第六章 ラブレター

第30話 ラブレター①

 六月半ばにアリスが転校してきて、その一日であっという間にクラス中に、いや学年中に広まった。という訳で、昼休みにもなれば多くの人間がクラスにやって来ていた訳だ。畜生め、僕がやって来た時は誰一人としてやって来なかったじゃないか!


「それはきっと、アリスが可愛いからじゃないかな」


 言ったのはクラスメイトの高岳だった。高岳は気分屋でクラスのムードメーカー的立ち位置に立っていた。席は僕の前で、話しかけるのも容易い。だからかもしれないけれど、あずさの次に僕は仲良くなることに成功したのだった。


「アリスが可愛いだって? ……確かにそうかもしれないな」

「これからはこのクラスも忙しなくなるんじゃないかな。何せ、クラス一のマドンナだった神沢に変わって新しいマドンナが生まれたんだからさ。まあ、神沢が嫉妬しないかどうかが問題だけれど」

「女の嫉妬は怖いからな」

「違いねえ」


 僕と高岳はそんな会話をしながら、授業間の休みを満喫していた。


「で? お前はどっち派な訳?」

「どっち派ってどういうことだよ?」

「言わせるなよ。高畑派か、神沢派か、だよ。俺は正統派美少女の神沢に一票投じたいところだねえ。しかしながら、高畑の帰国子女感溢れる感じもたまらねえ。清楚な見た目をしているのに、だ。あれがたまらねえと思う男子生徒も少なくないはずだ。で、お前に質問って訳だよ。お前は宇宙研究部に所属しているんだよな?」

「うん、そうだけれど?」

「羨ましいよなあ、宇宙研究部には、あの伏見も居るんだろう?」


 ちなみに今あずさはトイレで居ない。

 そのタイミングを狙っての言葉なのだけれど、何がそんなに羨ましいのだろうか?


「羨ましいってどういう意味さ?」

「だって、部活動に同学年の女子が二人居るんだぞ? それだけでハッピーじゃないか。競争率が低いって奴? もっといえばハーレム状態とでも言えば良いのかな?」

「何がハーレムですって?」


 言葉を聞いて振り返ると、あずさがガイナ立ちしてその場に立ち尽くしていた。


「えっ? い、いや、何でもないよ。あの部活動に三人も新入部員が入るなんて凄いな、なんてことを思ったぐらいだ」

「三人って私も入れた数なのかしら? ……まあ、良いわ。いっくん、人の話を聞くのも良いけれど、たまには流し聞きするのも悪くないことだと思うよ」


 そう言って彼女は席に座る。


「……まあ、話を戻すけれどよ、お前、どっち派よ?」

「どっち派と言われても、アリスは未だ来て数日しか経過していない訳だし……」

「へえ、アリスって呼ぶ仲になったの?」

「ち、違う! ただ単純に同じ部活動の女子をそう呼んでいるだけだ! あずさだって、あずさって呼んでいるし!」

「それなら分かるけれど……。まあ、いいや。お前は保留ってこったな。それにしてもあんだけ人間が集まるんじゃ、あの量も大変なんだろうなあ」

「あの量、って?」

「馬鹿。女子が男子に贈るものったら一個か二個しかないだろ、ラブレターだよ、ラブレター」

「ラブレター……ああ、そういうこと」

「まるで無関心だなあ、お前って。何というか、女子との恋愛に興味がないタイプ?」

「僕をそっちの方向に持って行くのを止めてくれ。僕はちゃんと女子が好きだよ」

「ほんとうに?」

「ほんとうだよ。嘘は吐かない」

「だったら良いけれど」


 始業を報せる鐘が鳴って、高岳は席を元に戻した。

 三時間目の授業、理科が始まる。



   ※



 宇宙研究部の部活動は、特にやることもなかった。

 というのも、部長が生徒会選挙に立候補することを決めたからだ。

 だから、それ以外の僕達は置いてけぼり。正確に言えば、やることがないってこと。


「なあなあ、アリス」


 だから僕はアリスに質問してみた。


「…………何?」

「アリスって、ラブレターとか届いているの?」


 いかにも不躾な質問であることは理解していた。


「ラブレター?」

「……まさか、意味を理解していないなんてことは言わないだろうな?」

「いや、理解していないことはないと思うよ。ってか、それを聞く普通?」


 隣に居たあずさが僕に言ってきた。

 そりゃ、そうだろうと思う。

 けれど、気になってしまうのが性だ。

 だとしたら、聞いてみるしかないって話になる訳だけれど、それが駄目なら、まあ、致し方ないことなのかもしれない。


「……で、どうなんだ? 結局、ラブレターは貰っているのか?」

「…………未だ、封を開けていない手紙がいくつか」


 あるんかい。


「でもまあ、大変だよな。モテるってことは。僕はあんまりモテたことがないからさっぱり分からないんだけれどさ……」

「…………モテるってどういうこと?」

「女性だったら、男性に好かれやすいってことだよ」


 僕はアリスの質問に答える。


「…………だったら、私は好かれやすいのかもしれない」

「そうなの?」

「…………分からないけれど」

「分からないんだ」


 何だか禅問答をしている気分だ。

 禅問答をしたことがないけれど。


「ところで」

「何?」

「ラブレターって何?」


 やっぱり、意味を理解していないんじゃないか。

 僕はそんなことを思いながら、ラブレターの意味を教えてあげるのであった。



   ※



 部活動が終わって、僕はアリスと一緒に歩いていた。

 あずさは帰る準備をしていて、少し遅れるとのことだったので、僕達が先行して歩いていく形である。


「…………一緒に歩いて、大丈夫?」


 アリスは僕に問いかける。


「どうして?」


 アリスの言葉に、僕は何の意味も持たずに質問を返した。


「…………だって、ラブレターがたくさん届いているのだとしたら、私を好いてくれている人がたくさん居るってこと。ということは、私と貴方が歩いているこの状況を目撃されたら、刺されるんじゃないかって」


 刺されるって。

 流石にそこまで過激派な人間は居ないと思うけれど。……いや、居ないよね?


「…………そんなことより」

「そんなことより?」

「…………あずささん、来ないね」

「ああ、あずさか。未だ来ないんじゃない? 何せ片付けが残っているって言っていたし。片付けが終わらない限り帰ることは出来ないんじゃないかな」

「…………それって大変だね」

「そうだね。でも、あの部屋を使わせて貰っている以上、仕方のないことなんじゃないかな。図書室を使う人間が少なくない訳でもないし」

「…………図書室がなくなっちゃえば良いんじゃない?」


 何その発想、サイコなんですけれど!

 やっぱりアリスは宇宙人なんじゃないだろうか。地球人には有り得ないような発想が続々と出てくる辺り、普通の人間とは違う何かが感じられる気がする。

 けれど、やっぱり。

 アリスを宇宙人であると信じたくない自分が居る。

 いや、そもそも宇宙人は居ないと思っている。UFOも居ないと思っている。

 けれど、UFOは見てしまった。その次の日に、アリスがやって来てしまった。

 アリスが宇宙人だとするならば、僕達は何かを裁かれてしまうのだろうか。

 アリスが宇宙人であるならば、僕達は裁かれるべき罪が存在するのだろうか。

 答えは分からない。答えは見えてこない。答えは暗中模索するしかない。

 けれど、僕達は。

 前に突き進むしかない。

 それが宇宙研究部としての役目なのだから。

 それが宇宙研究部としての存在意義なのだから。

 それが宇宙研究部としての意味なのだから。


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