第3話 第三種接近遭遇③
「……何ですと?」
「ああ、素晴らしい、部長! ついにやり遂げるんですね!」
「ああ、そうだとも、あずさくん。我々は遂に計画を成し遂げる機会に恵まれたのだ!!」
「ま、可能性の一つという風に捉えて貰えれば良いですけれどね。確定事項かどうかは怪しいですけれど。もしかしたら自衛隊が流したダミーかもしれない」
「ダミーな訳があるか! ダミーだとしても、我々の探究心を満たすためには、やはり現場へ向かうしかないのだ!」
「あ、あの……」
「どうした? このことについて、何か文句があるなら聞こうじゃないか」
「いや、文句とかそういう話じゃないんですけれど……。UFOを観察する、ってどういうことですか?」
「何を言っている、文字通りの意味だ。それ以上に何がある」
「UFOが? 江ノ島に? 出るんですか?」
「ああ、そうだとも! 彼の無線傍受技術は素晴らしいものがあるからね!」
「いや、それ電波法違反ですよね」
「法律に囚われる我々ではない!」
「そういう問題じゃなくて。……あー、もう何処から話せばいいのやら分からない」
「君もUFOに興味があるのだろう!?」
もう何かの新興宗教じゃないか、と疑ってしまうレベルの感情の起伏だった。
「……確かに興味はありますけれど」
「だーったら、私達の『観察』に付いていくべきだ! そうだ、付いていくべきだとも! それ以上に何の意味があるというのだ!」
「いや、あのですね……」
「ごめんねえ、部長、UFOの話になるとヒートアップしちゃって」
あずさが声をかけてきた。あずさは向かい側に腰掛けている。
あずさ曰く、この部活動は宇宙を研究する部活動である、と。そして、未確認飛行物体――とどのつまり、UFOが江ノ島近辺にある自衛隊基地、通称『瑞浪基地』に飛来しているのを目撃したのをきっかけに、UFOの観察を日課にするようになったのだという。
それからは早く、無線傍受技術を持つ池下さんが入り、興味を持ったあずさが入り、そして僕が連れ込まれた。とどのつまり、順当に行けば、僕は四人目の適格者ということになる。……なんてエヴァ? いや、エヴァだったら僕は初号機に噛み砕かれてしまうので出来ればNGでお願いしたい。
「つまり君で四人目なのだよ! この部活動に入ってくるのは!」
「……はあ、そうですか」
「何だね。もっと興味を持たないのか! 例えば、やってくるUFOはどんなUFOなのか、とか」
「じゃあ、どんなUFOなんですか」
「円盤形のUFOだ。至ってシンプルなUFOだと言われているよ」
「それを見たのは?」
「僕と、池下。あずさくんは一度も見ていなかったんじゃなかったかな」
「へへっ、ちょっとタイミングが合わなくて」
あずさは笑っていた。
実はこの活動が嫌いなんじゃないか?
そんなことを考えていたけれど、あまり言わないことにしておいた。
だって、言うと面倒臭いし。
「で。UFOを見るにはどうすれば良いんですか?」
「おおっ、早速興味を持ってくれたようで何よりだよっ」
「ちっ、違いますっ。僕はただ、気になっただけで……」
「それを『興味を持った』って言うんじゃないの?」
言ったのは、あずさだった。
あずさ、お前、後で覚えておけよ……。
「……とにかく! 今週末、絶対に来てくれよ! そうじゃないと部活動の未来に関わる。沽券に関わることなんだ! 重要なことだと言っても良い!」
「何処がどう重要なのか教えて貰いたいものですね」
「あと一人部員が入らないと、今年度の部費が大幅カットされるんだよー」
「あっ、こらっ、あずさくんっ! それは言わない約束だったはずっ!」
「あー、そうでしたっけ。失礼失礼。今のは忘れて」
忘れて、と言って忘れることが出来たらどれだけ人間は楽に生きていけるだろうか、
結局、忘れることなんて出来ないのだけれど。
「後の議題は何かあるかい? もしかして、これでお終い? だとすれば、会議はお終いになる訳だけれど」
「集合場所、何処にしやすか」
「片瀬江ノ島駅で良いだろう! UFOの飛来時間は何時だ?」
「午後八時となってますね」
「だったら午後七時に片瀬江ノ島駅集合! ……あー、でも、あれか。いっくん、君はここに来て日が浅いんだったか」
日が浅いどころか昨日来たばかりですが。
「あずさくん! 今日、彼を片瀬江ノ島駅に連れて行ってくれ! 集合場所はそこで教えることにしよう!」
「あいあいさー」
右手で敬礼をするあずさ。ちょっ、本人の了承なしで物事が進んでいるんだけれど、それってどういうことなのかな!?
とまあ、そんなことを言ったところで物事が解決する訳もなく、結局僕たちの会議はそのまま幕を下ろしてしまった。
会議としての幕を下ろした後は、個々人の活動になるらしい。野並さんは勉強をするためにたくさんの本を取り出してはテーブルに積み上げていく。池下さんは趣味? のラジオを弄くり回している。
僕とあずさはというと、何もすることがないから、二人で面と向き合ってしまっている。
「……何をしても構わない訳だけれど」
「何をしても問題ないと言われてもだね。やっぱり、少し躊躇ってしまうところがある訳だよ。僕は未だここに来て三日目だぞ?」
「だったら二人で観光でも行ってきたらどうだ? ほら、さっき言った片瀬江ノ島駅に向かうのもアリだ。江ノ電に乗っていけばそう距離もかからないし」
「江ノ電に乗って、って……。放課後にそんな遠くに行くのはどうかと思いますけれど」
「はっはっは! 江ノ電に乗って鎌倉や藤沢に行くのは日常茶飯事だぞ、いっくん! それとも、二人で行くのがそんなに恥ずかしいかね?」
「そ、そんな訳は!!」
「だったら行けるだろう。ほら、一緒に行ってくるが良い」
そう言って、野並さんは財布から千円を取り出した。太っ腹だ。
「部費ですね」
「部費だ」
部費なのか……。
少し落胆してしまった僕をよそに、あずさはそそくさと帰る準備をしている。
僕も帰る準備をしなければ、そう思って鞄に筆箱やらなんやらを仕舞い出すのだった。
※
七里ヶ浜駅には、ウインドサーフィンのマストをモチーフにしたオブジェが設置されていた。
「これはね、ここが湘南の海岸沿いにある駅だから、こういうのがついているんだよ」
「成程ね……。確かにさっきからサーフィンボードを持った人と良くすれ違う訳だ」
「そういえば、ICカード持っているかな?」
「ICカード? Suicaなら持っているけれど」
「なら万事OK。チャージは大丈夫かな?」
「五百円ぐらいなら入っているはずだけれど……」
「それならOK。江ノ島駅でチャージ出来るからね。さっ、電車が来たから乗ろう!」
見ると、ホームに電車が入り込んできた。
それを見て、僕たちはICカード簡易改札機にICカードをタッチして、電車に乗り込むのだった。
電車はガラガラで、直ぐに座ることが出来た。
「何処で降りるんだ?」
「さっき言ったじゃない、江ノ島。ここから行くと四つ目だね。……あ、信号場が見えてきた」
「信号場?」
「江ノ電は単線だから、途中でこんな感じで交換設備があるんだよ。多分もうすぐ止まるはず」
すると彼女の言った通りに、電車が止まった。
直ぐ横にはレールが走っているが、電車がやってくる様子はない。
少し待っていると、直ぐ横に電車がやってきて、その電車も停止する。
それを合図に、僕たちの乗っている電車はゆっくりと動き出した。
「ね?」
「ね? と言われても……。僕の昔住んでいたところじゃ、こんなのなかったけれどさ」
「ないなら、少しは驚きなよ! わーいとか、すごーいとか!」
「いや、そう簡単に驚ける訳ないだろ……」
それから彼女は腰越駅と江ノ島駅の間にある併用軌道(車と電車が併用して走ることの出来る区間のこと。道路上をレールが敷かれていて、そこを電車が走るという形)についても熱弁してくれたけれど、何だか眠くなってしまったので特に話は聞いちゃいなかった。
江ノ島駅に着いて、改札機を出ると、あすさは腕を引っ張ってきた。
「何だよ、腕を引っ張るんじゃないよ」
「ここから片瀬江ノ島駅までは少し歩くからさ。だから!」
「だから、何だよ。別に良いだろ、ばらばらで歩いても」
「そうかもしれないけれど……。うー、ケチ」
「ケチで結構」
少し歩くと、赤い竜宮城のような建物が見えてきた。
「凄いでしょ、これが片瀬江ノ島駅だよ! いっくんがどうやってここに来たのか分からないから、もしかしたら一昨日の内に経験したかもしれないけれど!」
「いや、ここには車で来た。……いや、凄いな。こんな建物があるんだったら、待ち合わせ場所にはちょうど良いかもな」
「おっ! ちょっとはUFOに興味が湧いてきたかな!?」
「UFOのことをあまり外で言わない方が良いと思うぞ。ちょっと気味悪がられると思う」
「そうかな? あ、あそこ、アイスクリーム屋があるよ!」
「良いのか?」
僕の言った『良いのか?』は、部費を使い込んでも良いのか? という意味だったのだけれど。
どうやらあずさには、アイスクリームを買ったところでバレやしない、という意味の良いのか? に受け取られてしまったらしく。
「大丈夫、大丈夫!」
「……なら良いけれど」
まあ、買い込んだところで怒られるのはあずさだ。未だ僕は入部もしていないんだからな。
そういう訳で、部費の千円のお釣りで、僕たちはアイスクリームを買うに至るのだった。
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