第40話 観測活動の再開⑥

 後日談。

 というよりも今回のエピローグ。


「……あずさ、そのペンダント、何?」

「え? これ?」


 あずさが首にかけていたペンダントに、僕は夢中になってしまっていた。

 そのペンダントは、見たことのないペンダントだった。星を象った、至ってシンプルなものだったけれど、それがどうしても気になってしまうものだった。


「……昔、母さんから貰ったんだ」


 あずさの家庭事情を、そういえば、僕は知らない。

 おじさん、という話が出てくる限りでは、今は彼女の両親は別居しているのか、或いは死別してしまったのか――答えは見えてこないけれど、それは言わぬが花といったところだろう。


「綺麗なペンダントだね」

「そう? えへへ、ありがとう。いっくん」

「おーい、何話しているんだー。急いで江ノ電に乗るぞー!」


 部長の言葉を聞いて。

 僕達は大急ぎで江ノ島駅へと入っていく。

 ただ、それだけのことだった。

 特に何もない、ただそれだけのことだった。



   ※



 結局。

 休日を無駄遣いしてしまった結果に終わってしまったUFO観察だったけれど、その後あっさりと終わってしまった。そういうことで夕食の時間には間に合って、家族団らんの時間を得ることが出来た、という訳なのだけれど――。


「来年になったら、お前も高校入学のことを考えなくてはならないんだぞ。いや、もっと言えば今から考えなくてはならないんだ。だのに、お前というやつは宇宙研究部という部活に興じて……」

「何だよ、今の部活動が悪いって言いたいのかよ」

「そういうことじゃない。ただ、宇宙研究部が何をしている部活動なのかさっぱり分からないと言いたい訳だ」

「……UFOの観測とか?」


 ぴくり、と。

 父さんの眉が動いたような気がした。

 それに僕はちょっとだけ驚いてしまった訳だけれど。


「……父さん?」

「ああ、いや、何でもない。UFOの観測か。面白いことをやっているじゃないか。UFOは見えるのか?」

「一度見たよ。瑞浪基地から飛来してくるらしいんだけれど。そのUFOが見えるんだよ。学校か、もしくは江ノ島で」

「……そうか」


 父さんは、それ以上何も言わなかった。

 何も言いたくなかったのかもしれない。僕にとって、その部活動に居る意味が分からなかったのかもしれない。だとするならば、それがそういう立ち位置になるならば、それもしょうがないことなのかもしれない。けれど、僕にとって、今の部活動に居ることは――。


「……なあ、」

「うん?」

「UFOを見ることが、そんなに楽しいことなのか?」

「……え?」

「UFOを観測することが、そんなに楽しいことなのか、と言っているんだ」


 父さんの言葉は、胸にひどく突き刺さった。

 何故いきなり父さんがそんなことを言い出したのか、僕には分からない。

 けれど、父さんが言いたいことも少しだけ分かるような気がする。

 遊べるのは、今だけだ――父さんはそう言いたいのだろう。

 二年生になれば具体的に進路のことを考えなくてはならない。そうなったら、僕はどの道に進めば良いのか、具体的に考えなくてはならない。

 それについて。

 僕は、考えられるのだろうか。

 僕は――未来を考えられるのだろうか。

 その答えに辿り着くまでは――未だ相当な時間がかかりそうだったけれど。



   ※



 もう一つ後日談。

 というよりもこれからのことについて。

 いつも通り部活動に専念するために、図書室へと向かっていたその矢先での出来事。


「…………ええ、そうなるわね」

「なら、仕方ないわね」


 声が聞こえた。

 盗み聞きするつもりはなかった。

 ただ、声が聞こえてしまっただけなのだ。

 僕は壁沿いに視線をやる。するとそこに居たのは、桜山先生と……確か、保険教諭の今池先生だった。


「二人、何の話をしているんだろう……?」


 僕は耳を傾ける。


「……そろそろ、彼女の『記憶』を元に戻してあげなくてはならない頃合いだと思うのよ」

「しかしね、そう簡単に記憶を戻すことなんて出来やしない。それこそ非合法といえるような薬を投与しない限り……」

「それでも構わない。上はそう選択しているわ。何せ、今やパイロットは一人しか居ない。パイロットの人手不足は死活問題なのよ。この国にとってはね」

「あの子達を……子供達を何だと思っているの」

「あの子達を利用しない限り、この国に未来はないわ。残念ながら、それが結論よ」

「しかし……」

(二人とも、何の話をしているんだろう?)


 話を聞いている限りだと、今池先生が桜山先生の部下のように見えた。

 部下、というよりかは地位的に上の存在、か。


「ともかく、伏見あずさと高畑アリスの状態は問題ないんでしょうね?」

「……ええ。健康状態は問題ないわ。いつでも出動させることが出来る。強いて言うなら、彼女には記憶が戻っていないということが挙げられるけれど」

「だから。それをどうにかするのがあなたの仕事ではなくて?」


 あずさと、アリス。

 二人ははっきりとその名前を口にした。

 二人がどう関わってくるというんだ?


「『北』の状況はどうなっている?」

「ひどい有様よ。何せ、この国は自衛の手段は持ち合わせていても、自ら攻撃する手段を持ち合わせていない。だから相手は言いたい放題、って訳。はっきり言って、さっさと潰れて貰いたいところだけれど。アメリカに頼りきりというのも出来ない状態になっている訳だしね」


 北? アメリカ? 自衛?

 どうして学校でそんな話が出てくるんだ?

 どうしてこんなところで――そんな話題が出てくるんだ?


「総理は何と?」

「出来ることなら戦争を回避したい方向で各国と調整を進めている。だけれど、無理でしょうね。疲弊しきった世界経済に、活力を与えることが出来る唯一の産業と化してしまった戦争ビジネス。それに介入して、『やりたくない』なんて言える訳がない。既に世界はそこまで来てしまっている」

「ならば、戦争は避けられない……と。未来は、暗いわね」

「でもその未来を守らなくてはならないのが私達の役目。そうじゃないかしら?」

「そうね。そのためにも彼女達を、戦争の道具に使わなくてはならないということ。それだけは受け入れなくてはならないのよね……」

「いずれにせよ、夏が終わったら?」

「そうね。文化祭の終わりが、彼女達の日常の終わり、と言って良いでしょうね」


 僕は、思わず走ってしまった。

 それ以上のことは聞きたくなかった。

 戦争の道具って何だよ。

 未来は暗いって何だよ。

 僕達の世界はそこまで荒んでしまっているってことなのかよ。

 信じたくない。信じたくない。信じたくない。

 そんな世界、許せるはずがない。

 僕は――彼女達を救いたい。

 僕はただ、そのために走り続けた。



   ※



「……行ったわね」

「ええ。それにしても性格が悪いわね。わざと彼に計画の一部を聞かせるだなんて」

「あら? それを選択したのはあなたではなくて? それに、そうしないと『彼女』の記憶を取り戻すことが出来ない、と言ったのもあなたのはず。だったら私達はそれに従うしかない。そう決められているのよ」

「そうね……。後は彼がどう動くか、見せて貰おうじゃないの」



 ※


 

 夏が、終わりを迎える。

 それが誰にとっての終わりなのか、誰にとっての夏なのか。

 その結末は――そう遠くない未来にやって来ている。


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