第5話 第三種接近遭遇⑤

 そして、週末がやってきた。

 午後七時に片瀬江ノ島駅に集合ということで、僕は三十分前に家を出た。江ノ電に乗り、江ノ島駅に到着したのが午後六時四十五分。そこから歩いて、片瀬江ノ島駅に到着したのは、ちょうど五分前のことだった。


「遅いぞ、いっくん」


 声をかけてきたのは、あずさだった。青のシャツに白いプリーツスカートを履いた彼女は、何処か大人びて見える。


「?? いっくん、どうしたの? 私の顔に何か付いている?」

「い、いや! そんなことはないよ」

「見とれていたんだやろ、いっくん」


 言ってきたのは野並さんだった。黒いパーカーにジーンズという格好で、そのまま夜道を歩いていると車に轢かれそうなぐらい真っ黒な格好をしていた。

 どうしてそんな真っ黒なんですか? と質問すると、これから盗撮するのに目立たない格好をしない方がおかしいだろ、と言ってきた。盗撮している自覚はあるらしい。

 遅れてやってきたのは、池下さんだった。チャリンコに乗ってやってきた池下さんは、籠に大きなカメラを持ってやってきていた。


「そのカメラは?」

「阿呆、UFOを撮影するのに使うんだ」

「そうですか。……ところで、何処で撮影するんですか?」

「そりゃ、勿論、あそこだろ」


 そう言って。

 野並さんと池下さんは、ある一点を指さした。

 そこにあったのは――江ノ島の灯台だった。



   ※



 正確に言えば。

 江ノ島の灯台は午後八時で閉まってしまうため、その近辺での撮影ということに相成った。それで問題はないのか、と聞いてみたが特に問題はないらしい。そもそも江ノ島自体は人が居住している島であり立ち入りに制限はない。駐在さんに何か言われるかもしれないが、それでも午後十時までは問題ない、という結論に至るのだった。

 そこまで言うなら安心だ、と思い僕は江ノ島へと渡っていた。江ノ島の夜景はぼんやりとしていて、何処か暖かい雰囲気を感じさせる。調べたところによるとおおよそ三百人ぐらいの人間が住んでいるらしく、観光地としての趣を今も保っているらしい。

 坂道を登ると、大きなエスカレーターが見えてきた。


「これは?」

「江ノ島エスカーという、大きなエスカレーターだよ。ま、今の時間は営業時間外だから使えないけれどね」

「そうですか」


 ちょっぴり残念。使えるなら使ってみたかった。

 そんなことはさておき、階段を登って灯台近辺の地形へと歩いて行く。辺りに明かりはちらほらあるものの、人は誰も居なかった。鬱蒼と生い茂る森だけが広がっており、時折鳥の鳴き声がする。

 正直怖いという気持ちが勝りつつあったが、それ以上に、『UFOは本当に居るのか?』という思いが強くなってきていた。出来ることならUFOを眺めてみたい、という思いが徐々に強まってきていた。

 もしかしたら、それもまた、野並さんの策略なのかもしれないけれど。

 しかし策略なら策略で構わない。それに全力で乗っかってやろうじゃないか。


「この辺りで撮影しよう」


 そう言い出したのは、野並さんだった。

 カメラの三脚を取り出して、三脚を組み立てる。そしてカメラを載せて、カメラを瑞浪基地へと向ける。

 それだけのことだったのだが、辺りは緊張の糸が張り詰めていた。

 僕はただ先輩二人がやっていることについて、少しばかり考えることしか出来ないのだった。



   ※



 そして、午後八時。

 池下さんが傍受した通信によれば、この時間にUFOが飛び立つはずだった。

 しかしながら、カメラをじっと眺めている野並さんは何も反応をしなかった。ということは、UFOは観測できていないということになる。

 それにしても、六月という時期の割りに、今日は冷える。


「いっくん、だったか」

「何ですか?」


 もういっくんでいいや、と思いながら池下さんの言葉を聞いた。


「この江ノ島はマリンスポーツで有名なんだ。泳ぐには良い場所だよ」

「急にどうしたんですか」

「良いか、海は良いぞ」

「どれくらい良いんですか?」

「どれくらい良いんだろうなあ……。でも飛び込むには気持ち良いぞ。江ノ島の辺りから飛び込むとな、気持ち良いんだ」

「へえ、そうなんですか」

「ま、今年は未だ海開きもしていないし、海開きしてからだな。いずれにせよ」

「おいっ!! そんなことを言っている場合じゃないぞ!!」


 野並さんが唐突にそんなことを言い出したので、いったい全体何が起きたのかと思っていたら――。

 目の前に、ふよふよと円盤が浮いていた。


「え、円盤……。UFOはほんとうにあったんだ……!」

「さ、撮影を早くするんだ!」

「もうやっているよ!」


 僕たちの目の前に、ふよふよと浮かんでいるUFO。

 まさか、UFOがほんとうに目の前に出てくるなんて、思いもしなかった。


「……というか、滞空していないか?」


 確かに。

 UFOといえば、滞空しているというよりかは、高速で移動している印象が強い。

 しかしながら、今目の前に居るUFOは、僕たちの目の前で滞空している。

 それが普通なら『有り得ない』。

 有り得ないはずなのに、有り得なかったはずなのに。


「どうして……どうして、目の前に滞空しているんだ!?」


 しかし、カメラは離さない野並さん。

 将来はカメラマンにでもなるつもりだろうか。だとすれば立派な逸材な気がするけれど。

 しかし、UFOはそれ程長く滞在するつもりはないらしい。

 UFOはゆっくりと僕たちの目の前に滞在した後、予兆なく、高速で移動を開始していった。

 目的地は、再び瑞浪基地。

 それを見た僕たちは、ただ呆然とするばかりだった。


「……な、何だったんだ、いったい……」

「分かりませんよ、そんなこと。僕だって……」

「いっくん、これで宇宙研究部の意味を理解してくれるようになったか……?」

「少しですが、分かったような気がします……」


 ほんとうに、ほんの少しだけれど。

 この部活動が存在している意味というか、存在している意義というか、そういうものが分かったような気がする。


「我々の目的は、UFOを観察することと、と言ったがあれは第一段階に過ぎない」


 野並さんは僕に向かってこう語りかけた。

 確かにUFOを観察することがゴールであるならば、この前(そのときは僕は参加していなかったけれど)あったということで解決しているはずだ。

 では、ゴールは何なのか?

 ちょっとだけ嫌な予感がしながら、僕は話を聞いていたのだった。


「最終的に、瑞浪基地に飛来するUFOの正体を突き止める! それが我が宇宙研究部の未来でありゴールだ!」

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………正気ですか?」

「何をぽかんとした表情を浮かべているのだ、いっくん! 僕たちは常に本気だぞ!!」

「いや、本気と言っていなかったらそれはそれで良かったんですけれど。……そっかあ、本気なのかあ…………」

「何だよ、僕たちの使命を舐めているのか!?」

「別に舐めているつもりはないですけれど」

「だったら前に突き進むのみ! 今日は良い写真が撮れたから帰るぞ! あんまり夜更かしをしても困るしな! 現像した写真は明日見せてあげることにしよう!」


 別にデジカメだから今でもデータは見られそうなものだけれど。

 そんなことを言いたかったけれど、結局僕たちはその場で解散することになるのだった。



 ※



「今日は面白かったね、いっくん」


 帰り道、江ノ電にて。あずさが隣に座っていて、僕に問いかけてきた。


「まあ、そうだね。……UFOがほんとうに見られるとは思いもしなかったけれど」

「ねえ、いっくんは部長の言っていることを、本気に考えている?」

「部長……野並さんの言っていること? ああ、あれか」


 UFOの正体を突き止める。

 そんな、普通なら出来るはずのないことを、高々と発言するのは正直どうかと思っていたけれど、しかしながら、それが間違っているとはっきりとは言えない僕が居た。

 きっと、僕も僕で、それに興味を抱いていたのかもしれない。


「……もしかして、いっくんもそういうロマンを求める派?」

「求めているか求めていないか、だったら求めている方に入るのかな」

「だったら、宇宙研究部にぴったりの人材だと思うけれど。どう? やっぱり未だ入りたいとは思わない?」

「何だよ、急に」

「強制はしないよ」


 あずさは立ち上がる。

 ちょうど七里ヶ浜駅に電車が到着したからだ。

 僕も立ち上がり、電車から降りる。ICカードの簡易改札機にICカードをタッチして、外に出た。

 外は暗く、電灯の明かりしか僕たちを照らすものがなかった。


「もし、逃げるなら今のうちだと思うよ」


 あずさの言葉は、僕に重くのしかかった。

 しかし、『逃げる』とはどういうことだろうか?

 僕はその言葉の真意を聞くことが出来ないまま――あずさと別れるのだった。

 明日からは、きっとまた、宇宙研究部での一日が始まる。

 そんなことを胸に秘めながら、僕は家へと帰っていくのだった。


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