第17話 孤島の名探偵⑤
「…………という訳で、最後はアリスな訳だけれど」
「…………そう」
「アリバイを教えて欲しいんだけれど」
「…………アリバイ?」
「アリバイ。いわゆる、存在証明という。何処で何をしていたか、ってことを教えて欲しい訳なんだけれど」
「…………だったら、蔵書室に居たけれど」
「蔵書室か。だったら金山さんも居たんじゃないか?」
「…………居たかもしれない」
しれない、って。
「ずっと本を読んでいた、ってらしいけれど」
「…………うん」
「何を読んでいたんだい?」
「…………『方法序説』」
デカルトのかよ。
何でそんなもの置かれているんだ。
別荘の持ち主の趣味なんだろうか。
「……他には、どんな本を読んでいたんだ?」
「…………何で、私の読書に興味を持っているの? アリバイとかどうこう言っているのはどうなったの?」
「アリバイのことはとにかく一回棚に上げることにしよう。今は、どんな本を読んでいたのかということについて興味が湧いているんでね」
「…………『ドグラ・マグラ』」
それ、日本探偵小説三大奇書の一つだよな?
「あと『黒死舘殺人事件』」
それを二冊も!?
「『虚無への供物』も読もうと思ったんだけれど、時間がなかった」
なんてこった、三冊全部揃っていやがったのか!
それにしてもますますこの別荘の持ち主の趣味が分からない。部長の親戚とか言っていたけれど……どういう人間なんだろう?
いやいや、今はそういう問題じゃない。
アリバイについて、確認せねば。
「……アリバイについて話を戻そうか。結局、君は本を読んでいた。それで悲鳴を聞いてあの場所に向かった。それで相違ないかい?」
こくり、と頷くアリス。
だったら答えは見えてくる。
信じたくないけれど、信じるしかない。
何せ――今アリバイが証明出来ないのはただ一人、あずさだけだった。
※
「……ありがとうございました、皆さん。おかげでアリバイを確認することが出来ました」
「それで、分かったのかね、犯人は」
部長は急かすように、僕に問いかける。
「まあまあ、結論は待ってください。先ずは僕が話をしてから、ということで」
「ふむぅ」
「先ず、あずさは自分の部屋に居た、と証言しました。しかし、誰とも一緒に居なかったため、証言は無効になります。何せ証人が居ませんから」
「そんな……」
「続いて、部長ですが、池下さんと一緒にカメラ談義をしていた、と言っていました。池下さんも言っていたのでお互いがお互いに証人になります」
「成程」
「そして金山さんですが、アリスと一緒に蔵書室に居たと言っていました。そして、アリスも同じように言っていました。なのでこちらもお互いがお互いに証人になります」
「では……残されたのは」
「そして最後に、この僕」
自分を指さして、さらに話を続ける僕。
「僕もまた自分の部屋で眠っていました。悲鳴を聞いて起き上がって食堂に向かったので、こちらも証人は居ません」
いくら探偵役とはいえ、アリバイを明白にしておかねばならない。
これは推理物のセオリーだ。
「ならば、証人が居ないのは伏見くんといっくんということになるのか……?」
「そうなります。ですが、僕はやっていない。しかしながら、そう証明出来る証拠がない。続いて、あずさについても証明出来る証拠がない」
「確かに」
「そこで提案なのですが、僕の部屋に僕とあずさを閉じ込めて、残りの全員が部屋の外に出ないように監視するのはどうでしょうか?」
「……いやよ、私は。一緒の部屋に居るなんて。別々の部屋に行くなら良いけれど」
「だったら部屋を交換しませんか? 部長の部屋に僕を、池下さんの部屋にあずさを。ちょうどこのように」
持っていたノートに、すらすらと書き連ねていく。
僕 あずさ 金山さん 池下さん アリス 部長 階段
「これなら、監視出来るのではありませんか?」
僕の言葉に、全員はゆっくりと頷いた。
こうして。
僕とあずさを監視するシステムが構築されていくのだった。
※
その日の夕食は、備蓄食料を使って調理された。
というか正確には昼食からそうだったのだけれど、料理が出来る金山さんとアリスが(アリス、料理が出来るのが意外である)料理をしてくれた。缶詰主体の料理だったが、案外楽しめるものだった。
しかし、会話はゼロだった。
当然と言えば当然だろう。殺人犯がこの中に隠れていると分かっていれば、会話が弾む訳もない。
会話はゼロのまま食事は終わり、そのまま部屋に戻っていった。
部屋に入ると、寝るしかなかった。
けれど、寝付けなかったから、何とか頼んで入れて貰った『ハーモニー』を読み進めることにした。
途中まで読み進めた辺りで、漸く眠気がやって来た。
ああ、やっと眠ることが出来る。
そう思って、僕は眠りに就いた。
出来ることなら、明日は何も起きませんように。
※
しかし、僕のそんな願いは、無残にも打ち砕かれることになるのだった。
「うわああああああっ!!」
部長の叫び声を聞いて、僕は部屋を出る。
見ると、部長があずさの部屋の前でひっくり返っている。
「どうしたんですか、部長!」
「ふっ……、ふっ……、ふっ……、伏見……さんが……!」
部屋の中を見ると、あずさが部屋の中で血の海の中に倒れていた。
背中にナイフを突き刺された状態になっている彼女は、もはや血の気がないように見受けられた。
そして、同時に。
それが連続殺人事件であることを象徴付けられてしまうのだった。
※
「まさか、あずささんまでも死んでしまうなんて……」
食堂。
集められたメンバーを見て、僕は深々と溜息を吐く。
溜息を吐くのも致し方ない、と言ったところであろう。今や全員は意気消沈としている様子だ。しかもその被害者が犯人と疑われていたうちの一人であり、さらにそのうちのもう一人は完全に監視下にあったということで、殺人が不可能ということが立証されてしまっているのだから。
「……また、アリバイを確認させてください。良いですか?」
僕の言葉に、全員は頷くことしか出来なかった。
頷くことばかりしか、出来ないのだった。
※
部長は落ち込んだ様子で僕の受け答えに応じていた。
「部長。今は落ち込んでいる場合じゃありません。アリバイについて、そして彼女の死体を見つけたときの様子について教えて貰えないでしょうか?」
「……夜は、ずっと蔵書室に居た。自分の監視時間が午前六時以降だったからだ」
「それより前に監視していたのは?」
「池下だ」
「蔵書室には他に誰か居ましたか?」
「高畑と……金山も居たはずだ。会話もした。だからそこに居たのは間違いない」
「そうですか。ということは、その時間犯行が可能だった人間は、自ずと一人に絞られますね」
「待て、待ってくれ! 何かの間違いだ! 池下が……あいつが、そんなことをするとは考え難い! きっと、きっと何かの間違いなんだ!」
「それは池下さんに直接聞いてみることにします。ですから、貴方はもう話を聞くことはないでしょう。ありがとうございました。お帰りください」
「待て、待ってくれ、待ってくれよお!!」
部長の叫びも、僕には届かない。
今は、犯人候補である池下さんとの会話に臨まなくてはならない。
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