第16話 孤島の名探偵④

 最初に疑うべしは、第一発見者。

 それが推理物のセオリーとなっている。


「金山さん、先ずは貴方から話を聞かせてください。貴方が見つけた時の状態と、今の状態は一致していますか?」

「あ、ああ。一致している。背中からナイフを突き立てられている状態だ。そして辺りは既に血の海だった。……それ以上でも、それ以下でもない」


 もしその証言が嘘ならば、全てが否定されることとなる。


「嘘ではありませんね?」

「嘘を吐くつもりはない」


 ならば、それに従おうと思った。

 ならば、それが正しいと誓った。

 ならば、それが有り得ると願った。


「ならば、それが正しいのでしょうね」


 僕は言った。

 いわば、名探偵シャーロックホームズの如く。

 いわば、名探偵エルキュールポアロの如く。

 いわば、名探偵明智小五郎の如く。

 それが明晰な回答かどうかは分からない。

 それが正確な回答かどうかは分からない。

 それが確立した回答かどうかは分からない。

 けれども。

 僕の中では、それが正しいと思っていた。

 ならば、それが正しいと認識しているのだというのであれば。

 それが、正しいと思わせているのであれば。


「僕は、信じますよ。貴方の言葉を」

「……そう言って貰えると、大変助かる」


 金山さんはほっとした表情を浮かべて、僕に感謝の気持ちを伝える。

 しかしながら、唯一の手がかりを失った気分だ。

 第一発見者が疑うべき存在でなくなったというのであれば、全員のアリバイを聞かなくてはならない。

 僕を含む、全員の。



   ※



 僕の部屋。

 そこが簡易の取調室となった。


「先ずは、貴方のアリバイを聞かせて貰えますか?」

「……僕のアリバイ、ねえ」


 第一被疑者、部長。正式名称、野並シンジ。


「僕は、蔵書室で本を読んでいたよ。コナン・ドイルの『緋色の研究』。名前ぐらいは聞いたことがあるんじゃないか?」

「……シャーロックホームズの初登場作品でしたね。あまりにも偶然が良すぎるチョイスだとは思いますけれど」

「そうかい?」

「ちなみにその時間は?」

「午後九時ぐらいじゃないかな。君たちと別れて直ぐのことだよ」

「それじゃ、死亡推定時刻とは乖離がありますね。……とは言っても、素人目に見た死亡推定時刻ですけれど。桜山さんが死んだのは、血の量からして恐らく今朝方。では、その時間に部長はいったい何をしていたのですか?」

「カメラ談義をしていたよ。池下と一緒に」

「それは何処で?」

「僕の部屋で、だよ。それを証明出来るのは、池下くんだけだと思うけれどね」

「ならば、池下さんに聞けばそのアリバイを証明出来るということですね?」

「まあ、そういうことになるかな」

「ちなみにカメラ談義をしていたという時間は?」

「午後十一時ぐらいから朝方までだったと思うよ。朝になったから、お互い少しは仮眠程度に眠っておこうという話をしていたところだったのは覚えている」

「それが正しいなら、二人のアリバイは証明出来ますね……。それじゃ、一先ず、部長は退場してください」

「良いのかい?」

「これ以上、聞く必要がありませんから」

「それじゃ、僕から質問させてくれないかな?」

「何でしょう?」

「どうして、君が探偵役に徹しているんだい?」

「……それは、何故でしょうね。『神のみぞ知る』と言ったところじゃないですか? 主人公の特権かもしれませんけれど」


 そう言って、部長は納得したかのように頷くと、そのまま外へ出て行った。



   ※



 二人目は池下さんだった。


「それじゃ、貴方のアリバイを聞かせて頂けますか?」

「野並に話を聞いたんだろ? だったら、あいつも言ったと思うけれど、カメラ談義をしていたんだよ。朝まで」

「証人は、お互いがお互いを証人としている、といった感じでしょうか」

「ああ、そういうことになるな。……ああ、それと、朝方に桜山さんに会っているよ。掃除をしている、彼女にね」

「……何ですって?」


 そいつは初耳だ。

 部長のアリバイを確認したときには、そんな情報入ってこなかったはずだ。

 確かに、この部屋同士の壁が薄いという訳ではない。だから廊下の声は聞こえなかった、と言われればそれまでだ。

 しかし。

 しかし、だ。


「彼女の様子はどうでしたか?」


 先ずは話を聞かねば話にならない。

 僕は、桜山さんを殺してしまった犯人を突き止めなくてはならない。


「彼女の様子? ……うーん、普通だったような気がするけれど。変な様子は特に見られなかったよ」

「それじゃ、彼女が死んでしまった理由には結びつきそうにないですね……」

「だと思うよ。……実際問題、彼女は普通に過ごしていたと思う。まるで数時間後に殺されるとは思ってもいなかったかのように、気丈に振る舞っていたよ」

「成程……ね。だったら、その話はなかったことにしましょう。あまり関係性のなさそうなことでしょうから。……だとすれば、やっぱり貴方も関係性はないということでしょうね」

「そもそもの問題だが」


 池下さんは僕に質問を投げかける。


「僕が彼女を殺す動機があるのかね?」

「動機?」

「普通に考えてみろ。僕は昨日出会ったばかりなんだぞ。昨日出会ったばかりの人間を殺そうという動機が見えてくる訳があるまい。……そういうことだ。だから、僕は決して人を殺そうなんてことはしない。それは分かっていることだと思うけれどね。まあ、数ヶ月の付き合いだからそれぐらい分からないかもしれないけれど」



   ※



 三人目はあずさだった。


「あずさ、教えてくれ。お前のアリバイを」

「アリバイ、なんて言われるとまるで犯人みたいな言いがかりをつけられているような気分だけれど」

「それは申し訳ないんですけれど、全員に聞いている訳なので。だから、それについては、仕方ないと思ってください」

「全員に? ……まあ、そうでしょうね。誰が殺したか分からない以上、全員に話を聞いた方が都合が良いでしょうね。……ところで、金山さんには話を聞いたの?」

「ああ、未だ聞いてないですね。次に話を聞くことにします。……何せ、一度犯人と疑ったものですから。もしかしたら、犯人じゃないのかもしれない」

「だから除外したって? 探偵役にしちゃあ、頭が悪いんじゃないかな?」

「……そう言われると何も言い様がないですね。だったら、話を続けましょうか。……アリバイを教えてください」

「私は、自分の部屋で眠っていたよ。多分いっくんと同じように、悲鳴で目を覚ましたんじゃないかな。残念ながら、証人は誰一人として居ないよ」

「……だったら、犯人として疑われても仕方ないですよね」

「ちょっと、いっくん」

「うん?」

「私を疑うのは良いけれど、真実だけはきちんと見極めてよね」


 その言葉は、僕の胸にじんと響いた。



   ※



 四人目は、金山さんだった。


「順番を変えたことに、理由はあるの?」

「いや、特にないんですけれどね」


 忘れていた、なんて言ったらなんてことを言われてしまうだろうか。

 あまり言わない方が身のためだろう。


「で? アリバイを教えて欲しい、って話だったよね」

「そうなんですよ。アリバイを教えてください」

「と言ってもなあ、私は朝からずっと蔵書室に居たよ。高畑さんも一緒に居たかな」

「アリスも?」

「そう。だからあの子もそう証言してくれると思うよ。それでコーヒーでも飲みたくなったから、食堂に向かったら……あの様だったって訳さ」

「成る程」

「だから分かりきった話なんじゃないのかな?」

「え?」

「私を犯人に仕立て上げようったって、全ては無駄だって話さ。……まあ、誰がそれを仕立て上げようとしているのかは分からないけれど」

「そんなこと! ……あのときはほんとうに申し訳ないと思っています」

「何。誰だって間違いはあるよ。私も特に怒っちゃいない。……後は誰が残っている?」

「後はアリスだけですね。と言っても彼女とまともに会話をしたことがないのでなんとも大変なことではありますけれど」

「分かるよ。彼女、無口だもんね。ずっと難しい本を読んでいたよ」

「……そうですか」


 僕は、これで四人の証言を聞き回ることが出来た。

 最後の一人、アリスの証言を聞けば、全てが纏まる。

 それで全てがお終いだ。それで全てが終わりだ。

 だから、僕は探偵役に徹するしか道がない。

 そして、僕達から出てくる犯人を出していくしか道はない。

 残り二日、僕達が生き抜くために。


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