第21話 殺人鬼、御園芽衣子②



 ――お前、最低だな。



 いや、どういうことだ。全然理解できない。いきなり現れたその少女に切りつけられそうになった挙げ句、得られた言葉が「お前、最低だな」だって? いったい全体、僕が何をしたらそのような言葉に辿り着くのか気になる。興味が湧く。気にならない訳がない。

 彼女は僕をじっと見つめたまま、ただひたすらにこちらに殺気を送っている。


「……ねえ、どういうこと?」

「どういうこと、とは?」

「最低だな、と言った意味だよ。全てを教えてくれ、とまでは言わない。だが、どうして『最低だな』と言ったのか、それを教えてくれればそれだけで構わない」

「……回りくどい言い方だな。それは嫌いじゃない」


 嫌いじゃないと言って貰えて、先ずは一安心。

 いやいや、そういう場合じゃない。

 そういう問題じゃない、と言ってしまいたいところだが、それをそうだと理解してくれるかどうかはまた別の話。僕が僕たりえる由縁であり、彼女が彼女たりえる由縁なのかもしれない。


「……何を考えているのか分からないけれど、お前が最低であることには変わりねえよ」

「どういうことだよ? 意味が分からねえよ」


 ちょっと言葉を崩して言ってみることにした。

 けれど、それでも変わることはなくて。


「ほんとうならお前はさっきの一撃でやられるはずだった。今までの人間はみんなそうだった。けれど、お前は違う。お前はまるで『未来が見えていたかのように』攻撃を避けた。なぜだ? なぜ攻撃を避けることが出来た?」

「それは……」


 分からないけれど。

 たぶん。


「僕と君が……似ているからじゃないかな」

「似ている?」

「僕と君は、空っぽな人間なんだと思うよ」


 僕と君は、空っぽ。

 僕と君は、がらんどう。

 僕と君は、空っぽ同士だから、繋がっている。


「だから、分かるっていうのかよ? 空っぽな人間同士だから、空っぽな気持ちが分かるって?」

「そうだと思うよ。それがどうかは分からないけれど」

「はっ! 馬鹿馬鹿しい。はっきり言って、阿呆らしいことだよ。お前みたいな人間と一緒なんて反吐が出る」

「その言い回し、止めた方が良いよ。女の子らしくない」

「今更、俺が女の子ぶっていったところで、何も変わりやしねえよ!」


 絶叫していた。

 嬌笑していた。

 ちょっとだけ、その笑顔に色っぽさを感じさせてきた。

 何というか、それはわざとじゃないのかもしれないけれど。

 何というか、それは偶然じゃないのかもしれないけれど。

 いずれにせよ、僕がどう生きていくかなんて、君に決められるもんじゃない。

 同時に、それは君も同じだ。君の価値観なんて僕なんかに決めて貰う必要もないんだ。

 自由だ。

 自由だ。

 自由だ。

 僕と、君も。

 いいや、それ以外の人間も。


「……さっきからその目線を止めろよ!」


 彼女が言ったその言葉で、僕は彼女に不快感を示させているのだと気づかされる。


「気づいているのか気づいていないのか分からねえけれどよ、お前の顔を見ていると何というかムカムカするんだよ! 分かるか、だから」

「だから、殺すって?」

「そうだよ! だから、お前は殺す! そう決めたんだ!」

「殺せなかったのに?」

「巫山戯るな! 殺せない訳がない。俺のことを、知っているだろう?」


 知っている。

 君は、連続殺人鬼だ。

 この周辺を賑わせている、巷の人物だ。

 それぐらい理解している。

 それぐらい分かっている。

 それぐらい承知している。

 けれど。

 けれど。

 けれど、だ。

 君にそれを言われる筋合いは――何一つとして存在しないんだ。

 


   ※



「……感情なんて、無駄なんだよ」


 気づけば、彼女は語りかけていた。

 気づけば、彼女は笑っていた。


「けれど、何でだろうな。お前と話していると、忘れていた感情がぽろぽろと零れてきたような感じがしてさ」

「それって、仲間に会えたから?」

「そうなのかな……。分かんねえや、分かんねえよ。けれど、今の状況を見られちまったら、反論の余地はないのかもしれないけれどな」

「だろうね」

「だろうね、って。そう冷たくあしらうのも、何というか、俺にとっては心地よい」


 マゾってことか。


「馬鹿にしているのかぶっ殺すぞ」

「すいません何も言っていません」


 というか言っていないはずなんだけれどな。

 もしかして僕がそう思っているだけで、口には出ているのかもしれない。

 だとすれば、納得出来るし、説明も付く。理由も分かるし、解明も出来る。

 だとしても、僕はやっぱり。

 人間らしくありたいと思うし、殺人鬼みたいな人種と一緒にされちゃ困るって思いが強まる。


「俺みたいな人種と一緒にされちゃ困る、みたいな顔してんな。……ま、当然かもしれねえけれどよ。でも、俺から見ればお前みたいな人間が一番殺人鬼にはぴったりな気がするけれどね」

「そんなこと言われるの初めてだ……」

「だろうね」

「でも、実際、僕がどう生きようったって、僕の勝手だろ? 君に決められる筋合いなんてない」

「それもそうだけれど……、でもお前みたいな人間が長生きするとは思えない。いつか、壁にぶち当たるときがやってくるだろうね」

「そのときはそのときさ」


 僕は、我慢強さだけは日本一って自信があるんだ。

 というか、こないだは全員に騙されるという危機的な状況に陥ったことがあるけれど。


「そのときはそのとき、ね……。何というか、ますます俺と似通った性格をしてんな」

「そりゃどうも」


 殺人鬼に褒められるとは思ってもみなかったな。

 そもそも、殺人鬼に遭遇してここまで時間を稼いだ人間自体初めてじゃないか?


「……やめよ、やめやめ。やっぱりお前を殺してもつまらない。普通に殺してもつまらないもの。そもそも、俺の目的ってそうじゃないし」

「え? どういうこと?」

「言わずとも分かるでしょう? 俺の目的はお前を殺すことじゃないし。殺すことは目的に出来るかも知れないけれど、お前をここで殺してもつまらない。俺、つまらない殺戮はしない主義だからさ」


 つまらない殺戮って何だよ。

 面白い殺戮が何処にあるというんだよ。

 そもそも殺戮自体止めて貰いたいことだけれど、出来ないんだろうな。殺人鬼って。DNAに殺人の遺伝子でも組み込まれているんだろうか? 僕は良く分からないけれど。


「そういう訳で、俺は退散するわ。お前もせいぜい殺されないようにしろよ、少年」

「少年じゃない。僕にも名前がある」


 そう言って、僕は名前を告げる。

 それを聞いた彼女は、ニヒルな笑みを浮かべたまま、僕の顔を見つめる。


「お前、変わった名前だな。何というか、見当も付かない名前というか。ニックネームを付けるとするなら、いっくんとかいっちゃんとかその辺りか?」


 何が言いたいんだ。

 それと、その予測は正解だ。


「へえ。いっくんって呼ぶことにしようか、いっくん。それじゃ、俺の名前教えてやるよ。俺の名前はな、御園芽衣子っていうんだ。せいぜい死ぬまでに覚えておいてくれよ、いっくん」


 そう言って。

 バイバイとでも言うように右手を振って。

 彼女は来た方角へと帰っていった。

 僕はぽかんとした表情を浮かべたまま、そのまま夜の公園に立ち尽くしてしまうのだった。


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