第7話 「狼退治」

 新たな仲間、自称剣豪のデレンゴを加え、旅は進んでいた。

 だが、やはり行く先々で、クレシェイドの最愛の人ネセルティーの手掛かりは得られなかった。

 レイチェル達は新しい村へと到着した。

 今までは町や村など人里はさほど互いの距離が離れていなかったが、今回の村だけは随分と時間が掛かった。

 空は既に夕暮れを迎えている。歩き通しだった一行は宿を求めて村の中を歩んでいた。

 レイチェルが気付いたことは、篝火が村の至るところで焚かれていたことだった。人々も険しい顔つきで槍や斧を手にして彷徨っていた。

「何だ、戦でもあるって雰囲気だな」

 デレンゴが言い、レイチェルもそう感じた。この物々しさは確かにただ事ではない。

 そんな武装した村の男にレイチェルが宿の場所を尋ねに走ると、相手はぶっきらぼうに場所を伝えた。

 やはり殺気立っている。彼女はそう確信し、仲間達のもとへ戻った。

 村の宿兼居酒屋に入ると、そこでも武装した男達が勢揃いしていた。そんな彼らの警戒するような訝しむような視線を受けて一行は席に案内された。

 居酒屋には人がいたが、和やかな雰囲気とはかけ離れていた。ここでも空気が緊張している。

 若い女が食事を運んできた。その顔が兜を脱いだクレシェイドを見て一瞬固まった。

「駄目だぜお姉ちゃん。そいつには既に恋人がいるんだからよ」

 デレンゴが言うと、若い女はハッとしたように言った。

「別にそんなんじゃないわよ」

「俺で良かったら、恋人になってやるぜ?」

 真面目なのか、からかってるのか分からない口調でデレンゴが言うと、女はそっぽを向いた。

「アンタみたいなむさ苦しい男なんて誰が恋人に欲しいもんですか」

 そして彼女が言ってしまうと、デレンゴが寂し気に溜息を吐いた。どうやら先程の台詞は割と本気だったようだ。

「まぁ、落ち込むな。世界は広い。お前さんにも機会は巡ってくるさ」

 グレンが慰めの言葉を掛けた。レイチェルは女の目線でデレンゴを観察して言った。

「デレンゴさん、お髭剃れば良いんじゃないですか?」

「馬鹿な、髭は俺様にとっての命だ」

 デレンゴが少しだけ声を上げて応じたのでレイチェルは再び言った。

「だったら、左右の髭を揃えるぐらいはした方が良いと思います」

「良いんだよ、これで。こいつが俺様のトレードマークなんだからよ」

 そう反論され、彼の恋は尽く失敗の道を辿るだろうと、レイチェルは嘆息した。

 食事を続けていると、数人の男達が席を立ってこちらに歩いてきた。

「邪魔するぜ。アンタら戦士みたいだな」

 するとデレンゴが大威張りで応じた。

「おうよ、ユメノ流剣術使い、剣豪デレンゴ様とは俺様のことよ」

 だが村の男達はデレンゴの言葉を聴き流し、クレシェイドに視線を向けていた。

「かなりやりそうだな、アンタ。一つ頼みを聞いてはくれねぇか?」

「頼み?」

 クレシェイドが応じると村の男達は頷き、そのうちの一人が喋った。

「ダイアウルフを知ってるか?」

 レイチェルは知っている。仔馬ほどの大きさの狼でかなり凶暴な性格をしている。それがどうしたのだろうか。相手は話を続けた。

「そのダイアウルフが近頃この辺りに移り住んできて、この村を襲う様になってきた。アンタらも歩いてきたんだろうから分かるだろうが、この村は長旅の中継地点だ。そう易々と放棄するわけにもいかない。それで明日、村中の男総出でダイアウルフ狩りをしようということになったんだが、何せ、こっちは殆どが荒事には素人だ。だから是非ともアンタらに、いや、特にアンタに助勢を頼みたいんだが……。無論、報酬は出す。どうだ引き受けてくれねぇか?」

 クレシェイドが仲間達の顔を見た。

「これからの旅、金は必要だな」

 グレンが言い、レイチェルも頷いた。

「分かった。力を貸そう」

 クレシェイドが応じると、村の男達は多少の笑みを見せてくれた。



 二



「では、行ってくる」

 狼退治に息を捲く村の男達と共にクレシェイドは出立した。彼はレイチェルは勿論、グレンとデレンゴにも来る必要は無いと言った。デレンゴは自慢の剣技を振るおうとはりきっていたらしく、落胆した様子だったが、すぐに元気を取り戻した。

「だったら自主練だ。ヘイキチ師匠も言っていた。毎日の積み重ねが肝心だと。そうだ、積み重ねだ!」

 デレンゴが仲間に入ってから、この旅の最中、その言葉は幾度も聴いていた。そして有言実行、デレンゴは毎日鍛錬に励んでいた。これは尊敬に値することだった。

 見送りに出て来た村の女衆と共にレイチェル達は引き上げた。

 彼女も自主練をしようとしたが、弩の練習が出来そうな場所は見つからなかった。だったらと、彼女は人相書きを持ち、ネセルティーについての訊き込み活動を行った。

 だが、女達は首を振るばかりだった。

 ここでも成果が無いのか。そう思った時だった。

 村の入り口の方から女の悲鳴が上がった。

「何でしょうか?」

 レイチェルは喋っていた女と共に入り口の方へ駆け出した。

 そしてその光景を見て驚いた。そこには大きな狼達が群れを作って待ち受けていたのだ。若い女がその太い前足に押さえつけられている。

「だ、ダイアウルフ!?」

 レイチェルと共に来た女が声を上げた。

 レイチェルは緊張しつつも、指示を飛ばした。

「皆さんに知らせて下さい! それと建物から出ない様に!」

 もしかすれば、下の世界に帰れず、ここに骨をうずめることになるかもしれない。レイチェルはそう覚悟しながら弩のハンドルを最大限に巻き上げ矢を番えた。

「た、助け……」

 踏まれている女がそう言った時、ダイアウルフが大口を開けて喰らい付こうとした。レイチェルはすかさず引き金を絞った。

 鉄の矢が風の唸りを上げて女を食い殺そうとしたダイアウルフの顔を貫き、絶命させた。

「早くこちらへ!」

 レイチェルが呼ぶと、女は尻を引きずったまま後退してきた。

 これでは間に合わない。

 その時だった。ダイアウルフ達の足元から煙が上がり、獣達の悲鳴が木霊した。

 砂煙が晴れると、そこには地面から無数の氷柱のような物が突き出し何頭ものダイアウルフを貫いて殺していた。

「嬢ちゃん、怪我はないか」

 老魔術師が歩んできた。

「グレンさん」

 腰を抜かしていた女は慌てて立ち上がりこちらへ駆け付けて来た。

「ありがとうございます」

 女が涙を流しながら礼を述べる。

「早く家の中へ避難してください」

 レイチェルはまくし立てる様に言うと、近くの家屋の扉が開き、女を迎え入れて閉じた。

「さあ、来るぞ!」

 老魔術師が声を上げる。

 それと同時に生き残ったダイアウルフ達が村の中に侵入し、猛然とレイチェル目掛けて殺到してきていた。

 弩は間に合わない。レイチェルは弩を捨て短剣を取り出した。

 後ろでは老魔術師が魔術の詠唱を詠む声が聴こえる。

 ダイアウルフが跳びかかって来た。その大きな体躯がレイチェルの身体にのしかかり、鬼の様な唸り声と獣のにおいを撒き散らす。

 怒り狂った目をしていた。そして大口を開きレイチェルに喰らい付こうとした。

 レイチェルはすかさず短剣でその首元を横から力いっぱい突き立てた。

 皮を破り肉を裂く嫌な感触が伝わって来た。

 だが、狼は怯まず口を近付けてくる。短剣に力を加え、ねじり込むが、ダイアウルフは絶命しなかった。

 何という執念だろうか。それの前にレイチェルは本当の死を覚悟した。

 その時、横からダイアウルフを蹴り上げる影が割り込んだ。

「芋、じゃなかった。レイチェルさん、大丈夫か?」

 デレンゴがレイチェルを庇う様に進み出ながら言った。

「すみません!」

 レイチェルは礼を述べながらすぐさま立ち上がった。血の滴る短剣を構え直す。

 狼が跳びかかって来た。

 それをデレンゴが剣で切り裂いた。臓腑を撒き散らし狼は血の海に沈んだ。予想以上の剣の腕前だった。

 しかし狼達は次々躍り掛かってくる。

「こいつは分が悪いぜ」

 狼を切り捨てながらデレンゴが呟いた時だった。

 頭上から幾つもの細い稲妻が降り注ぎ、狼達を貫いた。そして獣達は二度と立ち上がらなかった。

 しかし、それで恐れて逃げる狼達では無かった。第二陣が三人を取り囲み、唸り声を上げながら躍り掛かる姿勢を見せてくる。

「芋、じゃなかった。レイチェルさんよ。アンタを護り切れねぇかもしれねぇ」

 デレンゴが横目で見つつそう言った。レイチェルは頷いた。

「構いません。戦って死にましょう」

 レイチェルが言うと、老魔術師が肩に手を置いた。

「二人とも良い覚悟だ。だが、自暴自棄になるな。この魔術師のことを忘れてもらっては困る」

 顔を見上げると、グレンはニヤリと笑みを浮かべた。そして声高に短く魔術を詠んだ。

 狼達が襲い掛かってきたが、その身体は煉獄の火炎に焼かれ声も残すことなく炭となった。炎の防壁が三人を囲んでいる。レイチェルは今のうちに弩を取り出し、弦を最大に巻き上げて矢を番えた。

 不意に鬨の声が上がった。

「何事かあったか? 術を解くぞ」

 グレンが言い、炎が消滅した。生き残ったダイアウルフ達がまず目に入る。そしてレイチェル達の後ろから手に手に武器を構えた、怒りの形相をした村の女達の姿が映った。

 彼女達は再度、鬨の声を上げて合流した。

 そして意を決したように狼達に襲い掛かった。

 レイチェル達は呆気にとられながらも、彼女達が不利になったらすかさず手を伸ばす役目を果たすことに専念し、あちこち飛び回った。

「追い詰めて、追い詰めて!」

 掴み取った獣の臓腑を投げ捨て、血塗れになりながら女達が声を上げた。

 数を減らした狼達は徐々に後退してゆく。

「今よ、魔法使いのおじいさん!」

 女達がこちらを振り返って言った。

 グレンは短い旋律を詠む。すると特大の炎の球が幾つも狼達目掛けて、掲げ持った杖先から飛来し、狼達に衝突し、そこは火炎地獄となった。狼達の生きながら焼かれる断末魔の声が無数に轟き、やがて炎は何事も無かったように消し飛んだ。そこには獣の骨だけが散らばっていた。

 


 三



 成果が得られず戻って来た男達は村の光景と、血塗れで談笑する女達の姿に驚いていた。

「狼どもめ、俺達を出し抜きやがったな」

 男達は誰も犠牲者が出なかったと知ると、幾分安堵し、忌々し気にそう言い捨てた。

「皆、無事か」

 クレシェイドが駆け付けて来た。

 三人は揃って親指を立てた。

 戦士は兜を脱ぎ、微笑んだ。

「レイチェル、衣装が酷いことになっているな」

 クレシェイドに言われてみて気付いたが、神官の純白の衣装は血に汚れ、そして知らぬ間に所々大きく裂かれていた。下に鎖鎧を着ていなかったら身体を引き裂かれていていただろう。

「アンタ達には本当に礼を言わせてもらうわ」

 村の女達が勢揃いして言った。

「何の縁もゆかりもない私達のために命を張ってまで戦ってくれた。その姿が私達に勇気をくれたの」

 そうして口々に感謝を述べられ、レイチェルはこそばゆくなった。

 ここでも宴会が開かれた。しかし今度の主賓はクレシェイドではなく、レイチェル達三人だった。若い女達が花輪を持って集まったが、それは全てグレンの首に掛けられた。幾分老魔術師が照れるように笑うと、その隣で相手にされていないデレンゴはヤケ酒を始めていた。少しだけ不公平だと思い、レイチェルはグレンから花輪を一つ貰ってデレンゴの首にかけてやった。

「芋姉ちゃん、アンタ、良い人だな」

 すっかり酔いが回ったデレンゴは、感極まって泣き出してしまった。

 そして翌日、二日酔いのデレンゴを引っ張るようにして、レイチェル達は村を旅立った。ちなみにレイチェルはここですっかりボロボロに成り果てた神官の衣装を諦めた。今の彼女は深い緑を基調とした服装になっていた。

 その姿はどこか森に生きる狩人のようにも見えたのであった。

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