第五章 八月三十一日

第25話 八月三十一日①

 八月三十一日。

 文字通り、夏休み最後の一日。

 その日まで、残り五時間というところまで迫ってきていた。


「終わらねえー! 夏休みの宿題が、全然終わらねえよー!」


 しかし、僕は、出来ることなら夏休みの延長を待望していたのだった。

 あと一日と五時間で終わる訳がない。このボリューム、一人で出来る訳がない。

 せめて宇宙研究部のみんなが手伝ってくれれば……なんて思ったけれど、そんなことは出来る訳がないだろう。

 あの連中が他人の勉強を手伝ってくれることなんて、一パーセントの確率もない。

 あの連中、なんて言ってみてはみるものの、数ヶ月はお世話になっているのだから、少しは言い方を変えてみてはどうだろうか、なんてことを思わせてしまうのだけれど、しかしながら、僕に取ってみては彼らはただの夏休み搾取ロボットでしかない。ゆっくり休めるはずの夏休みの殆どを、天体観測と旅行で費やされてしまっているのだから。


「一生、九月一日がやってこなければいいんだけれどな……。或いは、夏休みの宿題が瞬間に終われば良いんだけれど」


 そんな願いは、叶う訳がない。

 そう分かっていても、呟く事しか出来ない。


「……ああ、何というか、満たされない夏休みだったような……」


 そういえば今年は海も行けていない気がする。いや、謎の洋館には行ったけれど。


「来年こそは良い夏休みを迎えることが出来れば良いんだけれどな……」


 そんなことを思いながら、ベッドに横になる。

 もう結局、明日の自分に済ませてしまえば良い。

 そんなことを思いながら、僕は眠りに就いた。

 そう、そのときまでは。



   ※



「最終日も結局天体観測ですか……」

「何だい? 何か悪いことでもあるかい?」

「ないとは言わないですが……。何というか、ネタに飽きてきたというか……」

「ネタって何だよ、ネタって。そんなことはないよ。天体観測の時期は今がピークなんだからね。瑞浪基地からいつUFOが出なくなるかどうかも分かったものじゃない。そう考えれば、別に天体観測も悪いものじゃないだろ?」

「でも海にも行けなかった程のハードスケジュールだった訳だし……」

「それは海に行けないような計画を立てた君が悪い」

「そんな馬鹿な!」


 入部したときはそんなブラックな部活動だとは思いもしませんでしたよ!

 僕はそんなことを思いながら、天体観測の準備を進めるのだった。



   ※



 天体観測を終えて、夏休みの収穫を再確認。

 結局、夏休みはUFOの画像を撮影することは出来なかった。

 UFOなんてそう滅多に撮れるものじゃないから、仕方無いのかもしれないけれど、とはいえ、そのUFOを見つけることが出来るというのもこの宇宙研究部のモチベーションに繋がる訳であって、出来ることなら一度ぐらいは見つけておきたかった訳でもある。


「今日は最終日だし、みんなでファミレスでも行こうか?」


 桜山先生がそんなことを言ってきたので、僕達はそれに従うことにした。

 既に時刻は午後九時。夕食は今日は食べてくると言ってきたので特に問題はないはずだ。そう思って僕はそれに頷いた。


「そういえば皆さん、宿題は終わりました?」

「終わったよ」

「終わったよ、当然だろ?」

「終わりましたよ」

「…………終わった」


 全員が終わったとの報告。

 なんと終わっていないのは僕だけだった。


「そんな質問をするということは、いっくんは未だ終わっていないということ?」

「…………うん、未だ終わっていないんだ。帰ったら徹夜で終わらせないと……」

「徹夜はあまりしない方が良いよー。成長が止まるらしいしね」

「そうなんですけれど……。でも夏休みの宿題が終わらない方が未だ大変なので」

「そうなのよねえ……。四十日もあるぐらいだから、大量に宿題を押しつけてやろう、という思いも分からなくもないけれど。何せ私は宿題を押しつけた側の人間だし?」


 ああ、そういえばそうだった。

 確かに桜山先生は数学の先生で、どちらかといえば宿題を押しつける側の人間だったことを思い知らされた。

 それはそれとして。

 結局、僕は特に進展もなく、夏休み最後の天体観測(後夜祭含め)を終えることが出来たのだった。



   ※



 家に帰ると、急激な眠気に襲われた。

 エナジードリンクなどは購入してきていない。だから自力で目を覚まさなくてはならない。

 しかしながら、この眠気じゃいくら何でも作業効率が悪い。

 今の時刻は午後十時。家を出るのは午前八時。残された時刻はあと十時間。宿題の分量的にあと五時間はあれば終わることが出来るはず。


「それなら、あと五時間は寝てもいいはず……」


 そう思って、僕はベッドに崩れ落ちた。

 それが、失敗だったということに気づくまで、そう時間はかからなかった。



   ※



 次の日。目を覚ますと、九月一日……になるはずだった。

 時計を見ると、八月三十一日。

 ははあん、どうやら時計が壊れてしまったのかな?

 そんなことを思いながら、階下に降りていくと――。


「あら、今日は早いわね。どうかしたの?」

「だって、今日は始業式の日だろ? だったら早く出かけないと」

「……? 寝ぼけているんじゃないの? 今日は八月三十一日、夏休み最後の日じゃなくて?」

「…………え?」


 何を巫山戯ているんだ?

 今、母さんは何て言った?


「今、八月三十一日って言った?」

「言ったよ? それがどうかした?」

「いやいや、母さんこそ寝ぼけているでしょ。今日は九月一日――」

『八月三十一日、モーニングニュースのお時間です。皆さん、おはようございます』


 テレビからそんな言葉が聞こえてきて、僕の顔は青ざめた。


「どういうことだってばよ――――――――――――――!」


 僕は思わずテレビに向かって叫んでしまっていた。

 目を覚ませば、九月一日だったはず。

 だのに、起きたら、また八月三十一日。

 これって何? エンドレスエイト的な何か?

 だとしたら、僕のクラスにハルヒが居るのか? いいや、そんな奇抜な人間は見受けられなかったはずだ。

 だとしたら、いったいどうして?


「……疲れているんじゃない? 今日は部活動、休んだら?」

「う、ううん。大丈夫だよ。今日も部活動行ってくるよ」


 そう言って、僕は食べ終わった皿を片付けた。



   ※



 天体観測を終えて、夏休みの収穫を再確認。

 結局、夏休みはUFOの画像を撮影することは出来なかった。

 UFOなんてそう滅多に撮れるものじゃないから、仕方無いのかもしれないけれど、とはいえ、そのUFOを見つけることが出来るというのもこの宇宙研究部のモチベーションに繋がる訳であって、出来ることなら一度ぐらいは見つけておきたかった訳でもある。


「今日は最終日だし、みんなでファミレスでも行こうか?」


 桜山先生がそんなことを言ってきたので、僕達はそれに従うことにした。

 既に時刻は午後九時。夕食は今日は食べてくると言ってきたので特に問題はないはずだ。そう思って僕はそれに頷いた。


「そういえば皆さん、夏休みの宿題は終わりました?」

「夏休みの宿題? そんなもの終わったよ」

「僕も終わったよ、当然だろ?」

「私も終わりましたよ」

「…………私も、終わった」


 全員が終わったとの報告。

 なんと終わっていないのは僕だけだった。


「そんな質問をするということは、いっくんは未だ終わっていないということ?」

「うん、未だ終わっていないんだ。帰ったら徹夜で終わらせないといけないね……」

「徹夜はあまりしない方が良いよー。成長が止まるらしいしね」

「そうなんですけれど……。でも夏休みの宿題が終わらない方が未だ大変なので」

「そうなのよねえ……。四十日もあるぐらいだから、大量に宿題を押しつけてやろう、という思いも分からなくもないけれど。何せ私は宿題を押しつけた側の人間だし?」


 ああ、そういえばそうだった。

 確かに桜山先生は数学の先生で、どちらかといえば宿題を押しつける側の人間だったことを思い知らされた。

 それはそれとして。

 結局、僕は特に進展もなく、夏休み最後の天体観測(後夜祭含め)を終えることが出来たのだった。



  ※



 帰ったら、再び強烈な眠気に襲われた。

 そういえば昨日はこれで眠ってしまって八月三十一日に引き戻されたんだった……!

 だったら、この眠気に逆行すればいいんじゃないか?

 答えは見えてこないけれど、やってみる価値はある。

 そう思って僕は机に向かって、宿題の続きをやり始める。

 ……駄目だ。計算問題は眠気に通用しない。寧ろ眠気を促進する作用があるように見受けられる。

 ……そして、気づけば僕はそのまま机に突っ伏して眠ってしまっていた。


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