第32話 ラブレター③
映画は面白かった。
百二十分楽しめる内容だった。
元々このゲームは好きなゲームだった。しかし年齢と共に離れていってしまい、気づけば最新事情を追うことはあろうともゲームをプレイするまでには至らなくなってしまった、と言ったところだろうか。しかしながら、この映画は面白かった。そもそもモンスターにオッサンが入り込む時点でゲテモノか何かかと思ってしまっていた僕が間違っていた。そもそもこの作品にゲームの原作があること自体を知らなかった。何でも数年前に今はもう古いと言われるような携帯型と据え置き型のハイブリッド型ハードと言えるようなゲームハードで出たっきり新作が出なくなってしまったシリーズだったらしいのだけれど、僕に取ってみればそんなことはどうだって良かった。そう言えるレベルの仕上がりだった。予算と技術力に糸目をかけないハリウッドならでは、なのかもしれない。それが、僕の思った感想だった。それが、僕の考えた感想だった。粗筋を述べるのはどうかと思うのでこれ以上言わないでおくことにしておくけれど、僕としては、あんまり気にしない方向で良ければさっさと話してしまいたいところだった。この感動を誰かと共有したい気分だった。この感動を、早く誰かと共有したかった。それが、僕の中ではあずさとアリスということになるのだろう。というか、端から見て女子二人と男子一人という光景は、どういう風に写っているのだろうか。ダブルデート? いやいや、それには相手が一人足りない。それなら単純に友人同士の交流? そう思ってくれるのが有難いところだ。それ以上でもそれ以下でもないのだけれど。僕に取ってみれば、僕は、こういう男女交際には向かない人種だと分かっていたから。
「……ねえねえ、とっても面白かったよね? あの映画! もう一度見たくなるぐらい最高だったと思わない? 思わない? 私は思ったわ! レディースデイに一人で見に行こうかなあ。でもそうすると叔母さんが駄目って言うかもしれないなあ。だとすれば、やっぱりまたいっくんについてきてもらうしかないよね?」
「出来れば今度は僕も金銭的余裕のあるときにしてくれ。たとえば、ファーストデイとか」
「駄目駄目! ファーストデイじゃ、映画が終わっちゃうでしょう? でもレディースデイだったら毎週水曜日だから……あ、駄目か」
毎週水曜日、って。
学校をサボって映画を見に行け、って言いたいのか、お前は。
でもまあ、そう思うのも何だか仕方ないような気がする出来だったと思う。それがどうであれ、それをどうするであれ、僕は何も考えないけれど。僕は絶対にサボってまで見に行こうとは思わないがな。まあ、女性人気が強い作品だろうな、って感じはしていた。現に映画館は女性が多かった印象が強かった。それ以上に、女性が多かったという印象よりも、僕が事前知識として仕入れていた情報が、ただ単純に女性人気であるということを知っていただけだったのかもしれないのだけれど。それがどうであれ、僕は何も考えない。僕は何も思わない。ただの埒外な考えであることには変わりないのだから。
「でも、休んだって誰も文句は言わないよ」
「いや、言うだろ。例えば家族とか」
「あー……うち、ちょっと特殊な家庭事情なんだよね」
「どういうこと? ……あー、いや、悪かった。聞いた僕が馬鹿だった」
聞いた僕が馬鹿だった。
普通は首を突っ込むべき話題じゃないのに。
随分と悪いことをしたと思う。僕は馬鹿だ。馬鹿な人間だ。馬鹿だったと思った。
「……いや、やっぱり謝らせてくれ。僕に出来ることだったら、何だってするよ」
その言葉が。
言った後に気づいた。僕にとってその言葉が、揚げ足を取られたって意味に。
「え!? ほんとうに、何だってしてくれるの?」
「……う、うん。何だってしてあげるよ。流石に三重跳び五十回とか、わんこそば百回お代わりとか、出来ないことはあるけれど。出来る範囲で良ければ」
「良いよ、全然、そんなことしなくても! 私にとってやって欲しいことはね……」
……。
「え?」
僕は呆気にとられて、ぽかんとしてしまった。
「え? って何よ。せっかく人が勇気を振り絞って言ったことだっていうのに!」
「いや、そういうことより……。そんなことで良いの? もっと言って良いんだけれど……」
もっと言って良い、というのはちょっと語弊があるな。僕に取ってみれば、そんなことはやっぱりもっと揚げ足を取られることになるから言わない方が身のためなのだろうけれど、ついついあずさには言ってしまう。なぜだろう? あずさにそんな意思などない、と分かっているからだろうか?
「良いのよ、良いの! いっくんには『ショッピングに付き合って貰う』だけで良いんだから!」
そうして、彼女は願いをもう一度僕に言ってみせた。
ショッピングに、付き合って貰うだけで良い。
「じゃあ、もう一個おまけでカラオケにも付き合って貰っちゃおうかな?」
「……良いよ、別に」
……今月は節制をした方が良いだろう。
そんなことを思いながら、僕は笑みを浮かべるのだった。
※
ショッピングに付き合うって何をすれば良いんだろう。僕は思った。女子同士ならば、一緒に服を選んであげたり、更衣室に入り込んでキャッキャウフフしたりするのかもしれないけれど、僕と彼女は性別が違う。先ずそこでポイントを整理しなければならない。となると、僕は一緒に服も選べないし、更衣室に入ることも出来ない(そもそも、入った時点で犯罪者扱いされる訳だけれど)。では、僕には何が出来るんだろうか? せいぜい荷物持ちぐらいしか出来ないような気がするのだけれど……。
そんなことを思っていたのだが、答えは僕の予想していた通りの結末であった。
「……やっぱり、こうなるのか」
「あら? ショッピングに付き合ってくれるって言ったのは、いっくんだよ?」
「…………そう。言ったのは、貴方」
言った、というか何でも付き合うよ、と言っただけに過ぎないような気がするのだけれど。それはあまり言わないでおこう。そうだな、例えば僕の中でちょっとした感情の欠落があるとして、それが怒りであるとするならば、僕はその欠落を一生恨んでいるところなのかもしれない。そもそも、感情が欠落している時点で、怒りというものそのものを感じない訳だけれど。でもまあ、僕に取ってみれば、それが正しいことであるかどうか、これが間違っているかどうか、考えることでもありゃしないだろう。僕にとってのあずさは、僕にとってのアリスは、いったいどういう扱いをすれば良い? 僕にとってのあずさは、僕にとってのアリスは、ただの人間という扱いをすれば良いのか? いいや、違う。そうじゃないだろう、自分。未だ未だ考えなくてはならないことがあるんじゃないか。例えば、アリスのこととか。アリスはUFOを観測した次の日に転校した。きっとあれは、僕達に対する警告なのだ。これ以上UFOを観測したら、どうなるか分かっているか、と言う警告なのだ。そのために僕達の目の前に現れた監視員、それがアリスなのだ。
……というのは、考え過ぎだろうか。
「……さあさ、未だ未だあるよ! 次次!」
「…………私、少しだけ、ショッピングが楽しいと思えてきた」
あずさとアリスは上機嫌だ。
荷物を持たされるこっちの身にもなって欲しいものだよ、と僕は思いながら深々と溜息を吐くのだった。
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