第39話 観測活動の再開⑤
鎌倉カメラ店に戻ると、店主のおじいさんがうんうん唸っていた。
「どうしたんだ、じいさん? まさかカメラ、直らなかったんじゃ……」
「おおっ、来たか、小僧。言ってやろう言ってやろうと思っていたんじゃ。……お前、わしを馬鹿にしに来たのか?」
「何のことだよ」
池下さんの言葉に、さらに声を荒げるおじいさん。
「分かっておっただろうが! これは、『壊れておらん』! 綺麗に整備されている代物じゃよ!」
「え?」
それを聞いた池下さんは目を丸くしてしまう。
いや、それどころじゃない。
僕達だって、目を丸くしてしまった。
どういうことだ? 壊れていると言ったのは池下さんだから、池下さんに聞かないと全てがはっきりと見えてこないのだけれど、それでも理解できない。池下さんが嘘を吐いたっていうのだろうか?
「先輩、嘘を吐いたんですか?」
「そんな訳あるかよ。……おい、じいさん。嘘は良くねえや、それは壊れているって言っただろ? だから修理してくれってわざわざ持ってきたんだからさ」
「いやいや、だから言ったじゃろうが。これは壊れていない。完璧に手入れが為されているよ。経年劣化による故障でもしたかと思えば、そのような様子も見られないしのう……」
「どういうことだ、じいさん」
「言った通りのことだ。このカメラは壊れていない。……金も要らんよ。わしゃあ何もやっていないからな」
そう言われて。
カメラを受け取った池下さん。
何かを言いたそうな表情を浮かべていたが、そのまま踵を返し、外へ出て行った。
「お、おい、池下!」
部長に呼ばれて、そこで漸く立ち止まる。
「……じいさんの言った通りだ。さっさと帰るぞ。後は何をするか分かっているな?」
「何をする、って……」
「分かりきった話だろうが。今日は晴天の予報だ。夜になっても、それは変わらないはずだ。そうだろう?」
「あ、ああ。そうだったはずだ。だが、それがどうした?」
「もう一度、観測をしようぜ」
池下さんは振り返る。
僕達の方を向いて。
彼はそう言い放った。
「もう一度、観測をするんだ。それで壊れているか壊れていないか、全員で見直そうじゃねえか」
※
江ノ電に乗って、僕達は今日のことについて話し合った。
「取り敢えず、いっくんは一度家に帰るんだね?」
「……ええ。一応親には話しておいた方が良いと思うので」
流石に何も言わずに『今日は夜にUFOの観測をするから』などと言える訳がない。母さんには悪いが、誕生日プレゼントを手渡しておくことにしておこう。それで全て解決するとは思えないけれど。
「それじゃ、それ以外の人間は江ノ島に向かおう。問題ないね?」
「はい!」
「……分かった」
「了解っと」
全員が、それぞれ言葉を上げる。
アリスは何だか面倒臭そうな表情を浮かべているけれど、大丈夫だろうか?
「アリスもそれで問題ないの?」
「……どうしてあなたがそれを決めるの?」
そりゃ、そうかもしれないけれど。
アリスだって、やりたくないときはやりたくないって言って良いんだぞ。
「アリスは、やりたいからここに居るんでしょう? ねえ」
あずさの言葉に、アリスはこくりと頷いた。
良いのか、アリス、それで。
僕はそれ以上言葉を言うのは辞めた。アリスに悪いと思ったし、そもそもメンバーに悪いと思ったからだ。メンバーが『今日はUFOの観測をやるぞ』と言っている中、僕だけ『やりたくありません』だの『やりたくないんじゃないか』だの言うのは間違っていると思ったからだ。だから、それ以上のことは言いたくなかった。それ以上のことは、否定したくなかった。それ以上のことは……ああ、もうどうだって良かった。
「それじゃ、いっくんだけ七里ヶ浜駅で下車、だね!」
「そういうことになるね」
僕だけ、一度降りる形になる。
カメラは持ち合わせているので、既にUFOの観測は出来るといった形か。
時間も夕方とちょうど良い。いつUFOが飛来するか分からないけれど、僕達にとっては完璧な時間帯だ。そう思いながら、僕は七里ヶ浜駅に到着するのを、ただひたすら待つのだった。
※
「母さん、誕生日おめでとう」
僕は鳩サブレーの袋を母さんに手渡した。
「あらあら、鎌倉に行ってくるとは言っていたけれど、こんな良いものを買ってきちゃって」
「……でもね、母さん。今日は夕食一緒に食べられないんだ」
「あら、どうして?」
「宇宙研究部の活動が急遽入っちゃって。ごめんね、母さん」
「今日は母さんの誕生日だろう。何とかならんのか」
言ってきたのは父さんだった。
大柄な肉体は、まるで何かスポーツをやってきたのかと疑ってしまう程だった。しかしながら本人の意見曰くスポーツをやって来たことはなく、寧ろそういうものから勧誘を受けてしまうレベルだったという。若い頃は、相撲取りが来ると厨房の奥に隠れるように偉い人から言われたぐらいがたいが良い。
「何とかしたいけれど……、でも」
「でも、何だ」
「いいじゃない、あなた。私の誕生日よりも大切なものがあるのよ。青春ってそういうものじゃない」
「そういうものなのか」
「そういうものです」
母さんの言葉に、少しだけ救われた。
「ありがとう、母さん。ごめんね」
「良いのよ。子供は遊んでナンボのもんだから! さあさ、急がないと置いて行かれるんじゃないの? 急いで急いで」
「わわっ、分かったよ」
押されてしまって、僕はそのまま外に出て行くのだった。
※
「いっくん、遅い遅ーい!」
江ノ島の灯台付近にて。
いつも通り、宇宙研究部は集まっていた。
集まっていたところで、UFOの観測自体は未だ始まっていないようだったけれど。
「UFOの観測は夜になってからだな。……ところで、問題なかったのか?」
「何が、ですか?」
「ほら。お前のお母さん、今日誕生日だったんだろ」
「青春は大事にしろ、って言われました」
「ははは、何だそれ。でも良い母親だな」
部長はそう言って、僕の頭を撫でた。
「それじゃ、観測を開始しようか。目的は、UFOの観測だ!」
「おー!」
そう言って、僕達はUFOの観測を開始する。
見つかるかどうか分からないけれど。
僕達はUFOの観測を――開始する。
※
「……うーん、やっぱり見つからないなあ」
「見つからない?」
「というか、映像が映らない。あのじじい、修理してねえんじゃねえか?」
「修理というか、壊れていないって言っていなかったか?」
「言っていたよ。けれど、あれも嘘なんじゃねえか、って思えてしまうよ。ほら、見てみろよ」
部長が見る。うわ、と声を上げる。
「何というか、これはひどいな」
「どうなっているんですか?」
「砂嵐だよ。砂嵐状態になっているんだ。ひどいったらありゃしない。これで壊れていないと言っている方がおかしな問題だよ。……何で壊れていないなんて言ったんだろうね?」
「知るかよ、俺が知りたいぐらいだ」
「そうだよな。……うーん、これはやっぱりあれじゃないか?」
「あれ、って?」
「もう確実だろ! UFOの電波が、デジタルカメラを破壊しているんだ!」
「…………え?」
何を言っているのかさっぱり分からなかった。
正確には、理解するのに時間がかかった、と言えば良いだろうか。
いずれにせよ、部長が言っている言葉は、とてつもなく変な言葉だった。
「……部長、いったい何を言っているんですか?」
「瑞浪基地から出ている電波が、デジタルカメラを破壊している。或いは妨害している、と考えれば良いのではないか? そうであれば、鎌倉カメラ店で故障が見つからない理由も見えてくるはずだろう」
「いやいや、そんなことって……」
「有り得る! 絶対に、だ! 現に、例えばスマートフォンのカメラを当ててみろ!」
「どれどれ……。おっ、これは……」
池下さんは持っていたスマートフォンでカメラを起動して瑞浪基地にカメラを向けてみた。
まさか、部長の言った通り妨害電波が流れているのか……?
「何言っているんだ、野並。やっぱり妨害電波なんて出ちゃいねえよ。ほら、見てみろ」
スマートフォンの画面を僕達に見せてくれた。
すると確かにその通り、画面ははっきりと瑞浪基地の上空を捉えていた。
「……あれ? 何で?」
「だから、それはお前の妄想だろ」
そう言って。
結局、UFOは観測出来ないまま、今日の集会も終わってしまうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます