第29話 八月三十一日⑤

「今日は天体観測をするぞ!」

「部長、今日も、の間違いじゃないんですかー?」


 部長の言葉に、金山さんが茶々を入れる。


「五月蠅いな。そりゃそうかもしれないけれどさ。けれど、そういうのを言うのは野暮ってものだぜ」

「野暮でも何でも間違っていることを間違ったままにするのは良くないと思いまーす」

「それはそうかもしれないが……!」


 僕達の会話もいつも通り。

 宿題をやっていても、それが終わるところを見せてはくれない。

 いっそ誰かに手伝って貰えないと終わらないんじゃ……。


「…………思い出した」

「?」

「そうだ。そうだよ! 思い出したよ!」

「な、何だ。いっくん。急に大声を出して。暑さでとうとう頭がやられたか?」

「違います。……分かったんです。この窮地を脱する作戦が!」


 窮地と言っても、窮地に立たされているのは僕だけなんだけれど。

 エンドレスエイトに、やっぱり答えは残されていた。

 エンドレスエイトは、どのように解決した?

 答えはそこに見えていたじゃないか。どうして適当に海なんて行こうなどと思いついたのか。あのときの自分を恨みたいぐらいだ。

 だから、僕は恥を忍んで、こう言い放った。


「僕の宿題を、手伝ってください!」



   ※



「しかしまあ、良くもここまで宿題を溜め込んだものだよね」


 部長は深々と溜息を吐いたのち、そう言い放った。

 何を言われても構わない。ともかく、僕の宿題さえ終われば無事九月一日に行けるはずなんだ。確定事項ではないけれど。

 とにかく、永遠に過ごす八月三十一日だけは、、もう二度と送りたくない。

 だから僕は恥を忍んで、宿題を手伝って欲しいと言ったんだ。

 そうじゃなければ、何も始まらないから。



   ※



 宿題は、三時間かけて終わった。

 これで僕の夏休みは無事に終了した……。そう思うと、そのままぶっ倒れてしまいそうになりそうだったが、すんでのところでそれを堪えた。


「結局、いっくんの宿題を手伝っていたら疲れてしまったよ……。ちょっと休憩したら、いつも通り、屋上で天体観測と行こうじゃないか」

「あんたの場合は、天体観測というよりUFO観測だろうけれどね」

「良く分かっているじゃないか」


 そうして。

 僕達は夏休み最後の天体観測に勤しむ訳だ。

 あわよくば、これが終わりになってくれれば良いのだけれど。



   ※



 後日談。

 というより、ただのエピローグ。

 僕の宿題をみんなで手伝ってなんとかして貰う作戦は功を奏して、次の日の朝、無事に九月一日を迎えることが出来た。正直な話、もしこれでまた八月三十一日だったらどうしようかと思っていたぐらいだ。頭を抱えていたことだろう。何せ、僕以外の全員がループしていることに気づいていないのだから。

 九月一日は残暑の雰囲気が未だ残る、暑い朝だった。

 僕が歩いていると、後ろからあずさが肩を叩いてきた。


「おはよっ、いっくん」

「ああ、あずさか。おはよう」

「昨日は無事に宿題終わらせられて良かったねえ?」

「そうだね。みんなに手伝って貰わなかったらどうなっていたことか……」


 まあ、その『どうなっていたことか』というのは知っていることなんだけれど。


「どうしたの、いっくん。ぼうっとしちゃってさ。もしかして熱中症!?」

「いや、そんなことはないから、落ち着いて」


 朝から熱中症になってしまったら、暑さのピークである昼にはどうなってしまうんだろうか。

 きっと動けなくなってしまうのだろうけれど。

 そんなことより。


「夏休み、結局ずっと部活動に出突っ張りだったよね。何というか、休んだ感じがしないというか」


 具体的には数日休みはあったのだけれど、そこでも何かいろいろと問題はあったりして。

 それは言わずもがな。解決はしたけれど、それ以上は言わないでおこう。


「……九月からも、UFOの観測は続けるつもりなのかなあ」

「そうじゃないと、宇宙研究部の意義がなくなっちゃうでしょ。だったら、部長自らが『部活動を活動停止する』ぐらい言い出さないと」


 そうだよな。

 そうじゃないとだよな。

 そうじゃないと、やっぱり宇宙研究部じゃないよな。

 未だ胚って三ヶ月程度しか経過していないけれど、そんな感じがしてならない。


「さ、急がないと遅刻するよ!」

「え? もうそんな時間?」

「そんな時間じゃないけれど、ゆっくりしているとショートホームルームには間に合わなくなる時間かな、ってぐらいだよ」

「それなら急がないと!」


 僕と彼女は走り出す。

 九月からの新学期も、良い季節になれば良いなと思いながら、僕達は一歩前に進む。



   ※



 保健室。

 高畑と伏見、そして保険教諭の今池文恵が向き合って座っていた。


「……貴方達の行動、見過ごせないものばかりであるということはご理解いただけたかしら?」

「はい。アリスの殺人、そして私の『タイムリーパー』使用……。決して許されるものではありません」

「貴方達は大事な駒です。駒は駒らしく活動して貰わなくてはなりません。分かりますね?」

「分かっています」

「アリス。貴方は?」

「…………分かっている」

「分かっているなら、派手な行動は避けること。それは『隊』としての絶対命令だったはずよ。分かっているかしら?」

「分かっています。今回の行動は浅い考えだったことを認めます。ほんとうに、申し訳ありませんでした」

「まったく……。もし、彼に何らかの影響が認められた場合、貴方は対処出来るの?」

「保健委員なので、何の問題もなく保健室に連れて行くことは可能です」

「可能でしょうね。けれど、問題はそこから。……民間で使える薬物にも限界がある。『タイムリーパー』の副作用を緩和してくれる薬物なんてジェネリックでも出てきていない代物なのよ。まあ、何かあったときのために、と念のため用意はしていたけれど」

「分かっていたのですか。私達が、彼に何かするということは」

「当然でしょう。そのように仕組んでいたのだから。彼は特異点。それ以上でもそれ以下でもない。とどのつまりが、彼の存在意義こそが貴方達が戦う意思を捨てないためのものだということ」

「……全て手のひらの上に居た、ということですね、私達は」

「その通り。それは理解して貰えたかしら?」


 こくり、と頷く高畑と伏見。


「理解して貰えて何より。九月からはより一層忙しくなるからね。貴方達にも、戦闘態勢を取って貰う必要が出てくる」

「学校を休め、ということですか?」

「そもそも学校は貴方達にとっての憩いの場というだけであって、それ以上でもそれ以下でもない空間であるということ。そして、その憩いの場はいつでもなくすことが出来るということ。それぐらいは貴方達も分かっていたはずよ。貴方達だって、現実を見極めることぐらいは出来たはず」

「それは……」


 そうかもしれない。

 そうかもしれないが。

 彼女達を傷つける空間がこれまで以上に広がるということについて、彼女達は、考えたくなかった。出来ることなら、永遠にこの平穏な空間で過ごしていきたかった、と思っていた。


「薬の投与量もこれから増やしていくつもりです。よって、貴方達には何らかの副作用が出るようになるかもしれませんが、そのときは保健室に駆け込むように。一応、先生にも根回しは済ませてあります。だから、何かあったら先生を頼りなさい」

「……分かりました」

「…………分かりました」


 そうして、会話は終了した。

 お互いにとって、忘れられない夏の終わりが――もうすぐやって来る。


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