第6話 第三種接近遭遇⑥

 次の日。

 いつも通りに登校をし、いつも通り席に着く。


「昨日は楽しかったわね、いっくん」


 後ろには既にあずさが腰掛けている。頼むから周りが聞いたら疑うような発言をするのは止してくれないか。もし周りが聞いていたらどんな発言が帰って来るやら――。


「大丈夫よ、どうせみんな誰も聞いちゃいないから」

「そういうものなのか?」

「そういうものなのよ」


 僕とあずさの会話は、チャイムによって終了せざるを得なくなった。

 担任の徳重先生が入ってくると、ぱんぱんと手を叩いた。


「はい、皆さん、座った座った! 今日は転校生を紹介するからね!」

「転校生?」

「珍しいわね、僅かな時期を空けて二人連続なんて」


 確かに、珍しい。

 同じ日に二人入ってくるなら分かるが、若干のタイミングをずらして二人入ってくるのは少し珍しいように見える。


「さあ、入ってきて!」


 先生の言葉を聞いて、一人の『女子』が入ってきた。

 黒髪が目立つ少女だった。黒いロングヘアーに、ぱっちりとした目。目鼻立ちが良いとはこのことを言うのだろう。そんなことを思いながら、僕は彼女をじっとただ見つめていた。

 いや、僕だけじゃない。

 きっとクラスのみんな(主に男子)が彼女に夢中になっていたに違いなかった。

 それはきっとふしだらな気持ちがあったとか、そういう訳ではなく。

 彼女には見惚れる程の、何らかの才能があるようにも感じ取れた。

 そして、一段上になっている教壇に立つと、彼女はずんと前に一歩動いた。


「私の名前は、高畑アリスといいます」


 踵を返し、黒板に白墨で文字を書いていく。

 その文字は達筆で、綺麗に読むことが出来た。

 その文字を見て、僕は最初はハーフか何かかと思った。

 アリス、なんて名前は日本人には似つかわしくないと思ったからだ。


「私のことを、日本人じゃないと思った方も居ると思います」


 まるで、僕の心を読まれたような、そんな感覚だった。

 というか、僕のことをじっと眺めていた。


「……あんた、あの子の知り合いなの?」


 後ろからひそひそとあずさが声をかけてくる。

 そんな訳あるか、と僕は一笑に付した。

 そもそももし知っている人間なら、僕かアリスが反応を示すはずだ。

 それをしないってことは、お互いに知らないってこと。

 いや、或いは――アリスが一方的に僕のことを知っている、ということになるのか?

 だとしたら、彼女はいったい何者なんだ?


「高畑さんは、伏見さんの隣の席が空いているから、そこに座ってね」


 そう言われて、素直に頷くアリス。

 そうして彼女はすたすたと歩いていった。

 その歩いていく姿も何処か妖艶な様子を漂わせていて。

 あっという間に彼女はクラスのマドンナになってしまうのだろうな、なんてことを思わせてしまう程だった。

 そして席に腰掛けると、彼女はじっと僕を見つめる。

 僕は目線を逸らした。どうして彼女が僕のことを見つめているのか分からなかったけれど。


「ねえ、どうしていっくんのことを見つめているの? まさか、あなた彼と何か関係性でも?」


 まさかまさかの、あずさが単刀直入に聞いてきた。

 そんなこと普通してくるか……と思ってしまう程だったけれど、まあ、都合が良い。僕も出来れば聞いておきたかったことだったし。

 しかし、彼女は何も答えなかった。答えずに教科書とノートを鞄から取り出して、授業の準備を進めた。

 要するに無視である。

 最悪のスタートを切ってしまったな、と僕は思いながら、僕もまた授業の準備を進めるのだった。



   ※



「仮入部期間が終わった訳だけれど、どう? 引き続き入ってみたいと思う?」

「うーん、悪くない場所だと思うし、このまま引き続き入っていくのも悪くないかな……とは思っているけれど」

「やたっ! 新しい部員が増えるのは良いことよ。何せ部費が増えるからね!」


 放課後。僕とあずさは廊下を歩いていた。目的地は図書室。既に鍵は借りているようなので、誰かがもう部室(という名前の、図書室副室)に入っているのだろう。

 そんなことを思いながら、僕は廊下を歩いていた訳なのだが――気になったのは、昨日、あずさが言ったあの言葉だった。



 ――逃げるなら、今のうちだから。



「なあ、あずさ。昨日言ったあの言葉、って――」

「ねえ、お二人さん」


 僕達の会話に割り込んできたのは、誰だったのか。後ろを振り返ると、そこに立っていたのは、アリスだった。

 アリスは未だ転校一日目だったはずだが、どうしてこの場所が分かったのだろうか?


「だって、二人が仲良く歩いていたら気になるじゃない。だから私もついてきたのよ」

「いや、その理屈はおかしい」


 そもそも、彼女の行動は最初から謎だった。


「……一応聞いておきたいんだけれど、どうして今朝僕の顔をじっと見ていたんだい?」

「それは、君がずっと私の顔を見ていたからだよ。にらめっこ、にらめっこ!」

「にらめっこという問題じゃないような気がするけれど……」

「とにかく! 私は貴方達についていくことに決めたから。そのつもりで!」

「いやいや、貴方いったい何者なの? そもそも慣れ慣れ……」


 僕はあずさの言葉に割り込むように、彼女に耳打ちする。


「もしかして、彼女は宇宙人なんじゃないか?」

「何ですって?」

「昨日、UFOが僕たちの目の前に現れただろ? あれってもしかして『警告』だったんじゃないか、って思うんだよ」

「警告? 何のために?」

「分からないけれど……、でも、一度野並さん……部長達がUFOを目撃したのは確かだろ?」

「それはそうだけれど……」

「そこで、基地の人間は僕達に目をつけたんじゃないか? 基地の正体を突き止められないように」

「じゃあ、私達、殺されるかもしれないってこと?」

「分からないけれど……」

「ねえ、何の話しているの?」


 アリスが僕達に声をかけてきた。

 一先ずは、この状況を打開しなければならない。


「……ええと、今から私達は部活動に行く訳なんだけれど?」

「どんな部活動?」

「宇宙研究部という部活動なのだけれど」

「宇宙研究部!?」

「そ、そんなに驚くことかしら」

「いや、驚くことじゃないかもしれないけれど……、私が居た中学校じゃ、そんな部活動はなかったから」

「だろうね。僕が居た中学校でもそんな部活動は見当たらなかったはずだ。と言っても二ヶ月程度しか居なかった訳だけれど」

「ちょっとその部活動に興味があるのだけれど、私もついていっていい?」

「え?」

「駄目?」

「駄目……じゃないと思うけれど」

「おい、どうするんだよ」


 再び耳打ちする僕。


「どうするったって、ここで断ったら怪しまれるに決まっているじゃない。だったら、ここはすんなり受け入れるしか道はない。そうじゃない?」

「そりゃそうかもしれないけれどさ……」

「ねえ、さっきから何こそこそしているの? そんなに私に聞かれたくないことでもあるの?」

「そ、そういう訳じゃないよ。な、なあ?」

「え、ええ。そうよ! 貴方に聞かれて困る話なんてある訳ないじゃない」


 ……はっきり言って言い訳がましい。

 出来ることならこのことは忘れてしまって欲しい。

 そんなことを思っていたのだが、アリスは、ふうん、と一言だけ言って。

 僕達の前をすたすたと歩いて行ったのだ。


「……あ、あの、アリス?」

「ねえ。私もその宇宙研究部に興味が湧いたの。場所を教えてくれないかな?」

「別に問題ないけれど……」

「良かった!」


 アリスは笑みを浮かべて、ぴょんぴょんと跳ねながら、あずさの腕を取った。あずさの腕がぶんぶんと振り回される形になるが、それは彼女はどうでも良いといった漢字に捉えられていた。


「もし、駄目と言われていたらどうしようかと思っていたのよ。だから、それについてはほんとうに嬉しいことばかりだわ。だから、嬉しくて仕方ないの!」

「そ、そう。良かったわね」


 ちょっとついていけてないような様子が見えるけれど、それは仕方ないのかもしれない。

 それよりも今はこの変わった部員について、部長達に紹介しなければならない。

 そんなことを思いながら、僕は窓から空を眺める。



 外では、蝉が鳴いていた。

 UFOと僕たちの夏が、始まろうとしていた。


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