第27話 八月三十一日③
鵠沼海水浴場は既に大勢の客で一杯になっていた。
「うわあ……、何というか想像以上に人が多いな……」
「そりゃ、海に泳ぎに来た人はもっと早くからここに来ているからね。実際問題、こんな時間からやって来るのは地元民ぐらいだよ」
「確かにそれもそうだよなあ……。僕も急に言ってしまって悪いことだとは思っているよ」
「まあまあ、でもまあ、海水浴は実際に出来ていなかった訳だし……。私達にとっても有難いことだと思っているよ。それに、先輩から聞いたんじゃない?」
「何が?」
「海に飛び込むことの、気持ちよさを」
「……確かに、そうかもしれない」
僕は思った。
かつて先輩に言われた言葉。――海に飛び込むのは、気持ちが良い。
それを僕はずっと鵜呑みにしていたのかもしれない。
現実的に受け入れていたのかもしれない。
「受け入れていたのではなく、受け入れようとしていた、の間違いではないですか?」
言ったのはあずさだった。
どういうことだろう。あずさの言葉に僕は耳を傾ける。
「それは結局の話、経験論な訳だけれど、受け入れたかったこと、受け入れられなかったこと、受け入れようとしなかったことというのは違ったニュアンスだったりする訳で」
「ニュアンスの違い?」
「そう。ニュアンスの違い。ニュアンスの意味は分かるかな?」
ニュアンス。色合いや音など、双塔に違う感じを与えるような違いのことを言う。
だっただろうか。
「そうそう。その通り。ニュアンスの意味を知っているのも、流石はいっくんだね」
「いや、僕じゃなくても若干本を読んでいる人ならば、分かりそうな物だけれど……」
「でも周囲に居るのって、いっくんが一番近い人間だからさ。ニュアンスの言葉ぐらい分かるんじゃないかな、って」
「試した、ってこと?」
「そうとも言うかな」
鵠沼海水浴場には、着替え室が用意されていた。
とはいえ、簡単に間仕切りされている程度の空間だった訳だけれど。
男女に分かれているので、ここでお別れということになる。
「それじゃ、着替えたら、またここで会いましょう。いっくん」
「うん、分かったよ」
そういうことで、僕達は別れることになった。
着替えが済むまで、それぞれお互いに別行動を取ることになった。
※
着替えが終わり、僕は外に出ていた。
水色の学校指定の水着に、オレンジ色のアロハシャツを身に纏っている。サングラスをかけている姿は何というか似合わない感じが見て取れる。けれど、太陽は眩しいし、人の目線は気になるし、致し方ないと言えばそれまでと言えるだろう。
「お待たせ、いっくん」
出てきたあずさを見ると、僕は少しだけ顔を赤らめてしまった。
赤を基調としたセパレート型の水着。それを身に纏った彼女は、その上から白いシャツを羽織っている。赤い水着が目立つから、だろうか。確かに目立つ色をしている。赤い水着はそのままでいると目立ってしまう、と僕は思っていた。だからもし何も着てこなかったらアロハシャツをかけてあげようと思っていたぐらいだ。
「……うん、似合っているよ、あずさ」
「いっくんに言って貰えると嬉しいかな」
「おおい、二人とも」
言葉を聞いて、そちらを振り返る。
すると、そこに立っていたのは、水色の学校指定の水着を着用して、青と黄色のシャツを身に纏った部長と、同じく水色の学校指定の水着を着用して、赤いアロハシャツに身を纏った池下さんが立っていた。
アリスは何処に行ったのかというと、池下さんに隠れていた。
アリスは学校指定のスクール水着を着用していた。そのままの姿だった。白い肌をしているからか、それが何だか目立っている。
「これで全員揃ったな!」
「あれ? 桜山先生は?」
「先生なら未だ着替えているはずだけれど……」
「お待たせ!」
そう言ってやって来た桜山先生は、白いセパレート型の水着を身に纏っていた。
ガイナ立ちをしていたけれど、それをする程の余裕があるとは全くもって思えなかった。
「……改めて、これで全員揃ったね」
「それじゃ、泳ぎましょうか」
ということで。
僕達は海水浴に勤しむことになるのであった。
※
海水浴をするというのは、要するに海で泳ぐということだ。それ以上でもそれ以下でもない。とどのつまりが、塩分濃度の高い水で泳ぐだけということ。それ以上でもそれ以下でもない。だとしても、僕が泳ぐということは間違ってもいなければ正しいことでもないと思っている。
要するに。
青春を繰り広げていく中で、一番のポイントとも言えることが、海水浴であるという乏しい知識しか持ち合わせていない人間にとって、正しい選択だと言えるのだ。間違っていないのかもしれない。正しいことであるのかもしれない。未来では、間違っていると思われてしまうのかもしれない。けれど、僕は今回これを選択した。エンドレスエイトでは、確か『やりたくてもやれなかったこと』について言及していた記憶がある。それを攻略することが出来れば、いつか結論が出てくるのではないか――なんてことを考えていたのだけれど。
海水浴はあっという間に終わり、夜のバーベキューに移った。
バーベキューなんて予定にあったか? なんて思ったけれど、部長がバーベキューの予約を入れてくれていたらしい。全くもっていつの間に、やってくれていたのだと思う。僕が適当に考えついたアイデアに、ここまで全力で乗っかってくれることについて、ほんとうに有難いと思う。ほんとうに嬉しいと思う。ほんとうに正しいと思う。間違っているなんてことは言いたくない。
肉の焼ける音を聞きながら、僕は海を眺める。天体観測はやっぱり今日も続けられており、勿論そのカメラはUFOの飛来する瑞浪基地にも向けられていた。瑞浪基地に何があるのか、なんてことは近所の人間にとってみれば、有名過ぎる事実なのだけれど、それは噂にしか過ぎない訳であって。なぜならば、わざわざTVのカメラでUFOを映し出したことがないからだ。当然と言えば当然と言えるだろう。瑞浪基地にとってみれば、UFOがある事実は隠したいに決まっている。瑞浪基地にとって、UFOという存在はタブーだという認識がある。だからこそ、瑞浪基地はUFOがないと言い張っている。言い張っているのだ――けれど、僕達は現に一回(部長達に至っては二回)UFOを観測している。
だからこそ――なのかもしれないけれど、僕達はもう一度UFOを見たいと思っている。もう一度UFOを観測したいと思っている。もう一度UFOを目撃したいと思っている。
けれど、それは出来ないことなのではないか、と思い始めている僕達も居る。
何せ夏休みの収穫はゼロだったのだ。ということはUFOが居ないと疑われても仕方がないレベル。唯一観測することが出来たあれ自体も『よく出来た玩具』なんて言われてしまえばそれまでだ。それ以上でもそれ以下でもない。
けれど、僕達はUFOを観測したという事実を忘れない。
ほんとうに、UFOを見たという事実を忘れない。
僕達は、UFOを撮影したという事実を忘れない。
だからこそ。
だからこそ。
だからこそ、だ。
問題は一つだけ残っている。
「……やっぱり、瑞浪基地ではもうUFOを飛ばさなくなったのかなあ?」
池下さんは、僕が思っていることを、代弁するかの如く言い放った。
そう。池下さんも、僕も、部長も、そしてきっとあずさもアリスも、思っているに違いなかった。
瑞浪基地にはもうUFOが飛来していないのではないか、ということについて。
それが僕達にとってもっとも重要な事実であった。
もしそうであるならば、宇宙研究部が存在している理由にならない。
もしそうであるならば、宇宙研究部は解散しなくてはならない。
僕達は、僕達としての繋がりを失ってしまうのだ。
僅か数ヶ月の出来事だったとはいえ、いろいろなことがあったと思うし、それを忘れたくないと思うのも当然の事実だと思う。きっとそれは青春の一ページであると同時に、僕達の価値観の一つとして位置づけられるのだろう。
そうでなければならない。
そうでなければいけないのだ。
僕と――宇宙研究部の繋がりは、それ程に希薄なものだったのかもしれない。
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