第38話 観測活動の再開④
「ところで、いっくんは文化祭に出す『新聞』のネタって決めた?」
新聞?
……ああ、そういえば、部長がそんなことを話していたような気がする。
宇宙研究部は(今年創立されたばかりの部活動だけれど)、例年新聞を発行しているのだ、と。そしてその新聞のネタは各自部員に任せる、のだと。
「うーん、そうだなあ。未だネタは決まっていないよ。けれど、UFOに関するネタにするのは自明じゃないかな」
「どうして?」
「どうして、って……。この部活動、『宇宙研究部』と名乗っている割りにはUFOに関するパーセンテージが多いだろ。だったら、UFOに関するネタに決め込んでおいた方が良いじゃないか」
「そういうものなの?」
「そういうもんさ」
僕は軽口を叩くように、彼女にそう言い放った。
そういえば、アリスやあずさはどういうものを書くのだろう。全然想像がつかない。
僕はそんなことを思いながら、さらに話を続ける。
「そういうあずさはいったい何を書くつもりなのさ? あずさだって、書かない訳にはいかないだろ?」
「瑞浪基地に関する噂でも書こうかな、って思っているけれど」
「瑞浪基地に?」
「うん。あの基地って、結構謎深き場所なのよね。実はおじさんがそこに務めているけれど、全然情報は教えてくれないし。だったら私達の手で勝手に分析しちゃおう! って算段。どう? 悪くないでしょう?」
確かに、悪くないかも。
教えてくれないなら、勝手に言ってしまえば良い。
それは面白い方法なのかもしれない。
「あの基地って、やっぱり何か変な噂ってあったりするの?」
「UFOが飛び立つ噂ぐらいは知っているでしょう?」
知っているどころか、目撃しちゃった訳だけれど。
「そのUFOは、元々宇宙部隊である自衛隊が所持しているものだって噂もあるぐらいだよ。何せ自衛隊は裏でアメリカ軍と繋がっている。それぐらいは持っていてもおかしくないだろうけれど」
ミーン、ミーン、と。
蝉が鳴き出した。
それを聞きながら、さらに話を続ける。
列は未だ半分も捌き切れておらず、良く見たら人数がさっきから増員されていた。
「アメリカ軍と繋がっているって、そんなの噂程度の話だろ?」
「『北』が戦争を仕掛けている、ってのも噂程度の話だと思わない?」
「……『北』ねえ」
北。
文字通り、北にある半島国家。全世界的に我儘を言い通した挙げ句、国連に参加したいだの、領土を広げたいだの、そのくせ求めているのが世界平和と言われているだの、訳の分からない国家である。
その、訳の分からない国家が、戦争を仕掛けようとしている。
それも、全世界を敵に回して。
それは随分と有名な噂話の一つだったし、僕も聞いたことがある話の一つであった。
「北の話は誰も開けっぴろげにしないけれど、それがどれぐらい大変な話だってことは誰だって分かっている。けれど、この国が戦争を出来ない理由がある。それは、いっくんだって知っているんじゃない?」
「……日本国憲法」
小学生でも分かっている、憲法九条。
日本国は、戦争をしない――そんなこの国独自の憲法が、それを邪魔していたのである。
「防衛ならば何の問題もないけれど、自分で攻撃をするのは問題である――厄介な法律の一つよね。最終的に自国の人間を守るためには重要なことなのかもしれないけれど」
列は、未だ三分の一程度残っていた。
「結局、」
僕が話を切り出した。
「――『北』がどうしてこようと、アメリカが介入しないと戦争なんて出来やしないんじゃないの?」
「そうなのかもしれないけれど、でも、難しいところはあると思うよ。やっぱり、戦争なんて誰もしたがらない。けれど、ロボットや人工知能が発達しきっていない現状からして、結局誰かが死んでしまうことになる。それは当然であり当たり前であり、仕方のないことだと思う。……結局、人は死ぬんだよ」
列が一歩前に進む。
あずさの考えは、何処か戦争に進みがちな考えのような気がした。
戦争に進まなくても生きていけるんじゃないか、って半分平和ぼけな考えをしている僕とは、対照的な考えの持ち主だった。
「でもさあ、やっぱり戦争なんて起きて欲しくないと思うよ。起きて欲しいと思うのは、それこそ戦争産業と呼べるような存在だらけだと思うし。例えば、兵器開発だとか」
「兵器開発をしている企業が、この国にどれだけ存在していると思っているの?」
戦争をしていない――だから兵器開発はしない、なんて話は嘘になる。
結局、自衛のために、自らを守るために、兵器開発は進められており、今もなお供給が続けられている。だから結局のところ、平和を守っている国だからといって、戦争の道具になる兵器を開発していない訳がないのだ。
治安だってどんどん悪くなっていく訳だし。
「……確かに、兵器開発をしていないことはないと思う。現に、この国の自衛隊への予算はどんどん拡張している訳だしね。宇宙部隊なんて結成されるぐらいだ。人工衛星やロケットを討ち滅ぼすための兵器開発なんて進められているぐらいなんだし、それぐらい当然といえば当然なのかもしれないけれど」
「まあ、難しい話になるけれど、私の議題はそういう方向に持って行くことになるのかなあ、って思うよ」
「どういう方向?」
「この国が、平和を目指しているのか否か」
僕達の番がやって来た。
「いらっしゃいませー」
すっかり疲れ切った表情を浮かべている店員さんに、鳩サブレーを注文する。
分けてお願いするようにしたら、少し面倒臭そうな表情を浮かべていたけれど、しかしながら、ちゃんと対応してくれたのはやっぱりプロだというところだろう。
「やっと買い物が出来たね。長々とありがとう、いっくん。いっくんじゃないと、こんな話出来ないからさ」
「……僕以外にも適任者は居るんじゃないのか? 例えば部長とか」
「……あの人、時折怖いと思う時があるんだよ」
「怖い?」
「UFOに関する興味を――失ってしまうんじゃないか、って時が」
「……そりゃ、人間は生きているからね。いつかは興味を失う時だってやって来るんじゃないかな」
「そうかな? 私はそれが……とても怖いのよ」
「どうして?」
「だってこの部活動って実質部長のワンマン経営でやって来ているようなものでしょう? そこで、部長がやる気を無くしてしまったら……」
「しまったら……?」
「この部活動は、終わりを迎えてしまう」
ミーン、ミーンと。
蝉は未だ鳴いていた。
少し待っていると、部長達がやって来た。
「やあやあ、遅くなってしまったようで、済まなかったね。僕達に気にせず、涼しいところで休憩していてくれれば良かったのに。LINEで連絡貰えれば、そっちに向かっていたよ?」
そういえば。
そんなことをすっかりと忘れてしまっていた。
だったら炎天下の中、待つこともなかったな――なんてことを思いながら、僕は笑みを浮かべる。
「そうですね。すっかり忘れていましたよ。……ところで、時間的にそろそろどうですか?」
「時間? ……ああ、カメラの修理のことね」
まるで忘れていたかのような物言いだ。
僕が言わなかったらそのまま江ノ電に乗って帰って行ったんじゃないだろうか、と思ってしまうレベルだ。
「冗談冗談、忘れる訳がないだろう? 何せあのカメラがなければUFOを観測することも出来やしないんだ。僕達にとってみれば、あれは救世主だよ」
「救世主?」
「部費で賄えるレベルで、最高峰のカメラだということだ」
池下さんが補足する。
成程。先程ブルジョワだと思っていたあの二万円は部費から出ていたのか。それなら一気にあのお金を出したのも納得。
そう思って。
僕達は一路、鎌倉カメラ店へと戻ることになるのだった。
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