第八章 クスノキ祭(前編)
第41話 クスノキ祭①
「新聞のネタはどうなった?」
新聞のネタって何のことだろう――なんて僕は思ったけれど、少ししてそれが文化祭――クスノキ祭――で展示するはずの新聞であるということに気づくまで、そう時間はかからなかった。
「新聞のネタなら、未だ考えついていないですけれど」
「印刷するの、いつだと思っているんだ」
「いつでしたっけ?」
「……えーと、クスノキ祭が二十四日と二十五日だから、二十三日の昼までに印刷機を借りられれば問題ないな」
「借りるんですか? 印刷機を」
「そりゃ学校の新聞部と同じ規模の新聞を印刷するんだぞ。印刷機を借りないと、自分で印刷する羽目になってしまう。それは嫌だろう?」
確かに。
それは出来ることならしたくない――そう思った。
「そうだろう、そうだろう。だったらそれまでに書き上げることだな。……と言っても、今日が五日だからあと二週間以上はあるけれどな」
「そういう部長はどうなんですか?」
「……ネタなら出来ている」
つまり原稿は書けていない、と。
僕はそんなことを思いながら、原稿のネタを考え始めるのだった。……それにしても、どんなネタを考えれば良いのだろうか? この前あずさには『もう出来ている』なんて強情を張ってしまったけれど、そんなのは嘘であって、実際には未だ一文字も出来上がっていない。というか、そういうものを書くのが初めてなこともあるので、どのように書けばいいのか分からないというのが実情である。誰かに聞いても良いんだけれど、全員が全員忙しいだろうしなあ。だったら、宇宙研究部以外の誰かに聞くしかないのだろうか。
「……あ、」
そう言えば、居たじゃないか。
同じクラスの新聞部の部員が居るじゃないか。
※
「記事の書き方が知りたい? そりゃまた唐突な言葉だね」
栄一輝。
覚えている人も覚えていない人もこの際思い出して貰いたい。かの生徒会選挙の時に、宇宙研究部にわざわざ部長の写真を撮りに来たカメラ小僧である。実は彼と僕は同じクラスな訳であって、だからこんな風に話をすることも出来る訳である。
「……頼む! 宇宙研究部で新聞を作ることになったんだけれど、どう書けば良いのか、さっぱり分からないんだよ」
「そういうのって、部長とか先輩に教えて貰うものじゃないの?」
「そうなんだけれど、部長や先輩も忙しそうでさ。未だ出来上がっていなさそうだし」
「それで、新聞部である僕に聞きたい、と?」
こくり、と僕は頷く。
「うし、いっくんの頼みだ。断る訳にゃいかないね」
立ち上がると、彼は僕の方を向いた。
「教えてあげるよ、新聞部直伝の記事の書き方だ。報酬ははずませて貰うぜ?」
「ああ、分かっているよ」
……そうして。
僕は栄くんに、新聞の書き方を教えて貰うことにするのであった。
「新聞の記事ってのは、先ず見出しが七割を占めているって言われているよ」
歩きながら、僕と栄くんは話を始める。
ほうほう、見出しが七割を占めている、と。つまり、残りの三割が内容である――ということなのだろうか。
「となると残りの三割は何だ、って話になるけれど、答えは単純明快。内容について、だよ。内容がどういう内容になるのか分からないけれど、見出し程重要ではないけれど、見出しで目を惹きつけておいても内容がゴミだったら話にならない。言っている意味が分かるかな?」
「……ああ、充分分かるよ」
現に、新聞って見出しで惹きつけていて中身が伴っていないケースが多かったりするしな。僕も新聞を良く読むけれど、それぐらい良く分かる。
「分かるなら、後は充分さ。書いていくには、七割話が分かったと言って貰って良い」
「そんな簡単なのか? 新聞の記事を書くこと、って」
「まさか。一月の記事を書くのに一月以上かかることなんて良くあることだよ。だから、そんな簡単に『記事が書ける』なんて言わない方が良いよ。たとえ、学校新聞の記事だろうとね」
そんなものだろうか。僕は考える。しかしながら、やっぱり理解出来ない。それがどうであろうと、それが間違っていようと、それが正しいことであろうと、結局は僕の価値観が尺として成り立っているのだから。僕が『簡単そうだ』と言えば、簡単なのだ。未だ一文字も書いたことはないけれど。きっとそれは、初心者特有の『やりやすさ』みたいなものなのかもしれないけれど。
「でも、これだけは忘れないで。新聞の記事を書く上で、大事なこと。どんなに誇張して書いても良いけれど、嘘だけは書いちゃいけない。それは信用問題に発展する重要な問題だからね」
「何で?」
「だって普通に考えてみろよ。例えば、『瑞浪基地にあるUFOは戦争のためにあるものだ』と書くとするだろ? でもそれって、憶測の域を出ない問題になる訳だよ。そんなことをまるで真実であるかのように書いてしまうこと自体が問題なんだ。信用されてしまう、ということは信用するに値する記事を書かなくてはならない。意味が分かるかい?」
「……うーん、分かるような、分からないような」
「とどのつまり、何事もやり過ぎは良くないって話さ」
「何だ、そういうことか。最初からそう言ってくれれば良いのに」
「それで分かって貰えるとは思っていなかったからね」
「……それ、単純に僕のことを馬鹿にしているよね?」
「馬鹿になんてしていないよ。……ただ、こう言わないと分からないだろうな、と思っていたぐらいで」
「それを『馬鹿にしている』って言うんだろうが!」
「あはは。そうかもしれないね」
そうかもしれないね、って。さっきからこいつの言っていることにはトゲがあるような気がする。トゲがない発言をしろ、とは言わないけれど、トゲのある発言をしろ、とも言いたくはない。トゲのある発言をする、ということはそれなりに信頼されている、ということの裏返しなのかもしれないけれど。
話はさらに続く。
「でもまあ、結局は『真実』しか書かないこと、というのが大原則かな。憶測の域を出ない場合は、その旨記載すれば問題ないけれど。でも信用問題というのが出てくるからね。そこだけは注意しないと」
「信用問題、ねえ……。やっぱり、新聞部に聞いたのは正解だったのかもしれないな」
「どうして?」
「宇宙研究部の先輩に聞いたら、途轍もなく変なことを言われるだろうな、と思ったからだよ」
※
ルールは分かった。
後は記事を書くだけだ。書くだけ、と言っても簡単に出来る話じゃない。先ずはネタを揃えなくてはならない。そのためにも、宇宙研究部のみんながやっている内容に被りがないようにしなければならない。みんなはいったいどんなネタを書くんだろう?
「秘密だよ」
とあずさ。
「……決めていないけれど」
とアリス。
「UFOに関する記事に決まっているだろう! 何せ初めて撮影が成功出来たのだからな!」
と部長。
「……野並と同じ。ってか共同執筆」
と池下さん。
「私はあんまり宇宙研究部に出入りしていないから今回はパス。それに生徒会の仕事が忙しいし」
と金山さん。
そういえば生徒会はクスノキ祭の運営も行っている。だから簡単に部活動に注力することが出来ないのだろう。現にこの間の鎌倉旅行にも彼女一人だけ参戦しなかった訳だし。
話を戻すと、結局未だ内容が決まっていないのは、僕とアリスだけのようだった。もっとも、アリスは何か記事を書くのだろうか? 分からない。もしかしたら何も書かないまま、空白が生まれてしまうのかもしれない。そうしたらどうなるのかさっぱりと答えは見えてこないのだけれど。
「じゃ、僕はUFOに関する評論でも書くことにするか……」
至極、まともな記事にするつもりだった。
というか、それ以外の選択肢が残されていないような気がした。目玉となる記事は当然部長が書くことになるだろうし、となると僕達に残されたのは残滓のみ。残滓をどう取り扱うかは本人の自由になるのだろうけれど、しかしながら、それが正しい使い道であるかどうかもはっきりとしない今、僕達に残された道は暗く狭い道ばかりだった。もしかしたら、あずさも案外それで悩んでいるかもしれないしな。
そうなれば、答えは明白だった。図書室でUFO関連の書物をいくつか借りて、今日はさっさと退散することにした。一人で書いている方がやる気が出る。僕はそんなことを思っていたのである。それが何処まで正しいのか実際にやってみないとさっぱり分からないけれど。
「とはいえ、」
僕は家に帰り溜息を吐く。家に帰って先ずやることは書物の整理だった。持ち帰ってきた書物は実に十冊程度。そのどれもがUFOに関する書物ばかりだ。もし仮に僕が今何らかの事件で逮捕されたら、『家には大量のUFOに関する書物がありました』等と言われるのだろう。
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