第46話 クスノキ祭⑥

 そういえば他のメンバーは何を書いているんだろうか。

 少し興味が湧いたので、休憩がてら全員の原稿を見てみることにした。

 あずさの原稿は……エッセイ? UFOというよりは宇宙研究部で起きたことを書き連ねているように見えるけれど――。


「ちょっと、いっくん! 人の原稿勝手に見ないでよ」


 止められてしまった。

 そうなってはもう何も出来ることがない。

 僕は次の原稿に移動した。

 次の原稿は――アリスか。アリスは、漫画を描いているようだった。

 UFOとやって来た宇宙人についての漫画のようだった。読み進めてみることにする。一コマ目、UFOが空がやって来た。総理大臣を模した人間が「UFOだ!」とそれを指さして言っている。まあ、それだけを見ればただの冒頭の一コマだ。寧ろ模範的な一コマと言っても良いだろう。二コマ目、UFOは着陸し、そこから宇宙人が降りてくる。宇宙人は「この星は我々が頂いた」と言い出す。これもまたありがちな展開だ。そこからどう落ちに持って行くつもりなのだろうか? 三コマ目、様々な兵器を総動員して戦っている絵。正直、ここに一番力が入っているような気がする。他のコマが手抜きであるとは言わない。けれど、このコマに関する力が何処か強いような気がするのだ。さて、残り一コマ、この物語はどう終結するのだろうか――? 四コマ目、そこにあったのは白だった。何もない白だった。その白には堂々とした何かがあるように見えて、何もない世界を表現しているように見えて、何もいない空間を表現しているように見えて、結局は何が何だか分からない世界観だった。その一コマで全てをぶち壊されたかのような、そんな感覚だった。いったい全体、アリスは何を書きたかったのだろうか? 僕はそう思って、その原稿を指さして、呟いた。


「アリス。この原稿、どう落ちをつけるつもりなんだ?」

「……さあ?」

「さあ、ってお前……」


 それ、全世界の漫画家を敵に回した発言だぞ。それでも良いのか?

 でもまあ、アリスはそこまで深く考えていないのかもしれない。それがアリスなりの考えなのかも。

 ……思えば、アリスは戦争について詳しいんだったな。詳しいというよりかは、事実を知っていると言えば良いだろうか。

 となると、やっぱりこれは今後の戦争を思わせた何かなのだろうか。

 今後の戦争において――未来を予見した何かなのだろうか。

 分からない。その答えを、今は導くことが出来ない。

 けれど、僕は。

 二人を――どうしても守りたかった。

 どうして二人をこんな平和な空間から抜け出させる必要があるんだ、と思った。

 彼女達にも平穏を共有する権利はあるはずだ、と思った。

 だから、だから、だから――。


「……いっくん、どうしたの?」


 あずさの言葉を聞いて、我に返る。


「ん、い、いや、何でもないよ」


 その表情を――池下さんがじっと眺めていることに、僕は直ぐに気づくのだった。



   ※



「池下さんは部長と合同でコラムを書いているんでしたよね」


 この間あったことは、お互いノータッチで進んでいく。

 池下さんは読んでいた本に栞を挟んで閉じると、


「そうだね」


 とだけ短く告げた。


「どんな内容になっているのか、見せて貰うことって出来ますか?」

「何故だい? 何故俺がそんなことをしなくちゃいけない」

「原稿が進まないんですよ。お願いします」

「そう言われてもなあ……。うん、分かった。見せてやろう。但し、内容のコピペは厳禁だぞ」


 それぐらい承知していますよ。

 僕はそんなことを言って、池下さんから原稿を受け取って、椅子に腰掛けた。

 池下さんが書いた内容はかなりしっかりとした内容のコラムだった。コラムの内容を総評すると、瑞浪基地に飛来するUFOについて――ということだった。僕のコラムの内容と被る心配もあったけれど、僕はUFOの事件そのものを書いたものになっているので、そこは問題なし。もしそこで被っていたらどちらかが手を引くか、そのまま原稿を提出するかのいずれかになってしまうところだった。

 池下さんの書いた文は、かなり明瞭ではっきりとした文章だった。物言いがしっかりしている、と言えば良いんだろうか。いずれにせよ、その考えが正しいのかどうかは分からない。僕はあまり小説を読まない人間だからな。読むと言っても、せいぜい流し読みが精一杯なところがある。あと時間つぶしに読んでいる節が多いし。


「……どうだったかな、俺の文章は」


 気づけば、池下さんは立ち上がってこちらに向かってきていた。

 これは何か感想を言わなくちゃいけない状況だろうか――なんてことを思いながら、


「良い文章だったと思いますよ。非の打ち所のない、と言えば良いんでしょうか」


 僕は精一杯のお世辞を言ったつもりでいた。

 池下さんはそれを聞くと、原稿を奪い取るように手に取って、


「そりゃ、どうも」


 とだけ言って、また元の席に戻っていった。


「……いっくん、池下さんに何か悪いことでもしたの?」


 あずさがそう言ってくるが、そんな問題ではない。

 そんな問題では、ないんだ。



   ※



 九月も二十日を過ぎると、各々クラスも準備を整えてきている。段ボールで作ったお手製のメニュー表や、検便の準備など手間がかかっているのだ。

 ちなみに僕も検便を出す羽目になってしまった。理由は単純明快。メイド喫茶でジュースを出すことが決まったためである。パックのジュースではなく、パックから紙コップに出していくスタイルに決まったそうなのだ。だから、紙コップに注ぐ役目を担う男子には検便をして貰う必要がある――ということらしい。

 何というか、してやられた、気分である。


「……いっくんも、勿論、検便して貰うからね?」


 藤岡さんにそう言われたときは、逃げ場がないと思ってしまった。

 いや、会議に参加しなかった僕が悪かったのだけれど。

 それ以上は何も言えなかったし、何も言わなかった。それが一番だと思ったからである。



   ※



 九月二十三日。


「今日は新聞が終わるまで帰さないからな!」

「それってどうなんですか、何かやばい法律に引っかかったりしませんか……?」

「まあまあ……。遅くなったら私が家まで送ってあげるから」


 という訳で。

 未だ完成していない『宇宙研究部新聞』の最後の追い込みに取りかかっていた。

 黒板には、最早普通の精神ではないメンバーの寄せ書きが書かれている。

 誰かが書いた『Time waits for no one.』の文字列――それがかなり秀逸になっている現状。


「時は誰も待ってくれない、か……。言い得て妙だな」

「何か言ったか、いっくん?」

「何も言っていません! 急いで原稿を終わらせます!」

「よしよし。とはいえ僕も未だ全然原稿が終わっていないのだがね……。やれやれ、これだったら金山の仕事を手伝うんじゃなかった」

「元はといえば、あなたの仕事なのだから手伝う以前の問題ではなくて? それと、私はもう書き上げているのだからさっさと帰らせてくれても良い気がするんだけれど!」


 金山さんはあれから一週間でコラムを一本書き上げてきた。

 聞けば文章の類いは書くのは難しくないと思っているらしい。何だよ、それ。チートかよ。


「……書き上げても帰ることが出来ると思っていたのか、金山。お前には校正という仕事とレイアウト担当という仕事が残っている訳だが?」

「そんなの、後でやって来た人間がやれば済む話でしょうが! 私はさっさと終わらせているの! だったら早く帰しなさいよーっ!!」

「帰してやるからちょっとは待っていろ。こっちだって今忙しいんだから……さっ!」


 原稿を書きながら話が出来るなんて何と羨ましい。

 こちとら言語能力をフルにそちらに回さないと全然文章が出来上がらないというのに。


「いっくーん? 未だ出来上がらないのー?」

「何を見て言っているんだい? これを見てもなお、出来上がっていると言えるのかな?」

「それってただの言い訳じゃないのー。それより、早く書き上げちゃってよ。私、もう出来上がったんだけれど」

「馬鹿な……! 進捗は僕と同じだったはず……! タイムマシーンでも使ったのか?」

「そんな馬鹿なこと考えている暇があったら、ほら、手を動かす!」


 お前が話を振ってきたんじゃないか。

 そんなことを言いたかったけれど、流石にこれ以上言語能力を使っていると、文章に支障が出る――そう思って僕は必死に原稿を書き進めるのだった。



   ※



 実際に新聞が完成したのは、それから数時間後。

 正確には、九月二十四日に少し入ってしまったぐらいだろうか。

 僕は――まさかここまで時間がかかるとは思わなかった、と思いながら新聞部にある印刷機の横でうつらうつらと眠りそうになっているのだった。



   ※



 そして、九月二十四日。

 この中学校の文化祭であり、地元からも数多くの人々がやってくる一大エンターテイメント。

 クスノキ祭が、幕を開ける。


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