第4話 第三種接近遭遇④

「ただいま……」

「おかえりなさい。あら? どうしたの、元気ないみたいだけれど」


 家に帰ると、母が食事の準備をしていた。母は料理は苦手だけれど、作らない人間ではない。ついついコンビニに頼りがちな家庭でもあるかもしれないけれど、しかしながら我が家はそんなことがないので、そこについては良い家庭なのかな、と思っている。

 ぐつぐつ煮込む何かは、良い香りをしていた。肉じゃがか何かだろうか。


「僕は大丈夫だよ。それより、今日のご飯は何? 肉じゃが?」

「そうよ。貴方好きでしょう?」

「うん」


 母の作る肉じゃがは副菜というよりかは主菜になり得るおかずである。味が濃いため、それだけでご飯の友になるのだ。

 学生服を着替え、いつものジャージ姿になる。


「お腹空いたでしょう、もうすぐご飯出来るから」

「父さんは?」

「お父さんは、今日も忙しいから遅くなるって。何でも宴会があるんだって」


 この場合の宴会は、いわゆる仕事後の飲み会ではなく、仕事の宴会を意味している。どういうことかといえば、やっぱりそこは料理人として腕を奮う必要が出てくる訳であって、結果的に帰るのが遅くなる――という理論だ。


「じゃあ、食べちゃおうか。ご飯は?」

「面倒臭いからどんぶりにしちゃって良い?」

「良いよ」


 そう言うと、炊飯器からよそったご飯の上に肉じゃがを汁たっぷりでかけ始めた。

 これが我が家に伝わるお袋の味、『肉じゃが丼』である。

 テーブルにそれが置かれると、醤油の香ばしい香りが辺り一面に広がった。

 僕は座り、箸を手に取る。そして「いただきます」と言って、どんぶりを手に持ち、そのまま肉じゃがの一欠片を口にかっ込んだ。

 直ぐに醤油の味とじゃがいものほくほく具合が口の中に広がっていく。その味を忘れないうちに白飯を口に入れていく。ああ、美味い。


「美味しいよ」

「ほんと、あんただけだよ。お父さんはいちゃもんをつけて味付けに文句ばかり言ってくるから……」

「それは料理人として仕方ないんじゃない?」

「何それ。あんた、お父さんの肩を持つつもり?」

「いや、そういうつもりじゃないけれどさ……」


 食事はゆっくりと進んでいく。

 我が家では、あまり食事中に会話をしない。それは会話をするな、と決めた訳じゃないけれど、いつしかそのようになってしまった、と言った方が正しいのかもしれない。

 そして、いつしかテレビを見ながらご飯を食べるようになった訳である。流石に無音では、困る。


「そういえばさ」

「何?」

「今週末、部活動で少し出歩くことになったんだけれど」

「何、あんた、もう部活動入ったの? どんな部活動?」

「……宇宙研究部って部活動」

「…………変わった部活動ね」

「それを言われちゃおしまいなんだけれど」


 咀嚼をし終えて、さらに話を続ける。


「それで? その部活動でどう出歩くことになったの?」

「星を見ようって話になったんだよね」


 流石に『UFOを見に行く』とは言えるはずもない。

 母さんには悪いけれど、少し嘘を吐くことにしよう。


「星を見に行く? 良いじゃない、神秘的で。何処でやるの?」

「学校の屋上で。一時間から二時間ぐらいで終わると思うよ」

「送り迎えしようか?」

「良いよ、そこまでしなくても」

「そう?」

「だって仕事もあるだろ」

「そりゃそうだけれど」


 それに、送り迎えなんてされてしまっては、せっかくの嘘が無駄になる。

 だから出来ることなら関わって欲しくない、とそう思う訳だ。


「……じゃあ、その日は早めにご飯を食べる感じで良いってことだね?」

「そういうことになるかな。ごめんね、急にそんなことを言って」

「良いよ、良いよ。あんたが直ぐ学校に馴染めたようで何より」


 馴染めたか馴染めていないかと言われると、未だ微妙なところなのだけれど、それはまあ、言わないでおこう。

 そういう訳で、説明は済んだ。

 後は当日を迎えるばかりである――僕はそんなことを思いながら残りのご飯をかっ込んでいくのだった。



   ※



 次の日。僕はいつしか普通に宇宙研究部の部室がある図書室副室へとやってきていた。


「おっ、来たな、いっくん」


 既に野並さんが入っていて、本を読んでいた。


「……今日の会議はないんですか?」

「会議は毎日するものではないよ。題材があれば、やるけれど。それとも何かそれなりの題材を持ってきたのかい?」

「そんな訳、あると思っているんですか」

「だろうねえ。未だ君はこの部活に馴染めているように見えないし」

「当然です。UFOに興味があるとは言いましたが、UFOが居るとは一言も言っていませんから」

「……それ、本当に思っているのかい?」

「はい?」

「だから、UFOは実在しないと、ほんとうに思っているのかい、と言っているんだ」

「居る訳ないじゃないですか。そんなの、陰謀論と同じくらいですよ」

「しかし僕たちは実際に見ている訳だし」

「示し合わせれば良いだけの話ですよね? それに、UFOが見つかっていれば大スクープになっているはずです。それをしない理由は? いったい全体何処にメリットがあるというのですか?」

「……君は痛いところを突いてくるね」

「少し考えれば思い浮かぶはずです。昨日、僕も頭を整理してそういう考えに至りました」

「そういう考えに至った、ねえ……」


 そう言って。

 野並さんは図書室副室の本棚から一冊の本を取り出した。埃の被っているその本は、アイザック・アシモフの書いたSF小説だった。


「これを君に見せるのは、未だ先の事だと思っていたのだけれど」


 そう言って、野並さんは小説本の間に挟まっていたあるものを僕に見せてくれた。

 それは一枚の写真だった。

 そして写真には、円盤形の何かが映し出されていた。

 正確には、円盤形の何かが、あまりの速度で飛び回っているためか、少しぼやけた姿になっている状態。

 しかし、それは明らかにUFOと呼べる代物だった。


「こ、これって……」

「ああ、UFOだよ。僕たちが初めて見つけて、初めて魅せられたそれは、紛れもないUFOだ」

「これが、瑞浪基地から発進していると?」

「瑞浪基地から飛び立つのを見たんだ。だから今度は映像で撮ろうと考えている」

「それは瑞浪基地から飛び立つという決定的瞬間を捉えるために?」

「ああ」


 なんてこった。UFOはでまかせじゃないのか。

 これなら僕が否定しているのも、馬鹿馬鹿しくなってくるではないか。


「分かってくれたかな」


 ぼうっとしていた僕から写真を奪い取ると、また元の位置に戻す。


「これは、あずさも知っているんですか?」

「彼女も見ているよ。もっとも、彼女はそれ以前からあの基地に目をつけていたようだったけれど」

「何故?」

「今度、自衛隊に宇宙部隊が設立されるのは聞いたことがないかね?」


 ああ、何かテレビのニュースでやっていたような気がする。人工衛星を迎撃するために設置する部隊だとか。陸海空にさらに宇宙まで守る意味があるのか、なんて思ってしまっていたから普通にスルーしていたけれど。


「その宇宙舞台が、宇宙人……つまり異星人と接触をしていたら?」

「それってつまり、第三種接近遭遇ってことですか!?」


 第三種接近遭遇。

 空飛ぶ円盤の搭乗員と、接触をすること。

 確か偉い博士の文献にそんなことが書いてあったような気がする。


「でも、そんなことが有り得るなんて……」

「有り得るのさ。現に今、君に写真を見せた。そしてそれは、UFOの写真であると君も認識した。そうだろう?」

「それは……」


 そうかも、しれないけれど。


「はっはっは! 今週末が楽しみになってきたな! なあ、いっくん?」


 そう言って野並さんは僕の肩をぱんと叩いた。痛い。

 野並さんは荷物をまとめると、出かける用意をしてしまった。


「何処に?」

「今日はもう帰る。誰も来ないようだしな。もし君がこの部屋を使うなら鍵を君に預けておこう。どうかな?」

「いや……今日は僕も帰ります」


 誰も来ないなら、これ以上ここに居る意味がない。

 そう思って、僕もまた帰る準備をし出すのだった。

 それを見た野並さんは、つまらなそうに、指で、鍵をぶんぶんと振り回しているのだった。

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