第四章 殺人鬼、御園芽衣子

第20話 殺人鬼、御園芽衣子①

 殺人鬼。

 文字通り、人を殺す鬼。

 そういう人間の価値観など、どのように分かるのだろうか。

 いいや、分かるはずがない。

 一般市民の価値観と、殺人鬼の価値観はそれぞれ違うものだから。

 それだけではなく、一般市民だけでも一人一人価値観が違うというのに、特殊な人間の中でも価値観が違わないという証拠が何処にあるのだろうか。

 ないと言えば嘘になる。あると言っても嘘になる。

 答えは誰にも分からない。

 きっと出会ったところで、分かり合えるはずがない。

 きっと出会ったところで、思い合えるはずがない。

 きっと出会ったところで、理解し合えるはずがない。

 それが当然であり、それが十全であり、それが当たり前だった。

 だけれど、出会うまでは気づかなかった。

 殺人鬼も僕達も――結局ただの人間だっていうことに。



   ※



「殺人鬼が出る?」


 八月中旬。

 桜山さんと天体観測の準備をしていると、そんな話を聞くのだった。


「そうそう。何でも、この江ノ島周辺を狙っている、殺人鬼が居るらしいんだよ。……結構残虐な手段で殺すらしいんだよ? しかも狙っているのは、男女問わず! 年齢も問わず! バイトならなんて好待遇だって思うけれど、残念ながらバイトではないからね……」


 バイト感覚で殺人鬼のことを語るのもどうかと思いますが。

 僕はそう思ったけれど、それ以上は言わないことにしておいた。


「それにしても、今日は部長や池下さんが手伝ってはくれないんですね……!」

「二年生はそろそろ進路を考える時期だからねえ。……未だ早い方だとは思うけれど」

「早い方なんですか?」

「高校ならまだしも、中学だったら三年生になってからでも決められるしね。……大方、進学校に進むのかもしれないけれどね。彼らの実力ならそれも充分に可能な実力さ」

「そうなんですね……。でも、実際問題、夏休みの宿題も未だ終わっていないような状況なのに、僕達部活動ばかり続けていて良いんでしょうか……」

「八月中旬でしょう? なら未だ間に合うわよ」


 先生が言って良い台詞か? それ。


「ま、とにかく準備を進めておきましょう。今日も彼らは来るって言っているんでしょう? だったら何の問題もないわよ。慌てる心配もなし。だったらいつも通りの部活動を送ってあげましょう。それが一番彼らにとってベストな選択になり得るのだから」

「そんなものでしょうか……」

「そんなものよ」


 そう言って、僕と桜山さん(本来ならば、桜山先生と呼ぶべきところではあるのだけれど、何だろう、この前の『事件』があったからか、先生と呼ぶのはちょっと固い考えに至ってしまう節がある)は天体観測の準備へと取りかかるのだった。



   ※



 天体観測は空振りに終わった。

 いつも通り片付けを終えると時刻は午後八時。夕食として用意しておいた弁当はすっかり食べきっていたが、未だ若干お腹が空いていた。だからファミレスで談笑しながら、軽く食事を取っていたのだった。


「そういえば、最近、殺人鬼が出るらしいのだが……」

「ああ。それ、聞いたことあります。何でも江ノ島を中心に何人も人を殺しているんだとか」


 少なくとも食事中にする会話ではない。

 そんなことは百も承知だった。


「……具体的にはどういうやり方で人を殺すんだろうな?」

「うわ、それ話広げる必要あります?」


 ハンバーグを切りながら呟くあずさ。


「あるかないかと言われたら、ないのかもしれないけれど。だが、興味はあるだろ?」

「確かに興味はありますけれど……。でも、今の報道体制じゃ、まともな報道はされやしませんよ? 何せプライバシーの保護だとか、苦情への配慮だとか、そういう理由で」

「だろうなあ。今はちょっとグロい画像を載せただけで苦情が来るレベルなんだから、それについては致し方ないと言えばそれまでなのかもしれない。でも、やっぱり気になるものは気になるものだぜ? いったい全体、どういう風に殺されたのか、って」

「かなり昔だけれど、そういうのを参考にして殺人事件が起きたって言われているから、その配慮もあるんじゃないですか?」

「そりゃいつの話だ?」

「分かりませんけれど……」

「ほれ見たことか。分からないと来た。だったら分からないなら分からないなりに話を聞いていれば良いんだよ。変な風に話を盛り上げようとしなくたって良い。今やるべきことは何だ? 挙げてみろ」

「天体観測をして、序でにUFOを見つけること、ですよね」

「そうだ。だが、その殺人鬼にも興味が湧いた」

「まさか殺人鬼と邂逅しようとでも言うんじゃないでしょうね!? 駄目よ、絶対に駄目!! 貴方達普通の人間とは絶対に違う頭の仕組みをしているんだから、会話が通用するかどうかも分かったものじゃないし、それに、そうだからこそ何人もの人間が死んでいる! だったら、貴方達に会わせる理由がある訳がないじゃない!」

「まあまあ、桜山さん。そこで大声を出しても困るものがあるぜ?」

「大声を出したくなる気持ちも分かってください! こちとら学校に居る間は、貴方達の保護者として活動しなくちゃいけないんですよ!」


 まあ、桜山さんが慌てているのも致し方ないことか。

 出来ることなら危険には巡り合わせたくないだろうし。

 そんなことを考えていると、ハンバーグはすっかり腹の中に収まってしまった。


「うう、お腹いっぱい」


 言い終わったのは、アリスだった。

 アリスがそういう感情を示すのは珍しい。

 そんなことを思いながら、僕はドリンクバーから注いだオレンジジュースを飲み干した。



   ※



 そして、帰り道。

 僕はいつも通り、家に向かって歩いていた。

 普段ならばあずさも居るはずだった訳だが、しかしながら今回は僕一人で帰ることになった訳である。ちなみに、理由というものはこれといってなく、ただ単純に彼女が早退してしまったためである。

 だから、僕は今日一人で帰っている次第である。

 それだけだった。

 それだけのことだった。


「……待ちなよ、そこの少年」


 夜にもなれば、明かりは配電柱の明かりと、家の明かりだけになっている。

 だから、誰が居るのかは分かっていても、どういう人物が居るのかは定かではなかった。

 そういう中での、出来事。

 声のトーンからして、女性だろうか。彼女は、僕の遠く、ずっと前に立っていた。

 ちょうど公園を抜けようとしていたところだったため、周囲十五メートルには何もなく、犬の鳴き声が聞こえる程度のことであった。


「ここを通り抜けようったって、そうはいかねえぜ」

「……いや、元からここを塞ぐ権利は誰にもないはずだけれど」


 塞ぐ権利は誰にもない。

 それはその通りだし、間違っちゃいない台詞だった。

 けれど、仰々しく言うつもりでもない。

 先に動いたのは相手だった。

 音がひずみ、世界が歪む。

 全く、寸分の狂いもなく、瞬発的に攻撃をしてくる。その動きには全く無駄がなかった。その動きには寸分の狂いもなかった。その動きには全くデタラメというものがなかった。

 いずれにせよ、僕が見た限りでは、それは常人にはコントロール出来ないような何かがある、と思わせてしまう程だった。

 にも関わらず、だ。

 僕はそれを、目の当たりにしても、なお。

 僕はそれを避けた。

 避けなければ、僕がやられていた。

 避けなければ、僕が死んでいた。

 刺している場所は紛れもなく、僕の心臓だった。

 避けきった僕を見た『彼女』は、ただただ溜息を一つ吐いていた。


「……お前、最低だな」


 と呟いた。

 

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