第18話 孤島の名探偵⑥

 これからは解決編。

 至ってシンプルな物語であろうとも、推理物ならばいつか解決編はやらなくてはならない。解決編のない推理物など、セオリーに違反するからね。

 だから、この物語はいずれ終わる。

 やがて、この物語は終わりを迎える。

 けれど、この物語の終わりを聞いたとき、心底悲しむかもしれないけれど、それはそれで、受け入れて貰うのがセオリーってものだと思う。

 セオリーセオリー五月蠅いって?

 仕方ないだろ。それも語り手のセオリーだ。

 さあ、これからが解決編。

 最後までこの物語を――見送って欲しい。



   ※



「池下さん」


 池下さんは、意外にも素直に僕の言葉を受け入れてくれた。

 というか、そんなことよりも、と言いたげな表情を浮かべていた。

 何が言いたいのかさっぱり分からなかったけれど、何をしたかったのかさっぱりと分からなかったけれど、いずれにせよ、今回の事件の犯人と向かい合っているのだ。今は神経を研ぎ澄ませなくてはならない。人間と人間同士の戦いであり、犯人と探偵の戦いだ。

 フーダニットは既に終わっている。

 今は何故やったのか、ということについて質問する番だ。


「先輩。フーダニットは既に終わっているんですよ」


 僕は、思っていることを、繰り返す。

 ふふっと笑ったような気がした。


「今は、ワイダニットに関する時間だ、と言いたいのか?」


 フーダニットとワイダニット。

 どれもミステリーに関する用語であり、ミステリーに関する単語であり、ミステリーに使われる手法である。


「そうです。先輩」

「お前が俺のことを先輩と呼ぶのも、初めてのような気がするな」


 そうだろうか。

 言われてみれば、確かに普段はさん付けで呼んでいるような気がする。

 それが僕のセオリー。

 それが僕の考え。

 それが僕の持論。


「……先輩と呼ぶことに抵抗でもあった、とか?」

「今は僕の過去を語る場面ではありませんよ、先輩。今は貴方が語る場面なんです」

「果たしてどうかな?」


 先輩はこのような不利な状況においても、なおも自分目線で立とうとする。

 それを、なんとかして僕の目線に持ち込んでいく。

 そのためにも、先ずは話を進めていかねばなるまい。


「君の過去についても、少しは触れても良い機会じゃないかな、と思うんだよ。なぜこのタイミングで転校してきたのか。それはほんとうに転校なのか、果たして転校と言えるものなのか?」

「……何が言いたいんですか、先輩」

「とどのつまり、だよ」


 先輩――ああ、もうややこしい――池下さんは話を続ける。


「君の存在は、UFOを呼び寄せるんじゃないか、ってこと。不思議なことを呼び寄せる中心にあるんじゃないか、ってこと。それを、俺は、君に問いたいんだ」



   ※



 昔から、僕の周りでは不思議なことが良く起こると言われていた。

 小学校の頃は、常に行楽のときは雨が降っていた。

 小学校の頃は、運動会は常に雨が降っていた。

 僕が関係する行事になると、結局何らかの影響で中止になった。

 それが、僕のせいなのか、僕にまつわる何かのせいなのかは分からない。

 分からないけれど、子供というのは無慈悲に傷つけることが出来る存在である。

 気づけば、僕という存在は、傷つけられて当然みたいな感じに収まっていた。

 先生もそれを止めなかった。

 家族もそれを止められなかった。

 だから僕は不登校になった。

 それが何のためなのかは分からない。

 それがどうして起きるのかは分からない。

 けれど――だけれど、僕は、悪いことを呼び寄せるんだって。そういう星の下に生まれたんだって、言われてしまえば、それまでのことなのかもしれないけれど。

 けれど――、不思議なことが起こるのは、ずっと昔からのことだった。

 中学に入って、転校が決まった。

 父は料理人だった。料理人ということは寮とか、食堂とかに専属で入ることになる。

 そして、父の所属先は――瑞浪基地だった。

 瑞浪基地。

 UFOの噂が絶えない、謎の自衛隊基地。

 その自衛隊基地と縁があるというのは、やはり僕の課せられた運命なのだろうか。

 それは分からない。

 語り手が、信頼できない語り手になってしまうのは、セオリーとして失敗だ。

 だとしたら、物語が変な方向に進んでしまう。

 それだけは避けなくてはならないと思った。

 それだけは避けるべきであると思った。

 それだけは避けていかねばならないと思った。

 であるならば。

 僕は岐路に立つ。

 このまま、無視されて生きていくべきか。

 その星の下に生まれたことを受け入れるか。

 そんなことを考えている矢先に――あずさに出会った。

 彼女は宇宙研究部に入ろうと僕を呼んだ。

 僕の過去を知らない、唯一の人間が、僕のことを、受け入れてくれた。

 それが僕にとって、どれだけ嬉しかったか。

 それが僕にとって、どれだけ喜ばしかったか。

 それが僕にとって、どれほどの喜劇だったか。


「……ふうん、成程ね」


 僕の空間は破壊される。

 ヒビが入り、破滅していく。

 その先に広がっているのは――無。

 紛れもない――無。

 落ちていく。永遠に落ちていく。

 その先に何が広がっているのかは――誰にも分からない。



   ※



 気づけば。

 僕は池下さんに今までのことを吐露していた。

 僕は池下さんに心を許してしまっていた。

 探偵が犯人に心を許すなんて、ミステリーの中では御法度と言ってもいいぐらいだったのに。


「でも、それはきっと偶然だよ。君が、そう『思い込みが過ぎる』だけに過ぎない。相手もそうだ。そういう風に『思い込んだ』だけだ。俺達がUFOを見つけたのも、偶然だ。君が居たからじゃない。そもそも、あの瑞浪基地は昔からUFOの飛び交う噂が絶えなかった。ただそれだけの話だ。UFOについて、君が考えるべき話題ではない。UFOについて、君が考えるべき話ではない。一は全、全は一。全ては巡り巡ってくるものなのだから」

「……そうでしょうか」

「そうだよ」


 池下さんは立ち上がる。


「…………話を聞けて良かったよ、探偵役としては随分と立派なことだったんじゃないかな。俺達もこの『名演技』を見られて良かったと思っているよ。なあ、そうだろう? みんな」

「……は?」


 そう言って。

 入ってきた人間の顔を見て、僕は面食らった。

 だって入ってきた人間は部長、金山さん、アリスに――あずさと桜山さんまで居たのだから。


「な、なんで……。二人は死んだはずじゃ……」


 まるで殺し損なった犯人のような台詞を吐いてしまう僕。


「どういうことなんだ? 僕は、僕達は、確かに彼女達が死んだのを目の当たりにしたはずだ! だのに、どうして! どうして、君達は生きているんだ? いや、生きていて悪い訳じゃないけれど……。全然理解できない! 理解できるはずがない! ちょっと待ってくれ、頭を整理させてくれ……」

「いいよ、整理する時間はたくさん与えようじゃないか」


 言ったのは部長だった。部長は優しい表情で僕を見つめていた。

 全然理解できない。

 いったい全体、どういうことだって言うんだ?

 この事件――まさか。


「まさか――この事件は『狂言』だったっていうんですか?」


 その問いに、部長はゆっくりと頷いた。


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