど、大丈夫?」

「僕が? そんなことある訳ないだろ。安心しろ、僕は僕だ。それ以上の何物でもないさ」

「……変ないっくん。だったら良いんだけれどね」


 僕の言葉に、あずさはただ従ってくれた。

 それが僕にとっては嬉しかった。

 それが僕にとっては楽しかった。

 それが僕にとっては――有難かった。


「さ、行こう? いっくん。ビラ配りも終わったし」

「終わったの? だったら何処に行こうかなあ。時間は、えーと……未だ十時半か。時間はあるし。ステージを見ても良いし、クラスの出し物を見ても良いし」

「ステージって何やるんだっけ?」

「えーと、この時間だと……『クイズ大会』になっているね。うちのクラスからも……八事さんと栄くんが参加する予定だったはずだよ」

「栄くんのシフトってどうなっていたっけ?」

「僕と同じだから、午後一のはずだよ。だからクイズ大会に参加しても問題なし。……というか、決勝は明日だしね」

「今日は予選?」

「そういうこと」


 僕はクスノキ祭のパンフレットをフリフリと振りながら、そう言った。


「じゃあ、ステージを見に行こうよ!」


 あずさは僕に向かってそう言った。あずさがそう言うなら仕方ない。……アリスはどう思っているのかな?


「アリスはどう思う? ステージを見に行く? それともクラスの出し物見に行く?」

「……私も、ステージ見に行きたい」


 満場一致ということで。

 僕達は時計塔の下にあるステージへと向かうのだった。



   ※



「では問題です! アニメ『ポケットモンスター』で、リザードンとの別れのとき、サトシはどんな台詞を口にしたでしょうか?」


 ピンポーン!


「おおっと、栄・八事ペア早かった! 答えをどうぞ!」

「『弱いリザードンなんて、いらない』!」


 ピンポンピンポーン!


「正解です! 正解です! 栄・八事ペアに一ポイント入ります!」

「……成程、意外と高レベルな問題が出されるんだな」


 もっと地元に着目した問題が出されると思っていた。

 まさかポケモンから出されるとは思いもしなかった。


「……ねえねえ、私が知っている問題、出るかな?」

「うーん、どうだろ。この様子だと出そうにはないけれど」

「そうかあ……」


 あずさは少し残念そうだ。

 というか、そこまで残念がることでもないだろうに。


「……ねえ、意外とつまらない」


 ばっさりと評価を下すアリス。

 仕方ないと言えばそれまでだけれどねえ……。


「ではでは次の問題です! 鎌倉から藤沢間を走っている電車と言えば、江ノ電ですが……」


 ごくり。

 思わず緊張している様子に、息を呑んでしまう。


「片瀬江ノ島駅に通っている電車の名前は何でしょうか!」


 ピンポーン!


「おっと、栄・八事ペア早かった! これで決めれば予選突破になりますが、どうなるでしょうか……?」

「小田急江ノ島線!」


 ピンポンピンポーン!


「正解! 正解です! 栄・八事ペア、一抜けが決まりました!」


 パチパチ、と大きな拍手が沸き起こる。

 僕達も気づけば自然と拍手をしてしまっていた。

 それにしてもまさか決勝まで進むなんて思っちゃいなかったからだ。

 壇上から降りていく栄くんと八事さんを見て、僕はそちらへ向かった。

 しかしながら、流石に舞台裏まで行くことは出来ず、僕達は少しの時間待つことを要されてしまったのだけれど。


「凄かったじゃないか、決勝進出おめでとう」


 その言葉が口に出せたのは、それから二十分後のこと。

 時刻もすっかり昼休みに入ってしまったタイミングでの出来事だった。


「あはは。ありがとう。……ところで、三人とも、ご飯にしないかい? 八事さんも午後一でシフトが入っているようでさ。ご飯を食べるなら今しかないと思っているんだ。勿論、この時間じゃ混むのが知れているけれど……」

「勿論さ。何処で食べようか」

「実はオススメの食事処を調べておいたんだ」


 流石は新聞部。抜け目がない。

 それじゃ、それに従うことにしようか。そう思って僕達は一路栄くんオススメの食事処へと向かうことにするのだった。


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