第26話 八月三十一日②
予想通りというか、案の定というか。
結局、朝目を覚ますと八月三十一日になっていた。
これで八月三十一日は三度目の経験ということになる。
「何が原因だったんだ? ……ええと、思い出せ。エンドレスエイトでは何をしていた?」
思い出されるのは、『涼宮ハルヒ』シリーズの短編、エンドレスエイト。
ライトノベルも手広くカバーしている僕にとって、涼宮ハルヒシリーズも読了済みだった訳だけれど、しかし意外とその内容についてはぱっと浮かんでこないものである。
では、どうすれば良いか。
「じゃあ、違う行動を取ってみよう」
例えば、部活動のみんなを海に誘ってみるとか。
※
「海?」
「どうですか? 花火も買ったりして、夏休み最後に遊ぶっていうのは。勿論、夕方以降になれば、星空も見られると思うのですけれど」
「……良いんじゃない、良いんじゃないですか、部長! 確かに急ごしらえな意見であることは間違いないですけれど、こう暑い部室にずっと籠もりっぱなしよりかは海に泳ぎに行くのも悪くないと思いますよ。どうですか? 部長」
「うーん、悪いとは言わないけれどなあ」
部長はどうも乗り気ではなさそうだった。
「でも、たまには撮影場所を変えてみるのも悪くないんじゃないか? 野並」
意外にも池下さんはやる気がありそうだった。
これは僕の意見に乗ってくれそうな予感……。
乗ってくれるなら、乗ってくれるだけ有難い気分であることは間違いない。
「うーん、それじゃ、海に行くことにしようか。場所は……鵠沼海水浴場でどうかな?」
「鵠沼?」
「うんうん。江ノ島の傍にある海水浴場だけれどね、近くて人もたくさん多いけれど、この時間から行くとなるとその辺りしか想像がつかないよ。……そういう訳で、桜山先生、良いですね? 今日は海水浴で」
「うんうん、全然問題ないよ! 寧ろ私にとっても有難いと思っていたぐらいだし!」
どうやらメイド服は想像以上に熱いようだ。
そんなことを考えながら、僕達は海水浴場に向かうべく準備を進める。
夏休み最終日。遊んでいる場合か、と言われるとはっきり言って違うけれど。
たまには違う行動を取ってみるのも、まあ、悪くはないだろう。
※
海水浴場は各自向かうことになった。
集合時間は今から一時間後の十二時。ちなみに、七里ヶ浜駅であずさと合流することになっている。
「急に海水浴をする、って……。えーと、あ、はい、これ! 学校用のパンツだけれど、これを履いて行きなさい」
「履いていくの?」
「その方が都合が良いでしょう?」
それもそうかもしれないけれど。
僕はパンツを持ったまま、自室へ戻っていく。
半袖のシャツに、半袖のズボン。いかにも今から「泳ぎに行きます」といった感じのスタイルに身に纏って、僕は階下へと降りていく。
「お小遣い、持った?」
「持ったよ」
「携帯は?」
「持った」
「じゃあ、問題ないね。行ってらっしゃい。……今晩、食事はどうする?」
「うーん、どうしようかな。食べるときは、連絡するよ。連絡がなかったら、用意しておいて」
「分かった」
そう言って、僕は家を出て行った。
※
七里ヶ浜駅には、あずさの姿があった。
白いワンピースを身に纏った彼女は、学生服を身に纏った彼女とは違う風貌を感じさせる。そもそも洋服が違うのだから、風貌が違うのも致し方ないのかもしれない。そもそもの話、そんな光景を目の当たりにすること自体が珍しかったのかもしれない。部活動のときだって、普段は学生服だった。だから私服を見ると言うことは珍しいということこの上ない。
「何よ、じっと見て。何か変な物でも付いている?」
「いや、そういう訳じゃないんだけれどさ。……私服のあずさを見るのが、珍しく感じちゃって」
「そりゃそうでしょうね。私も、私服のいっくんを見るのは初めてだし」
「……あれ? 初めてだっけ?」
「いいや、良く考えたら、違う気がする」
「初めてじゃなくて、二度目だっけ?」
「二度目だね。正確には。あの怪しい洋館に行ったときは私服だったもんね」
そういえばそうだった。
どうしてお互いに気づけなかったのだろうか。
気づこうとして、気づきたくなかったとして、気づけなかったとして。
それがどう動こうというのか。それがどう選ぼうというのか。それがどう有り得ようというのか。
僕には分からない。
「……いっくん、取り敢えず、出発しようか。刻一刻と時間は迫ってきている訳だし」
「……そうだね」
そう言って。
僕とあずさは一歩前に踏み出す。
一歩、前に。
ICカードの簡易改札機にSuicaをタッチして、直ぐにやって来た藤沢行き各駅停車(そもそも江ノ電には各駅停車以外の種別が存在しない訳だが)に乗り込む。
車内は夏休み最終日ということもあって混んでいた。座ることも出来ないので、取り敢えず僕達はドアの傍で立っていることにする。どうせ数駅だ。数駅立っているだけで着くんだから何の問題はない。
「ところで、鵠沼海水浴場ってどういうところなんだい?」
「新江ノ島水族館が近くにある、とっても広い海水浴場だよ。江ノ島駅からだと大分歩くけれど……、片瀬江ノ島駅からだったらそう距離はかからないかな。けれどまあ、私達に用意されている交通手段って江ノ電しかない訳だし。先輩達もきっと一本前か一本後かの電車で乗ってきているはずだよ」
「先輩もあの近辺に住んでいるのか?」
「うーん、詳しくは知らないけれど、七里ヶ浜の近くであることは間違いないんじゃないかな。だって中学校って越権入学が出来ない訳でしょう? だったら、そう遠くからやって来ることなんて出来ないんじゃないかな、って」
それもそうか。
だとすれば、僕達はそう遠くない距離に全員が集まっている、ということか。
だったら海水浴場に集合じゃなくて、七里ヶ浜駅に集合でも悪くなかったんじゃないだろうか。それはそれでどうかと思うけれど。もしかしたら何らかの問題が生じて海水浴場に直接集合するのがベストであるという選択にしたのかもしれない。まあ、詳しい話は海水浴場に到着してから聞くことにしよう。そうしよう。
「あ、江ノ島駅に着くよ」
あずさの言葉を聞いて、僕は我に返った。
江ノ島駅に到着して、改札口にSuicaをタッチする。そうして僕達は江ノ島駅から出る。出るとメインストリートは人でごった返していた。何というか、人の洪水を浴びている気分だ。人の洪水、という単語だけで気持ち悪くなってしまうのは、都会に慣れていないからかもしれない。
いずれにせよ。
僕達はこの洪水を掻い潜って、進まなくてはならない。
鵠沼海水浴場に、向かわなくてはならない。
「さ、行こう。いっくん」
あずさが手を差し出してきた。
「あずさ? え? どういうこと?」
「だって離れたら大変でしょう? いっくんはここに来てから未だ日が浅い訳だし。だったら、私についていかないと分からないでしょう? だから、こういう態度を取る訳。ドゥーユーアンダスタン?」
「オー、イエス」
……という訳で。
僕とあずさは、手を取り合って鵠沼海水浴場へと向かうのだった。
ただ、それだけの話だった。
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