第2話 第三種接近遭遇②

「だから、僕は行かないと言っているだろうが」

「えー、そんな話聞いてないなあ」


 二階の廊下を、腕を引っ張られながら歩く僕。引っ張っている相手は、紛れもなく、いや、言わずもがな、あずさである。というか、なんであずさはここまで無頓着に僕につきまとうのだろうか? そんなに、UFOに興味があることが珍しいのだろうか? 宇宙研究部という部活動があるらしいのに?


「……というかさ、引っ張らないで貰えるかな。一人で歩けるよ」

「ほんと? 急に逃げ出したりしない?」


 ……読まれてやがる。

 だとしたら、ここで逃げるのは止した方が良い。

 というか、同じクラスの前後の席だ。逃げ切れる訳がない。


「……なあ、分かるだろ? 君と僕の位置関係的に逃げても無駄だってことが。分かってくれれば、良いんだけれど」

「そ。確かにその通りね」


 そう言って。

 彼女は僕の腕を漸く放してくれた。


「助かった……。これで変な疑いを持たれなくて済むよ」

「変な疑い、って?」

「思春期にありがちな、誰と誰が付き合っているか、みたいなアレだよ、アレ」

「ああ、それね。別に良いじゃない、放っておけば」

「放っておけば、って……。君みたいに図太い性格なら良いかもしれないがね。僕は繊細なんだ。それぐらい理解して欲しいものだね!」

「何よ、それ。私の性格を批判している訳?」

「まあまあ、二人とも。こんなところで喧嘩をしていたら、変な噂を立てられますよ?」


 誰だ!? と僕はそちらを振り返った。

 大柄の男が立っていた。

 いや、制服を着ていたから、生徒か。

 生徒、というにしては大柄過ぎる気がしないでもないけれど。


「あ、部長。新入部員連れてきましたよ!」

「ぶ、部長……? ってか、僕は入るって一言も」

「おお! 新入部員か! とうとう連れてきてくれたんだね!? 一年生という輝かしい部分から、この宇宙研究部という部活に入ってくれる人間を!!」


 眼鏡をくいっとあげながら、叫ぶ生徒。

 うん。やっぱこの部活変な部活だ。

 そう思って踵を返そうとしたそのとき、がしっと肩を掴まれた。


「逃げても無駄、って言っていたわよね、いっくん?」

「い、いっくんって何処から出てきたワード……?」

「ほら、君の名前、――でしょ」


 唐突に僕の名前を口にするあずさ。

 まあ、確かにそうだけれどさ。


「だから、そこから一文字取って、『いっくん』。良いじゃない、前の名前より呼びやすいし。改名したら?」

「お前の思いつきで改名出来る程、市役所は優しい場所じゃねえよ!」


 市役所に行って、『いっくん』で改名お願いします、って言ってOKサイン出たらそれはそれで行政の考えを疑うわ!


「いっくん、か。良い名前だねえ。僕は良い渾名をつけられたことがないからなあ。部長と呼んでくれて構わないよ。あ、ちなみに僕の名前は野並シンジだ。よろしく、いっくん」

「だから、いっくんって呼ばないでくださいよ……」


 家でもいっちゃん呼ばわりされているのに、学校でもいっくん呼ばわりされたらますます僕の名前が分からなくなってしまう現象が発生してしまうじゃないか!


「そうだ。部長。今、何をしていたんですか?」

「うん? 図書室の副室の鍵を借りに職員室に行っていた所だよ。徳重先生が新しい生徒が来たら宜しくね、と言っていたけれど、君がその新しい生徒?」

「はい……、そうです」


 もしかしたら、顔を赤らめているかもしれない。

 そんなことを思いながら、下を向きつつ答える僕。

 にひひ、と笑みを浮かべているあずさには、もう昨日のあのかっこいいイメージはない。薄れている、と言っても良いけれど、完全にゼロと言って良いだろう。あんなイメージを抱いた僕が悪かったんだ。少しでもかっこいいと思った、僕が。


「ああ、そうだったんですね。だったらちょうど良い。先生にも紹介したいところだし、さっさと部屋に入りましょ、部長、いっくん」

「だから、いっくんと大声で呼ぶのは止めろって……」


 こうして。

 僕はほぼ強制的に、宇宙研究部のある図書室副室へと案内されることになるのだった。



   ※



 図書室の副室。そう簡単に言っているけれど、要するに準備室だった。準備室の一部を部室として借りている形になっているらしい。それで良いのか、部活動。生徒会とかあったら一番に検挙されそうな場所だと思うのだけれど。


「……あの、一つ聞きたいんですけれど」

「何だ?」

「部員って、あずさ……さんと、部長だけなんですか?」

「もう一人居るぞ! 多分遅れてやってくるだろうがな!」

「もう居ますよっと」


 図書室で本を読んでいた一人の男子生徒が、こちらに向かって歩いてきた。


「おお、何だ、池下。居るなら居るって言ってくれれば良かったのに!」

「言おうと思っていたんですけれど、何だか騒がしくって。……新入部員? この部活に? 変わっているね、君」

「貴方だって、ここに加入している時点で変わっている人間に見えなくもないですけれど……!」

「まあ、良いじゃないか。図書室を自由に使えるって案外都合が良いんだよ」

「例えば?」

「勉強が出来る!」

「それ、部活動関係ないよね!?」

「あと、本が読める!」

「それも部活動関係ないよね!?」

「ははは! 二人はとっても仲良しだな! これならこの部活にもすんなり馴染めそうだ」

「いやいや! 僕は最初からこの部活に入るなんて一言も言っていませんけれど!!」

「……」

「……」

「……え?」

「いや、え? じゃなくて! 僕は入るなんて一言も言っていません! 勝手にあずさに連れてこられただけです! 寧ろ言ってしまえば拉致ですよ、拉致!」

「その言い方はひどくない!? 一応私は入部試験のつもりであなたに問いかけたはずだけれど!」

「何を言った、言ってみろよ!」

「UFOに興味ない? って」

「確かに言っている……」

「ほら! いっくんはそこで『好きだ』と言ったはず! ということはこの部活動に入る意思有り! さあ、どうですか、部長!」

「確かにこれは否定しようがない事実だな……。受け入れなさい、いっくん」

「くそっ、ここにはまともな人間は居ないのかよ!?」

「ちょっと待てよ。一応仮入部期間というのも考慮してあげないか?」


 そう言ったのは、池下さんだった。

 池下さん、グッジョブ!


「仮入部? ……ああ、一週間あるんだったか。じゃあ、その一週間のうちにこの部活動に魅力を持たせれば良いんだな!」

「うわ、そう来たか」

「心の声が聞こえているぞ、いっくん!」


 部長、いいや、正確には野並さんがそう言ってきた。

 部長と言わなかったのは、僕は未だこの部活動に加入していないからだ!


「だったら、今週末、ちょうどいいんじゃないですか?」

「え?」


 言ったのは、池下さんだった。


「どういうことだ?」

「江ノ島に、あれが出ますよ」

「……まさか、情報が手に入ったのか!?」

「ええ。つい先程ね。簡単でしたよ、無線の周波数を引っ張ってくるのも」


 な、何の話?

 僕は慌てふためいて二人の話を聞いていたのだが――。


「ちょ、ちょっと、先輩方! いっくんが慌てているじゃないですか! いっくんにも説明してあげてくださいよ」

「そうだな……。だったら、副室に入って貰おう。良いな?」

「……まあ、入るくらいだったら」


 という訳で。

 僕は図書室副室へ、宇宙研究部のメンバーとともに入ることになった。

 副室には段ボールが山積みされており、それを片付けるように中心にテーブルが置かれている。そしてテーブルには四つ椅子が置かれていて、まるで元から僕がこの部活動にやってくるかのような感覚に陥らせる。

 駄目だ、それは敵の錯覚だ。陥るんじゃない。

 そう自らを奮起させながら、僕は扉側の椅子に腰掛けた。

 そして、野並さんは部室の一番奥に腰掛けると、こう言った。


「……今週末、我々はUFOを観察する!」

 

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