第5話 「助っ人現る」

 町の真ん中で二人の若い男女が立っていた。

 それを多くの町民や、旅人達が取り囲み様子を見ている。レイチェル達もまたそんな群衆の中の一人だった。

 町の者達が名残惜しそうに男女に声を掛ける。そうして一通り別れの挨拶が済むと真ん中の男女は向かい合った。

「メルミー、例え生まれ変わったとしても、きっとまた君を見つけ出すよ。そしてまた結婚しよう!」

 男が言うと女は頷き抱き付いた。

「ああ、ロザック。私もあなたを愛しているわ! 生まれ変わっても私達また一緒になりましょう!」

 男が腕を回し女を抱き締める。そして彼は天へ向かって声を上げた。

「おお、神よ、私ロザックは転生することを望みます!」

 女も空を見上げて声を上げた。

「神様、私メルミーも、転生することを望みます!」

 そして二人は向かい合った。

「メルミー!」

「ロザック!」

 次の瞬間、二人の身体が霧の様に薄らいでいった。そして影も形も無くなった。



「どうだった嬢ちゃん、あれが転生の瞬間だ」

 グレンにそう言われ、群衆が解散したことを確認してからレイチェルは正直に答えた。

「驚きましたけど、思っていたより神々しくは無かったですね」

 するとグレンは笑った。

「そうだな。だが、魂は今頃、新たな生を受けている頃だろう。それが人なのか、虫なのか、魔物なのかは、神のみぞ知るところだが」

 そう言われレイチェルは気付いた。魂の転生先は人間とも限らないのだ。彼女は先程の二人が再び人間として生を受けることを祈った。

 そして二人は例によって、クレシェイドの愛する人、このはざまの世界のどこかにいるネセルティーのことを尋ねて回ったが、やはり手掛かりは微塵も得ることはできなかった。

 村よりは大きいが、小さな町だったため、クレシェイドと合流のは早かった。彼もまた成果がないことを述べたが、以前ほど肩を落としていなかった。この世界のどこかに愛する人が今も生き続けている。その事実が鎧の戦士に僅かながら希望を持たせているのだろう。

 今宵の宿を求めようとした時だった。

 町の入り口の方から声が上がった。

「スカーレッドだ! スカーレッドの一味が来たぞ!」

 周囲に突然緊張が走った。男達が町の入り口に殺到する。手に手に武器を握り締めていた。

「わざわざ関わり合いになることも無いが、さて、どうする友よ?」

 グレンが尋ねた時、町民の一人が現れた。

「旅の方、アンタは強そうだ。どうか一緒に来てくれ」

 町民はクレシェイドに向かってそう頼んだ。

「どういう奴らなんだ?」

 クレシェイドが問うと町民の男は答えた。

「ここら近辺の町や村を縄張りとしてる連中だよ。定期的に訪れては暴力と数に物を言わせて、金品や食料を差し出す様に脅してくる」

「盗賊か」

「ああ。もしもアンタが我々を助けてくれたなら、きっと運命神サラフィー様も御微笑みになるはずだ。アンタ方のしている人探しに光明が射すかもしれないぞ」

 そういう言い方は卑怯だとレイチェルは感じた。しかし、その言葉が漆黒の戦士の迷える心を動かしたようだ。

「分かった、行こう」



 二



 町の入り口にはバラバラに武装したならず者達が軍勢の如く押し寄せてきていた。

 誰もが下卑濡れた笑みを浮かべ、町民達を脅している。

「町長、いつも通りだ。用意はできているか?」

 鉄兜を被った屈強そうな男が眦で威嚇し、そう尋ねた。

「スカーレッド、アンタ達の取り立ては厳し過ぎる。せめてもう半分にしてもらえないだろうか?」

 町長の若い男がそう応じると、盗賊達は笑い声上げた。狂ったようなその笑い声は、昔のレイチェルならば怯んで幾分怯えたかも知れない。しかし、命懸けの戦場を経験し、その中で聴いたオークの鬨の声に比べれば生温いものであった。

 盗賊の首領スカーレッドが言った。

「町長、それは駄目だな。腹を空かした俺達がこの町をどうにかしちまうかもしれないぞ」

 その時だった。

「スカーレッド! お前の脅しには屈しないぞ!」

 クレシェイドに助太刀を頼んだ男が、クレシェイドの背を押しながら進み出る。

「なんだぁ、そいつは?」

 スカーレッドがクレシェイドを見てそう言った。

「俺達はこれ以上、お前達に屈するわけにはいかない! この旅の方がお前を斃すとおっしゃって下さった!」

 調子の良い話だとレイチェルは呆れた。だが、この男にはいちおうの人を見る目はあることは事実だ。何せ、軍勢に向かってたった一人の戦士を頼みにするのだから。そんな一見無謀そうな望みだが、クレシェイドならやってくれる。それでも念のためレイチェルも弩の弦を巻き上げた。

「ハハハハッ! 身なりは隙が無そうだが、俺達相手にたった一人だけとは。貧乏くじを引いたな、お前」

 クレシェイドが立っていると、先程の町の男が急かした。

「さあ、戦士殿頼みましたぞ! あなたがこの賊どもを討ち取るところを、運命神サラフィー様にお見せするのです! 必ずやあなたの進路に光明が射すことでしょう!」

「仕方あるまい」

 クレシェイドは長剣を抜き払った。

 町の人々が慌てて遠巻きになる。レイチェルとグレンも進み出た。

「二人とも、俺一人で十分だ」

 クレシェイドがそう制した。

「痛い目みなきゃ、分からねぇ様だな。おう、やっちまえ!」

 首領の声と共に手下どもが殺到してくる。

 しかし、次の瞬間、阿鼻叫喚の世界が広がった。クレシェイドの剣技の前に賊どもは容赦無く、肉塊となり血の海に沈んでいった。

 レイチェルは気付いた。殺された盗賊達が、先程見た転生の時と同じように、その姿が消えてゆくのを。

「な、何だ、こいつ、こんなに強いとは……」

 残りの盗賊は首領スカーレッドと、取り巻きが五人だ。その内の一人が悲鳴を上げて逃げ出した。

「もう町や村を襲わないと誓え。誰も脅さないと誓え」

 クレシェイドが剣を向けると、スカーレッドの取り巻き四人が、捨て鉢になって突撃してきた。四つの首が飛んだ。

「お、おのれ……。や、やってやる! このスカーレッド様は五十人殺しの異名を持つ傭兵だぞ! やれないわけがない! 五十一人目はお前だ!」

 スカーレッドが巨大な鎚を振り上げ向かってきた。

 クレシェイドは一刀の下に脳天から切り捨てた。己の血の海の中に倒れるスカーレッドのその身体が消えていった。

 固唾を飲んで見守っていた人々から歓声が湧きあがった。

「これで我々は救われた!」

 調子の良い人々は祭りを開き、その晩、クレシェイドを主賓にして盛大に騒いだ。死地に一人向かわせ、上手く事は済んだ。レイチェルはそんな調子の良い人々に不満を覚えたが、片っ端から出てくる料理を食べ尽くしているうちにそんな不満など消え失せてしまっていた。

 そして翌日は町の人々が総出で三人を見送った。前日のお祭り気分が抜けきっていないようで、人々は浮き足立ち、はしゃぎ合っていた。



 三



 次の町を目指して街道を行く。次こそはネセルティーの手掛かりがあることを願って、一行は足を進ませた。

 どれほど進んだだろうか。突然、先を行くクレシェイドが足を止めた。

「どうやら挟まれたな」

 クレシェイドが言うと、正面から武装した者達が現れた。

「あいつが黒い戦士か?」

 大斧を手にした若い男が尋ねると手下が答えた。

「そうです。スカーレッドの親分を殺したやつでさ」

 若い男は首領のようだった。そいつは声を上げた。

「おい! 俺はお前に殺されたスカーレッドの弟分、ウェザーコックだ! 兄貴と手下達の仇、討たせてもらうぜ!」

 ウェザーコックはそう言い右手を上げる。すると背後の草むらから賊の手下共が飛び出してきた。

「グレン、レイチェルを頼む」

 クレシェイドはそう言うと剣を抜いた。敵も次々得物をチラつかせた。

 その時だった。

「おうおう、分が悪いみてぇじゃねぇか!」

 男の声が轟いた。

「だ、誰だ!?」

 ウェザーコックが周囲を見回し声を上げた。

 新たな人物は背後を防ぐ賊達の後ろから悠然と歩んできていた。

「黒い鎧に二人連れ。オメェさんらがクレシェイド御一行だな? 俺はオメェさんらを助けに寄越された。後ろの雑魚どもは俺様が引き受けた!」

「ちいっ、三人が四人に増えただけだ! やっちまえ!」

 ウェザーコックが声を上げると賊達が襲い掛かってきた。

「ハッハッハ、ユメノ流剣術は百人に勝るという俺様の触れ込み付きだぜ!」

 助けに来た男も敵へ突っ込んで行った。

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