第8話 「モヒト教授再び」

「おーい、待ってくれ!」

 レイチェル達が次の町を目指して街道を進んでいると、後ろの方から声が聴こえて来た。

 馬蹄を響かせ騎影が一騎、近付いてくる。

 一行が立ち止まって様子を見ていると、馬上の主が見覚えのある男の姿であることに気付いたのだった。

「モヒト教授!」

 レイチェルは驚いて声を上げた。

「やあ、皆さん。やっと追いついた」 

 微笑みながらそう言うと、モヒト教授はストンと地面に着地した。

 モヒト教授の姿は、いつぞやの別れの時の姿と全く一緒だった。鎖鎧の上に鉄の胸当てを装着し、腰には手斧を差している。あとは肩の後ろに何かを担いでいるようだった。

「誰なんだ?」

 デレンゴが問う。

「我々の知己、モヒト教授だ」

 グレンが軽く紹介した。

「あなたとは初めてですね。どうも、僕はモヒトです」

「おう、俺はユメノ流剣術門下生にして剣豪のデレンゴ様だ」

 二人は握手を交わした。それが終わるのを見計らって、レイチェルは尋ねた。

「でも、モヒト教授どうしてここに? トロルとの和解できたのですか?」

 するとモヒト教授は微笑んだ。

「ああ、実は和解が成立したんだ」

「ほお、そいつは何よりだ」

 グレンが驚いたようにそう言い、レイチェルも同じ心境になりつつ再び尋ねた。

「でも、どうやってですか?」

「実は、我々の手料理を振る舞ったのさ」

「手料理を?」

 レイチェルは意外な答えに驚いた。

「そうなんだ。トロル達は主に生肉しか食べて来なかった。だから岩塩と香辛料で味付けした炙り肉を差し出したんだ。トロル達は調味料や香辛料というのを知らなかったらしい。物凄く興奮し、後は言われるがままに彼らのお腹が満たされるまで味付けした肉を差し出し、時にはシチューや、果物のジャム、色々思いつく限りの料理を振る舞った。そしたら機嫌が良くなって、彼らはルビーやアメジストで装飾された金銀の冠を僕達に渡してきたのさ。後はトロル語を、これは僕じゃなくてワニヤ女史なんだがね、とにかくワニヤ女史が和睦の交渉に乗り出すと、こちらの調味料や香辛料と引き換えに、今後トロル達は鉱石を差し出すということで合意したんだ。後は、こちらが少し譲歩して、トロルが町を訪ねたらシチューやジャムなど食事で持て成すということで決着がついた」

 モヒト教授が言い終わると、レイチェルは感心した。一般的に人から魔物と呼ばれる者達は料理をしないのだ。つまり限られた味しか知らない。これは自分が目指す魔物との和解について貴重な情報源となった。そう思うと、今すぐ、地上へ降りて、肉体に戻り、各地の魔物達を訪ねて回りたい心境に駆られた。

「それでなのですが」

 モヒト教授が幾分神妙な顔つきで口を開き言った。

「改めて、この僕を皆さんのお仲間に入れて頂けないでしょうか?」

 そう言われレイチェル達は顔を見合わせた。

「おいおい、アンタどう見ても強そうには見えねぇぜ。俺達はよ、最後は闇の連中の国境を突破するんだぜ。どんな激しい戦いになるのかも知れねぇし、アンタじゃ無理じゃねぇのか?」

 デレンゴが言った。するとクレシェイドも同意した。

「残念だが、デレンゴの言う通りだ。モヒト教授、我々はレイチェルの身や自分の身を護るので精いっぱいだろう」

 するとモヒト教授は応じた。

「それは勿論、分かっています。私は戦うのは確かに得意ではありません。ですが、この兵器が私自身の身を護り、場合によっては皆さんの身も守ってくれる。そう信じてこれを持ってきました」

 モヒト教授はそう言うと肩に担いでいた物を下ろして見せた。

 レイチェルはそれは自分が持ってる弩に似ていると思った。しかし、弦も弓の部分も取っ払われた木製の筒だった。引き金はあるが、これでは矢は飛ばせないだろう。

「何だ、そいつで引っ叩くのか?」

 デレンゴが問うとモヒト教授は頭を振った。

「いいえ、簡単に言えば、これは雷を飛ばす武器です」

 そして、レイチェルも今気付いたのだが、モヒト教授は身体に斜めに回しているベルトに刺さった、銀色に光る、丸みを帯びた瓶のような物を一つ抜き取って見せた。

「これは雷火弾と言います」

「その輝きはミスリルか?」

 グレンが問うとモヒト教授は頷いた。

「そうです。この雷火弾、まぁ、ミスリルの容器に魔法使いの雷の魔術を詰め込んでもらいます」

 全員が不思議そうに、あるいは真剣に見ている中で、モヒト教授は木製の筒の後ろの上部の蓋を開け、雷火弾を装填した。

 モヒト教授はまるで弩をそうするかのように筒を構えた。

「この本体を雷鳴砲と呼びます。その威力ですが、人を気絶させる程度に威力を絞られた魔術の雷を飛ばします」

「何だ、殺せないのか」

 デレンゴが言った。

「すみません、僕は、殺すのはどうしても駄目なんです。でも、この雷鳴砲を身に受ければ簡単には目覚めません」

「ハハハッ、そんな弓矢でもない子供騙しが通用するかよ」

 デレンゴは嘲笑う様に言い、そして言葉を続けた。

「だったら、そいつで俺様を気絶させてみな。そんでもって、たっぷり半日以上、眠りこけてたら、オメェさんのその武器を信じて、一緒に旅に加えてやろうじゃねぇの」

 デレンゴはレイチェル、グレン、クレシェイドを見た。

「教授の言う通り、半日以上も受けた相手を無力化できるというならば、心強い力となるな。俺は異存はない」

 クレシェイドが答えた。グレンも頷き、レイチェルも同意した。

 するとモヒト教授は困ったように言った。

「しかし、他の方法で試してはもらえませんか。本当にこの兵器は人を気絶させるほどの威力があるんです。僕も、勇敢で少々無鉄砲な助手に試すことになりましたが、本当に半日以上起きることがありませんでした」

「くどいぜ、教授。このデレンゴ様が試してやろうって言ってるじゃねぇか」

 デレンゴはからかうように両手を上げて筒の真正面に陣取った。

「仕方がない、わかりました。この雷鳴砲の威力をデレンゴさんで試させていただきます」

 そしてモヒト教授はデレンゴに下がるように言った。デレンゴは十歩近く下がったが、モヒト教授はまだまだ下がるように言った。そして大分離れたところで止まるように言った。

「デレンゴさん、いきますよ!」

 モヒト教授は筒の先に収納されていた十字の照準を立てて狙いを定めた。

「おうおうおう、いつでも来やがれってんだい」

 デレンゴは自信満々にそう応じた。

 その時、天地を揺るがすような轟音が響き渡った。

 レイチェルは音に驚きつつも見た。雷鳴砲の先から一筋の稲妻が地を穿って走り、あっと言う間にデレンゴにぶつかり彼を無言で転倒させたのを。

「凄まじい音だったな」

 グレンが言うとモヒト教授は苦笑いした。

「そこだけがどうしても直せない課題でした」

 そしてモヒト教授は筒の先端にあった左右の扉を開いた。

「あとはこうすれば広範囲に渡って稲妻を発することができます」

 そして引き金を引くと、再び雷鳴砲は大地を轟かせた。今度もレイチェルは見た。モヒト教授の言う通り、放射状に無数の稲妻が飛び出すのをだ。そして装填した雷火弾が外に飛び出してきた。

 モヒト教授はそれをヒョイと手に取った。

「雷火弾の中の魔法力が無くなると、こうして自動的に飛び出してきます」

 モヒト教授が言った。

「これでデレンゴが半日以上起きなければ、こいつは心強い助っ人になるな。違うか友よ?」

 グレンがクレシェイドに問うと、漆黒の戦士も頷いた。

「多勢に無勢というところでも役立つだろう。音の問題はあるが、正直、凄い兵器だ」

 そしてのびてしまったデレンゴを馬の鞍の上に寝かせ、一行は出立した。

 その道中、モヒト教授は、雷鳴砲の中身がミスリル製であることを明かした。魔力を遮断するミスリルだからこそ、持ち手に影響が出ないということだった。

 そしてデレンゴはたっぷり一日経ってから目を覚ましたのであった。

 デレンゴは己の不甲斐なさを嘆くと言った。

「約束通り、モヒト教授。オメェさんは今日から俺様達の旅の仲間だ。男が決めたことだ。反対意見はねぇだろうな?」

 レイチェルは頭を振った。クレシェイドとグレンも賛同した。

「おお、やった!」

 モヒト教授は小躍りして喜んでいた。

「だが、モヒト教授、何故それほどまでに我々と共に行きたいと思われたのだ?」

 グレンが問うと、モヒト教授は答えた。

「前にも言いましたが、外の世界を見てみたいというのもありました。それから」

「それから?」

「何故かは知りませんが、僕はこの旅の行く末を見届けなければならないような気がしたのです」

「運命神サラフィーのお導きかもしれんな」

 グレンが応じた。

 そして一行は次なる場へ向けて歩き続けたのだった。

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