第31話 ラブレター②
宇宙研究部の部活動をしている最中でも、他の部活動からの勧誘はあった。
あ、僕の話ではなく、アリスの話になる訳だけれど。僕はどうだっていいのかよ、畜生。
「ねえねえ、高畑さん。こんな部活動じゃなくて、弓道部とかどうかしら?」
「…………嫌だ」
「弓道部より書道部も良いと思うわよ? ほら、高畑さん、文字上手そうだし!」
「…………嫌だ」
「書道部より茶道部よね? お茶の入れ方上手そうだし!」
「…………嫌だ」
こう毎日やって来る部活動の勧誘を見た限り、この中学校には様々な部活動があるのだな、と思い知らされる。
しかしながら、アリスはどれも目にくれず、この宇宙研究部での活動を全うした。
「どうしてこの部活動が良いんだ? 何かピンと来るものがあったとか?」
「…………そうかもしれない」
そうかもしれない、って。
ピンと来るものがこの部活動にあったのなら、それはそれで何よりなんだが。
というか、僕自身もなぜこの部活動に入ったのか未だに良く分からない点があるのだけれど。
「まあまあ、良いじゃないの。アリスがこの部活動が良いって決めているんだったら。彼女の本心に任せてあげた方が良いんじゃないの?」
「それもそうなんだけれどね」
でもそれが正しいのかどうか分からない。
答えも魑魅魍魎も何のその。
結局のところはただの役不足。
いいや、それが間違っているのか正しいのかも分からないけれど。
いずれにせよ、僕の価値観では、アリスの価値観を推し量ることは出来ない。
アリスの価値観を、僕の価値観で推し量ろうなど、無駄な話だったのだ。
出来る話ではなかったのだ。
だとすれば、それが正しいかどうかも判別することが出来ないのであって。
「…………私は、ここが楽しいから」
「ほら! アリスもそんなことを言っているしさ!」
「……だったら良いんだけれど」
僕はそのままにしておいた。
僕は言わないままにしておいた。
僕は片付けないことにしておいた。
それが正しいと思っていたから。
それが間違っていないと思っていたから。
それが有り得ないはずないと思っていたから。
※
「そういえば、いっくん。映画に付き合って欲しいんだけれど」
「は? 映画って何だよ」
「これこれ!」
そう言ってあずさは映画のポスターを僕に見せる。
日本のゲームがハリウッドで映画化した作品の第二弾――だっただろうか。その作品を僕はTVのCM程度でしか見たことがなかったけれど。
「で? この映画がどうした訳?」
「いっくん、全然興味ないんだね? 私が一番見たい映画の一つだよ! 昔からこのゲームが好きだったんだけれどね、このたびハリウッドで実写映画化が決まったのが数年前。それが大ヒットして第二作が今年公開! という感じなんだよ。全くもって素晴らしいことだと思わない?」
「うん、素晴らしいことだとは思うんだけれどさ。それと僕とどんな関係性が?」
「暇ないっくんを連れ回してあげようという私の思惑なんだけれど、理解してくれないかな?」
「暇、って……。いや、確かにこの近辺の地理には詳しくないから暇この上ないんだけれどさ」
「だったら、一緒に行こうよ、映画館!」
「おーおー、デートかい、二人とも」
今日は部長が来ていた。
だから部長がそんなことを言っていた。言っていたからって何だ、って話なんだけれど。
「…………私も行きたい」
「え?」
「…………私もその映画、見に行きたい」
目がキラキラ輝いているように見える。
何というか、それを見て、嫌だ、とは流石に言い切れない。
……結局、その後の話し合いで、後日土曜日に三人で映画館に見に行くということになるのだった。
※
待ち合わせは、七里ヶ浜駅だった。
「お待たせ」
白いワンピースに身を包んだあずさと、青いシャツとオレンジのプリーツスカートに身を包んだアリスを見て、僕は心の中で少しだけ朗らかな気持ちになってしまっていた。
だって普通に考えればデートみたいなもんだし。
そんな感じだから、今日の僕は高揚感に包まれていた。
いや、高揚感だらけになっていた、というのが正しいのかもしれない。
いずれにせよ、今回はあずさにエスコートしてもらうことになる。
何せ、ここの地理に詳しいのは、この中では、他でもないあずさだけなのだから。
僕もアリスも、この辺りの地理には詳しくない。江ノ電なんて乗るのは二回目だ。
だからSuicaのチャージ残額が若干気になっていたけれど、そんなことは特に問題なく、藤沢まで乗ることが出来た。
藤沢からは東海道線に乗り換えて辻堂駅で下車。すると目の前に広がっているのが――。
「ほら、ここ! テラスモール湘南!」
「こんなところにこんな立派なショッピングモールがあるなんて……知らなかったよ」
「そしてこの中に映画館があるんだよ!」
映画館に入ると、ポップコーン売り場にショップ、チケット売り場が広がっている。
チケット売り場で早速チケットを購入すると、時間はあと一時間あることが分かった。
仕方がないので、ショップを見て回ることにした。
「映画を見るなら、先ずはやっぱりパンフレットを買わないと!」
「そうなのか?」
「そうなんですー!」
だったら買うか。パンフレットの値段を見ると千円。まあ、子供向け映画だしそんなもんか。
「すいません、パンフレット三つ」
「三千円になります」
「えっ、買ってくれるの? いっくんかっくいー!」
「いや、後で払えよ……」
「えっ?」
「アリスもだぞ」
「………………えっ?」
アリスは欲しくなさそうだけれど、あずさが「パンフレットは買っとけ!」って言うから、取り敢えずアリスの分も購入しておくことにする。
「すいません。三人なんで一人一つに分けて貰えますか」
「良いですよー」
店員さんは愛想良く、僕達に一つづつパンフレットの入ったビニール袋を手渡してくれた。
さて、それをしたところでまだ時間はあと五十分ある。
「ちょっと、本屋さんにでも行ってみる?」
そいつは妙案だ。僕はそう思って、それに大きく頷くのだった。
※
テラスモール湘南にある大きな本屋に僕達はやって来た。
「今、十一時半だから……、十二時にここで集合ね! 後は各自行動を取ること! それじゃ、後はよろしく!」
そう言って。
あずさはそそくさと何処かに消えていってしまった。何というかすばしっこい奴だ。そんなことを思っていると、アリスがじっと僕の顔を見つめている。
「……アリス? どうかしたのか?」
「…………迷子になりたくないから、一緒についていく」
「……マジかよ」
そんなこと言われても困る、と言いたかったけれど、同性であるあずさはさっさと何処かに消えて言ってしまった。
となると後は僕だけ。
仕方ない。あずさのことは諦めて、アリスと一緒に行動を共にすることにしよう。
そう思って僕はアリスの手を取った。
「…………え?」
「迷子になったら、困るんだろ」
アリスはこくり、と頷いた。
僕は少しだけ顔を赤らめながら、本屋の中に入っていくのだった。
※
本屋で見ている本と言えば、珍しい本ばかりだ。
どんな本を読んでいるのだろうか、と思って見ていたら、『ヒト夜の永い夢』というSF小説だった。分厚い本だった。見ると価格が千円もした。千円もする文庫本があるのか……少し溜息を吐きながら、アリスは財布とにらめっこしている。
「買わないのか?」
「…………ちょっと高いかな」
「……分かった。じゃあ、僕が買ってやる」
「…………え?」
アリスはそんなことを言われると思ってもみなかったのだろう。
そんなことを思いながら、僕は元から購入する予定だったゲームのコミカライズ本と一緒にカウンターへ持って行った。
「千七百円になります」
ちょいと予算オーバーしたけれど、これくらいはどうだって良いだろう。
「すいません、一冊別に袋分けて貰えますか?」
「良いですよ」
店員さんは何処でも愛想が良い。
僕はそう思いながら、二つの袋を受け取って、そのうちの一つをアリスに手渡すのだった。
「…………ありがとう」
「大事に読めよ」
僕はそう言った。アリスはそれを聞いてにこやかな笑みを浮かべるのだった。
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