第22話 殺人鬼、御園芽衣子③
次の日。朝食を取っているとニュース番組でこんな情報が流れてきた。
『昨夜未明、鎌倉市七里ヶ浜××にて殺人事件が発生しました。死体は前日未明に殺されたものとみられています。警察は対策本部を建てていると共に、此度の事件は連続殺人鬼による殺人であると思われます』
「怖いわねえ……。しかもこの辺りじゃないの。いっちゃんも気をつけてね」
そう言って、ささくさとご飯を食べ終わるとキッチンに皿を運んでいく。
僕も残っていたパンとココアを飲み干すと、そのままキッチンに食べ終えた皿を持っていった。
※
登校中。僕はずっと昨日のことを考えていた。昨日のことは何のことだ、って? そんんなこと言わずとも分かるはずだ。昨日出会った殺人鬼――御園芽衣子のことだった。御園芽衣子、名前だけ聞けば何処かのお嬢様のような名前のように聞こえるけれど、それは全くのデタラメ。中身を見てみると、猟奇殺人を繰り返す殺人鬼であるということだ。
そんな彼女に出会って、僕は殺されていないのだ。
一度も、と言ってしまうとまた出会ってしまうのかもしれないし。
「……いっくん、おはよっ!」
そう言ってきたのはあずさだった。
あずさは僕の肩をぱんと叩くと、そのまま僕の右隣に歩き始めた。
「どうしたの? あずさ」
「いっくんこそ、体調が悪そうだけれど、大丈夫? あ。もしかして、天体観測でUFOが見つからないから困っているんでしょ? 私もそうなんだよー。何で、見つからないのかなあ。少しはUFO側も配慮して欲しいって思うけれどね!」
UFO側の配慮って何だよ。
僕はそう突っ込もうとしたが、それ以上は敢えて言わないことにした。
「……今日も天体観測かな?」
「そうだと思うよ。そういえば、登校日はいつだったかな?」
「登校日?」
「私達の学校は夏休み中も、登校日があるんだよ。授業の日数の都合とか言っているけれど、何処までほんとうかどうか分からないけれどね! ……うーんと、今日は何日だっけ?」
「今日は十四日だな」
「それじゃ、明後日だね。毎年八月十六日は登校日なんだよ。その日だけね。四十日間ずっと夏休みじゃ、生徒もだれると思ったんじゃないかな? 私としてはそんなことは有り得ないから、出来ることならなくして欲しい行事の一つなんだけれどね」
でもそれは無くすことが出来なさそうだな。
そんなことを思いながら、僕達は学校に進む坂を歩いていく。
並んで二人で、歩いていく。
※
天体観測が出来る時間までは、各自自由。
そう言われてしまえば、僕達には一言言葉が残ってしまう。
――だったら、夕方に集合で良いのでは? と。
でもそうしないときっと警察に引っかかるんだろうな。そもそも警察の捜査が及んでいる地域だというのに、夜になっても学校に居ることが出来る時点で間違っている気がする訳なのだけれど。
「何か、気になる?」
きっと理由はこのメイド服大好き給仕大好きな変態先生が居るからだ。きっとそうだ。そうに違いなかった。
※
ちょっとコンビニに用事があった。
と言っても、夏休みは購買が休みなため、どうしてもコンビニに行かないと買い物が出来ない訳であって。
「あ、じゃ、いっくん、アイスココア買ってきて。後でお金は払うからさ」
……そういう訳で、買い物を頼まれてしまった。
いつかの何処かで、僕も頼んだのでこれでおあいこになる訳だけれど。
そんなことを思っていたら、コンビニの目の前にあるガードレールに一人の少女が腰掛けていた。
「あ、いっくん、やっほ」
見覚えのある人物だとは思っていたけれど。
「――御園、芽衣子」
まさかこうも早く再会するとは思いもしなかった。
「昨日、殺人事件があったんだけれど」
買い物を終えたら、未だ御園は残っていた。
御園の隣に腰掛けて、僕はお茶を飲みながら話を始める。
思春期の男女がするには、あまりにも血なまぐさい話になる訳だけれど。
「ああ、確かにあったね。新聞で見たよ」
新聞を見るのか。
「……一応言っておくけれど、殺人鬼にまともな家なんてないからね。簡単に言えば、コンビニにある新聞を流し見した程度ってこと」
「ああ、そういうことか」
それなら納得。
ってか、買えよ。
「で? その殺人事件がどうしたの?」
ぶうん、と車が通過する。
「……君が殺したんじゃないか、って僕は思っているんだ」
「あはは。俺が殺した、って? そりゃ、流石に冤罪だね。冤罪にも程がある」
予想外の台詞だった。
寧ろ「俺が殺した」ぐらい言ってくるかと思ったからだ。
しかし――冤罪、とはどういうことだ?
「冤罪ってどういうことだ?」
だから、僕はそのまま問いかけた。
気になったから。
疑問が生じたから。
気になってしまったから。
「……要するに、俺が殺した訳じゃないってこと。ただの冤罪だよ。マスコミや警察にとってみれば、殺人鬼による連続殺人事件とした方がエンタメ性に富んで良いのかもしれないけれどね。こちらからしてみれば商売あがったりだよ」
商売って何だよ。殺しの依頼か?
「そうだよ。よく分かったね、流石のいっくんだ。愛しのいっくんだ」
愛しとか言うな、愛しとか。
「とにかく、俺は殺しちゃいねえよ」
オレンジジュースの缶を最後まで飲み干して、それを缶のゴミ箱に投げ捨てる。
見事シュートが決まった缶は、そのままゴミ箱に入っていった。
「……というか、冤罪ということは、犯人が別に居るってことだよね?」
「うん? その通りだよ。当たり前じゃないか。だったら誰が殺したんだ、って話になるだろ」
「そりゃそうだけれどさ……」
「とにかく! 俺は殺しちゃいないよ。冤罪だ。寧ろその犯人を探してとっちめたいぐらいだ」
「とっちめるってどうするんだ?」
「殺すまではいかないかな。半殺し程度に済ましといてやるよ」
それって、どうなんだ?
僕はさらにお茶をぐいっと一飲みする。
「ま、要するに、俺をむやみやたらに疑うんじゃねえよ、って話だ」
そう言って、御園は立ち上がる。すたすたと歩いて何処かへと消えていきそうな感じだったので、声をかけた。
「何処へ行くんだっ」
「べっつにー。特に用事も見当たらないし、この辺をぶらぶら彷徨くだけだよ。人殺しの予定もあるけれど、それは夜にならないと出来ないしね。でもまあ、あんまり彷徨くと、犯人に疑われかねないがね」
そりゃ、殺人鬼だもんな、お前。
そんなことを思いながら、僕達は別れるのだった。
……あ。
そういえば、頼まれていたアイスココアがすっかり温くなってしまっていることに気づくまで、そう時間はかからなかった。
※
「温い」
想像通り、アイスココアを飲んだあずさは開口一番僕にそう文句を垂れた。
「ゴメン……。コンビニに行ったら、ちょっと会話が弾んじゃって」
「誰と?」
「えと……、コンビニの店員と」
嘘を吐くしかなかった。
流石に殺人鬼と一緒に居ました、なんて言える訳がなかった。
「そういう訳で、今回の飲み物はいっくんの奢りね」
「えー?」
「だって温くなっちゃったんだし。私が頼んだのアイスココアだよ? どうして温いココアが届いちゃう訳? それだけでおかしい話だとは思わない?」
疑問符の連発に僕は戸惑う。
というか、仕方ないんだ。許してくれ。
……百五十円の飲み物で延々とちまちまと文句を垂れていても、それはそれでどうかと思ったので、僕はそれを受け入れることにした。
僕は、その奢りという条件を受け入れることにするのだった。
※
天体観測は空振りだった。
こう毎日続けても何も成果が得られないなら、十六日の登校日だけの部活動だけで良いんじゃないか、なんてことを思ってしまうレベルだ。部活動といっても、県大会とか地区予選とかある部活動は毎日部活動をやっている。けれど、僕達宇宙研究部にはそんな県大会だとか地区予選だとかある訳がない。そもそも他の中学校に宇宙研究部があるのか分からない。となると、やっぱり僕達にとってみればモチベーションの減退に繋がる訳であって……。
「仕方がないから今日は終わりにしよう。明日もやるからそのつもりでね」
嘘だろ。休みなしかよ。
毎日弁当を作って貰っている親の気持ちにもなって貰いたいものだ。
そんなことを思いながら、僕達は解散することになった。
僕達は、帰宅することになるのだった。
※
その日の夜。というか帰り道。
あずさは部長達と残って片付けをすると言っており、僕は一人で帰ることに相成った。
僕も残って片付けをすると言ったのだが、あんまり残ると私的に困るのよね? と桜山先生が言ってきたから仕方がないことだった。というか、だったらさっさと一年生を帰すか先生の車で帰して欲しいものだ。それが叶わないのは残念ではあるけれど(過去に一度言ってみたら、先生は自転車で出勤しているから駄目です! と言われてしまった)。
いつもの公園に、アリスが立っていた。
「アリス? どうしてこんなところに……」
確かアリスも帰って良いという指示を受けていたはずだった。だから今は一緒に家に向かっていたはずだったのだが――。
「おーい、アリス。何しているんだ?」
僕の言葉に、一瞬そちらを振り向いたアリス。しかし直ぐに元の方角に向き直して、また歩き始めていった。
「おーい、おーいってば!」
僕はアリスに走って追いついた。
「…………何?」
「一人で歩くなんて危ないよ。親とか呼んだら? それとも僕が家まで送ってやろうか?」
「…………良い、別に」
ぷい、と向いてそのまま歩いて行った。
「でも危ないぜ。最近は連続殺人鬼とか出てきているし……」
でもそれは殺人鬼本人から否定されてしまったけれど。
「…………大丈夫、問題ない」
それ、死亡フラグって知っているか?
言おうと思ったけれど、それ以上は言わなかった。
あまり押し通すのもどうかと思ったので、僕はそのままアリスを見送ることにした。
アリスが角を曲がって見えなくなるまで、僕は彼女を見送ることしか出来ないのだった。
ああ、きっと部長とかに言ったら意気地なしなどと答えるのだろうな。
そんなことを思いながら、僕もまた家に向かって歩き出すのだった。
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