第6話 「新たな仲間」
再び阿鼻叫喚の世界が広がった。
クレシェイドの剣が容赦無く、打ち掛かってくる盗賊達を切り裂いている。
一方、助けに来た男は、最初の方は敵の動揺もあってか優勢だったが、次第に数に呑まれ、追い詰められていった。
助けなければ。レイチェルが弩のハンドルを回そうとしたところをグレンが止めた。
「私に任せておけ」
グレンが杖を掲げ魔術の詠唱を始めた。
途端にレイチェルは度肝を抜く光景を目にすることになった。
グレンの姿が見る見る若返ってゆく。その顔はあのヴァルクライムそっくりで彼よりも少し若い感じだった。そしてこちらも驚いたことに掲げた杖が剣に変貌した。
「グレンさん?」
「見てのとおり身体を若返らせる魔術だ」
グレンが敵の背後目掛けて駆けた。その足の速さに驚いた。もう敵の背に追い付き、そして剣を振り回した。
血飛沫が舞い散り、断末魔の声が幾つも木霊した。
「お主の剣術は百人に勝るという触れ込みでは無かったのか?」
グレンが言うと、助けに来た男がバツが悪そうに応じた。
「今日はちょっと調子が悪いだけだ!」
「ほう、そうか」
そして二人が敵を切り裂いてゆく。助けに来た男は、確かに強いかもしれないが、危なっかしい動きも目立った。そこをグレンがすかさず助勢に入る。次第に盗賊達は打ち掛かって行くのを止めた。そしてこちらを振り返る。
クレシェイドの周囲には賊が残した血の溜まりと武器だけが残っていた。
今、彼は敵の首領と一騎討ちを演じていた。
賊の首領、スカーレッドの弟分ウェザーコックは大斧を振り回し、猛撃を続けていた。クレシェイドはそれらを受け止め、そして剣を振り上げた。
ウェザーコックの手から得物が吹き飛ぶと、残った手下達は一挙に茂みの中に逃亡した。
「お前は執念深そうだ。俺達の旅路に無用な禍根は残すわけにはいかない」
クレシェイドが冷たい声で言い、剣を振り翳すと、賊の首領は尻餅を着いて言った。
「待ってくれ! アンタに勝てないことはわかった! 俺が悪かった、許してくれ!」
その必死な声を無視してクレシェイドが剣を振り下ろそうとした時、レイチェルは声を上げていた。
「待って!」
「レイチェル?」
クレシェイドが振り返った。レイチェルは彼のもとへ駆け付けた。そして驚きと怯えで目を見開いている賊の首領に尋ねた。
「もう盗賊は辞めますか?」
過去にもこのような境遇で生き方を変えた人物がいたため、ついでに兄貴分の仇を討つという心にも少しだけ感心し、憐れに思いつつ、レイチェルはそう尋ねていた。
「あ、ああ! 辞める! 盗賊からはこれっきり足を洗う!」
首領は勢いよく地べたに頭を擦りつつそう叫んだ。
レイチェルは厳しい目でしばし吟味した後、クレシェイドに言った。
「許してあげましょう」
「しかし、兄弟分の仇を討ちに来るような男だ。その執念深さは今後、小さいながらも俺達の旅の不安要素にも成り得る。ここで首を落とす方が賢明だ」
クレシェイドの言うことも、もっともだが、レイチェルは譲らなかった。人には更生できる力がある。その場を提供する役目を担っているのは現在のところ自分達なのだ。
「私達がこの人の運命を握っています。ここはこの人の思いを信じて――」
その時だった。地べたに頭を押し付けていた賊の首領が突然、躍り掛かってきた。その手には短剣が握られていた。
レイチェルは反射的に突き出される剣を弩で受け止めた。
「ちいっ!」
賊の首領は舌打ちした。クレシェイドが剣を振り下ろす。敵は脳天から真っ二つになり地面に落ちる前にその姿は消滅した。血煙だけが飛散し、更に地面を朱に染めた。
「レイチェル、良い反応だったな」
クレシェイドはそう言い、言葉を続けた。
「……これで良かったのさ」
自分は甘かったのだろうか。レイチェルは力なく項垂れるしかなかった。
グレンと助太刀に来た男が合流する。魔術師は既に老魔術師の姿に戻っていた。
「さて、危機を救ってくれようとした貴殿の名を伺おうか」
グレンが言うと、助太刀に来た男は言った。
「悪かったな、あんまし役に立たなくてよ」
レイチェルは相手を見上げた。そして驚いた。致命的に左右不揃いの口髭を見て、彼女の記憶が突然巡り始める。レイチェルは思い出し、かつて盗賊だった男の名を呼んだ。
「デレンゴさん!?」
相手はこちらをマジマジと見詰めて驚愕の声を上げた。
「オメェ! 芋、芋、芋姉ちゃんじゃねぇか!? 何でこんなところに!?」
レイチェルは感激しながらも苦笑いした。
「ここに居るってことは、そうかい、オメェさんも死んじまったんだな……」
デレンゴは力なく肩を落とした。
「いや、彼女は特殊な事情でな」
グレンが言い、彼はデレンゴにレイチェルの事情を話して聞かせた。するとデレンゴは目を輝かせた。
「なるほど、じゃあ、この芋姉ちゃんの魂を下の世界に返すのが俺達の目的って訳だな」
「俺達?」
レイチェルがつい尋ね返すと、デレンゴは両手を左右の腰に当てて言った。
「へへっ、実は神の使いだとかいう角の生えた馬に頼まれたのよ。黒い鎧の戦士、クレシェイド一行の旅に同行して、その力になれってな」
そしてデレンゴは左右の腰に提げていた鞘から剣をそれぞれ抜き放った。
「下の世界にいた時は悪党だったが、今は違う。ヘイキチ師匠って方に弟子入りして、ユメノ流を極めて、最強の剣士を目指してるのさ」
そしてレイチェルを見て言った。
「俺が地獄じゃなくてこっちの世界に来れたのも、芋姉ちゃん、オメェさんのおかげだ」
「私の?」
デレンゴは頷いた。
「俺はあの洞窟でのオメェさんの脱出を手伝って、最期は庇って死んだ。そういうことになっていて、それが神様の琴線に触れちまったみてぇでよ。こうしてこの地上では善人としてやり直せてる。だから芋姉ちゃん、全部オメェさんのおかげだ」
レイチェルはそう言われ、デレンゴが「琴線」という難しい言葉を知っているのに驚きつつも、少しだけこそばゆくなった。だが、最期に自分を庇ってくれたのは間違いなくデレンゴ自身の意思だった。神様はそこを評価したのだろう。
「レイチェルを庇ったのか」
クレシェイドが感心したようにそう言った。
「まぁな。と、言う訳で、このデレンゴ様が今日からオメェさんらを助けてやる。まさか反対意見なんかねぇだろうな?」
デレンゴが面々を見渡しながらそう尋ねたのでレイチェルは頷いた。
「デレンゴさん、これからよろしくお願いします」
「おうよ! 俺様が来たからには百人力だぜ!」
彼は大笑いしながら自信満々にそう応じた。
「そうわけで、俺様の恩人、芋姉ちゃんよ」
「何ですか?」
レイチェルが尋ねると彼は言った。
「この俺様が一つだけ、オメェさんの頼みを聞いてやろう。恩を受けっぱなしってぇのも、落ち着かねぇしな」
「私のために旅に同行してくれる、それだけも本当にありがとうございます」
するとデレンゴは頭を振った。
「ちげぇ、ちげぇ、それはあの馬の頼みだ。オメェさんの頼みじゃねぇ」
レイチェルは神の御使いユニコーンを馬呼ばわりする相手の無頓着さに驚きつつ、悩んだ。そして思いついて答えた。
「じゃあ、その、芋……」
「芋?」
デレンゴが尋ね返す。レイチェルは顔を紅潮させながら言った。
「芋姉ちゃんっていう呼び方を止めてもらえませんか?」
するとデレンゴは訳が分からないというような顔で応じた。
「芋姉ちゃんだからこそ、芋姉ちゃんなんだろう?」
「私の名前はレイチェルって言います!」
レイチェルは多少憤慨しながら言った。顔のこと、体型のことはほんの少しだけ気にしていたのだ。するとデレンゴは答えた。
「なんでぇ、そんな名前あるなら最初からそう言ってくれりゃあ、良いだろう」
レイチェルは口を開きかけたがデレンゴの方が早かった。
「よし、わかった。オメェさんはレイチェルだな。これからそう呼ぶ。これで良いだろう、芋……」
「あっ! また言おうとした!」
レイチェルがすかさず言うと、相手は声を上げて応じた。
「悪かった悪かった。レイチェルさん! これでどうだ?」
「完璧です」
レイチェルは頷いた。
「俺は何だか落ち着かねぇがな」
こうして一行は、新たにデレンゴを加えて再び旅を進めたのであった。
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