僕たちとUFOの夏物語
巫夏希
第一巻 第三種接近遭遇
第一章 第三種接近遭遇
第1話 第三種接近遭遇①
海は良いぞ、と先輩は言った。
どれくらい良いんですか、の言葉に先輩はどれくらいだろうなあ、と答えるばかりだった。
でも飛び込むのは気持ちいいことだぞ、と言ってきた。
だから僕は海を見たら、絶対に飛び込もうと決めていた。
神奈川県のとある街。
海沿いに面する道を挟んで向こう側に、その中学校はあった。
千葉の住宅街に住んでいた僕にとってみれば、海なんてちょっとしょっぱい池か湖みたいな感覚しかなかった。別に海に行ったことが無いからそんなことを言えるんだ、なんて言われてしまえばそこまでだけれど。
とにかく、僕は中学生にして初めて海を見た。
両親は忙しなく引っ越しの準備に追われていた。だから明日、学校に来てくれるのはどちらになるかなんて分かったものでもなかった。
夏前の、中途半端な時期に転校。
仕事の事情だから仕方無いのだけれど、もう少し選ぶ選択肢があっても良かったんじゃないか、なんて思えてしまう。
まあ、それを言ったところで無駄なんだけれど。
「ごめんね、いっちゃん。それで? 何の話だったかな?」
長い電話を終えた母が、僕の名前を呼んで声をかける。
いっちゃん、というのは僕の名前から取った、ニックネームのようなものだ。本名よりもそちらの方が呼びやすいからその名前がつけられているだけに過ぎない。別に両親ぐらいは本名を呼んでくれても良い気がするのだけれど。
「明日、誰が来てくれるのかな、ってことだったんだけど」
母は煙草の火をつけながら、うんうんと頷いた。
ちなみに明日着ていく学生服は別の部屋に避難させている。煙草のにおいがついてしまっては、溜まったものではない。何を言われるか気が知れないからだ。
母は、学校から貰った手紙を読みながらうんうんと頷いている。
「明日は私が行くわよ。仕事も見つけないと行けないし。父さんは明日から仕事だし。……それで良かったわよね?」
「……ああ」
父は、寡黙な人間だった。
というか、家庭に無頓着な人間だった。だのに、小学校の後半にさしかかったあたりで急に声をかけてきて、気づけば家庭に力を入れ始めている。遅すぎる教育改革とはまさにこのことを言うのだろう。その台詞を誰が口にしたのかは、分からないけれど。
父も煙草を吸いながら、地図を眺めていた。大方、明日の仕事場についての確認をしているのだろう。
父は料理人だった。和風・中華・洋風何でもござれ、の人間で、二十年以上この道を進んできている。確かに味は一流で、不味いものを作った記憶がない。まあ、父の料理を食べる機会なんて年に一度あれば良い方なのだけれど。
母もまた、料理人だった。正確に言えば、調理師免許を持っているだけの、ペーパー料理人とでも言えば良いだろうか。父と料理の腕を比べれば、まさに雲泥の差。どちらが泥なんて分かりきった話である。
母も父と同じ職場に長年勤めていたのだが、僕が生まれることをきっかけに退社。今はパートで生活を食いつないでいる始末である。パートなんて見つかるのか、なんて思ったけれど、未だ三十代半ばの年齢には色々とパート出来る職場があるようだった。なければないで困るのはこちらな訳だけれど。
「……ところで、明日、そのまま学校受けてく? それとも、一度家帰るんだっけ?」
「明日は顔見せだけで、明後日から学校の手はずだっただろ。それぐらい忘れないでくれよ」
「ああ、ごめんごめん。明日は顔見せだけね。……で、どう? なじめそう?」
「未だ一度も行ったことのない学校に?」
「冗談よ、冗談。良い学校だと良いね、明日」
「……うん」
荷物を片付け始める母を見ながら、僕は頷くのだった。
というか、頷くことしか出来ないのだった。
※
次の日。
学校に到着すると、潮風のしょっぱい香りがした。
「潮風って、良いよね。なんというか、田舎を思い出すよ」
「田舎って、九州の?」
母の田舎は九州の山間だったと記憶しているが。
「福岡まで行って泳ぎに行ったものだよ、昔は」
「そんなもん?」
「そんなもんだよ」
校門を潜ると、ちょうど部活動をやっている時間だったのか、グラウンドが騒がしかった。
校舎に入ると、トランペットの音が聞こえて、吹奏楽部が演奏しているのを容易に想像することが出来た。
「いろんな部活があるみたいだね」
「そうだね。ま、その辺りは詳しく先生に聞きな」
そう言われてしまってはそれまでだけれど。
職員室から、小会議室に案内され、少し待機していると、先生二人が入ってきた。
「私がここの校長である、吹上と言います」
初老の男性が恭しい笑みを浮かべて頭を下げた。
それを見て僕たちも頭を下げる。
続いて、大柄な女性が声をかける。
「私が担任の徳重です。どうぞよろしく」
徳重先生が手を差し出してきて、それを見た母は手を受け取る。
お互いにぎこちない様子を見せているが、それもまた仕方無いことなのだろう。
何せ時期が時期。この時期に入ってくる転入生自体が珍しいことなのだから。
「……明日のことについて、詳しく説明したいのですが」
持ってきた資料の量を見て愕然としながら、僕たちは腰掛けるのだった。
※
「どうだった? 先生の様子」
一時間にわたる説明が終わった後、廊下を歩きながら母は僕に問いかけた。
「未だ学校なんだから、そんなこと言える訳ないだろ」
僕の言葉に、母はふうん、とだけ言った。
「でも悪く無さそうじゃない。先生も良い雰囲気だったし」
「……雰囲気だけじゃ感じ取れないことだってあるよ。それは、母さんだって学んだことだろ」
「…………それもそうね」
二階にある小会議室から、職員専用の出入り口まで少し距離があった。僕たちは現状ここの学生(と母親)ではないので、職員専用の出入り口から出ることになっているのだ。
そこから見える景色といったら、グラウンドとプールだった。
「……プール?」
「プールがそんなに珍しい?」
「いや、だって海があるからプールなんてないものかと」
「田舎はね。でも都会は遠泳禁止ってところが多いし、仕方無いんじゃない? 詳しい話は先生に聞いたら」
「そうだね」
プールを見ると、何人かの学生が泳いでいた。
スクール水着のラインが、やけにいやらしく見える。
ついつい視線を追ってしまうのは、中学生の性なのだろうか。
「……何よ、もしかして水着姿を追いかけていたり?」
「そ、そんなこと有る訳ないじゃない」
「お。慌てたってことはそういうことかな」
「……いやいや、そういうつもりじゃないから! マジで!」
それはともかく。
もう一度僕はプールに目線をやった。
それは何故だか分からない。プールに、もしかしたら見たいものがあったのかもしれない。
飛び込み台の上に居る、一人の少女。
青がかったポニーテールの髪型をした少女は、いざ飛び込もうとしたポーズを取っていた。
そこで。
僕の視線に気づいたのか、僕の方を振り向いた。
僕は慌てて目を背けようとしたが、それよりも先に、視線の正体に気づいた彼女は僕にピースサインをした。
は、恥ずかしい。
僕はそんなことを思いながら、職員専用の出入り口から外に出るのだった。
※
「――です。よろしくお願いいたします」
次の日のショートホームルーム。僕は普通に挨拶を済ませると、窓際の後ろから二番目の席に案内された。そしてその一番後ろには、見覚えのある姿があった。
「あ、君は昨日の……」
「おっ、のぞき魔くんじゃないか。まさか転入生なんてね」
「ばっ、ち、違うよ!」
「あれ? 木村くんと伏見さんは早速仲良くなっているのかしら? 嬉しいことねえ」
担任の徳重先生は、そう言って笑顔で僕たちを見る。
「「そんな訳ないですよ!!」」
僕たちの声は、何処かハモったような気がした。
それがクラスの笑いを誘う。
仕方無く、僕はその席に腰掛けた。
彼女は、後ろからひそひそ声で語りかける。
「あんたのせいで変な空気になっちゃったじゃない」
「僕が悪いって言うのかよ?」
「あんたが悪いわよ。……えーと、私の名前だけれど、伏見あずさ。よろしくね」
そう言って、あずさは笑いかける。
何だかこの席も悪くないような気がして――一時間目の授業が始まるのだった。
※
「部活、決まっているの?」
放課後。あずさにそう問いかけられ、僕は首を傾げる。
「どうして?」
「この学校、部活動に入るのが強制になっているから、帰宅部なんて選択肢は不可能よ。一応言っておくけれど」
「そうなの?」
「そうなのよ。それで、貴方に質問なんだけれど」
「うん」
「UFOに興味ある?」
「……は?」
「UFO。未確認飛行物体。宇宙人の乗り物という意味を込めて、エイリアンクラフトなんて呼ばれることもあるわね」
「それが、どうしたって言うんだ? 僕がUFOに興味があることと、何か問題が?」
「興味はあるのか、ないのか。そこが問題なの」
ない、と言えば嘘になる。
和風西洋様々なオカルティックな噂に興味を持っていた父の影響で、そのような雑誌を小さい頃から触れていた。オカルティックな噂をテーマにした小説も書いたことがある。それを小学生時代にいじめっ子にクラスで大声で読まされたのは……はっきり言って思い出したくない思い出の一つだ。
「で、どうなの」
彼女はずい、と前に出て僕に問いかける。
「興味はあるの? ないの?」
「…………あります」
「え? 聞こえない」
「あります! オカルトに興味があります!」
「それで宜しい!」
彼女は手を差し出し、僕に笑みを浮かべてきた。
「それじゃあ、招待するわ! 貴方を『宇宙研究部』に!」
――宇宙研究部?
僕の頭は、直ぐに疑問でいっぱいになるのだった。
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