第9話 「手掛かり」

 モヒト教授が書き上げた新たな人相書きを見て一同は驚いた。ネセルティーの顔だ。以前にグレンが書いたものも上手かったが、モヒト教授の絵はまさに見本と同じだった。レイチェルは絵を描くことが苦手だったので、素直にその腕前に感心したのだった。ついでに、絵なら任せろとデレンゴが描いたものは破滅的な出来であった。描いた本人が恥じ入ってくれたのが救いだったが、もしもこの絵を持って探し歩けば、そこら辺のカエルでも紹介されたかもしれない。

 町に着いて一行は、宿屋を集合場所とし、ネセルティーの行方について訊き込みを開始した。

 レイチェルはグレンと組んで町中を歩いた。道行く人を片っ端から捉まえて聴きまわったが情報は一つも入って来なかった。

 肩を落として歩いていると、レイチェルよりも数歳ほど年下と思われる少女の姿を見付けた。

 そして気付いた。この世界に来てから小さい子供の姿もまた見受けられなかったことを。少女は露店を出し、すり鉢と乳棒で忙しく作業をしていた。

「こんにちは」

 レイチェルは少女のもとを訪ねていた。

「あ、お薬が必要ですか?」

 少女が尋ねて来た。金色の髪をしている。目元が前髪に隠れて見えなかったが、相手は口元を微笑ませていた。

「熱冷ましと、風邪薬を頂こうか。実のままで良い。それを五日分欲しい」

 隣でグレンが言った。

「はい、わかりました」

 少女は幾つも並んだ革袋から薬となる実と葉を取り出し、それを新たな小さな巾着に入れて差し出した。グレンが代金を支払う。

「ありがとうございました」

 少女が礼を述べる。レイチェルは、こんな若くして自立しているのだから目の前の少女が凄いとも思ったし、逆に彼女はこの姿の時の方が輝いていたと神に判断されたわけだから、その死因が気になった。若くしての病死だろうか。だが、そんなことまで尋ねはしなかった。レイチェルは人相書きを差し出した。

「私達この人を探しているのだけど、知らないかな? 名前はネセルティーさん、ネリーさんとも呼ばれてます」

 少女は人相書きを見て頭を振った。

「すみません、記憶には無いです」

「そう……。ありがとう」

「あ、でも」

 少女は思い出したように言った。

「御婆ちゃんなら知ってるかもしれない」

「御婆ちゃん?」

 薬師の少女は頷いた。

「案内します」

 そうして訪れたのは町の奥まったところにある一軒の小さな家だった。

 少女がドアを叩いた。

「御婆ちゃん、いる?」

 すると声が応じた。

「アルミラかい。お入り」

 中から声がし、少女、アルミラが扉を開く。

 そこには揺り椅子に座った老婆がいた。薄暗い部屋だったが、机の上に乗った水晶の玉を見ることが出来た。

 水晶の玉。レイチェルは相手が占い師だということに気付いた。

「お前達は全部で五人じゃなかったのかね?」

 老婆がゆっくりとした声でそう尋ねたので、レイチェルは驚いた。

「ほぉ、我々のことはお見通しと言うわけか」

 グレンが感心したように言った。

「その通りさ。お前達が、今日このアルミラに導かれてやってくるのもね」

「御婆ちゃんは占い師なんです。滅多に占ってくれないけれど、本当によく当たりますよ」

 アルミラが言った。

「さて、お前達二人だけが来ても話にはならんね。黒い鎧の男を連れてきな。今頃は町の集合場所にした宿の前に、他の二人といるだろう」

「わかりました。私ちょっと行ってきます」

 レイチェルが出ようとすると、グレンも同行しようとしたが、占い師の老婆が止めた。

「心配いらん。その娘は無事に仲間と合流する」

 レイチェルはグレンに頷き、占い師の家を後にした。



 二



「占いだぁ?」

 合流し、事情を告げると、デレンゴが胡散臭いとばかりに声を上げた。

「どうせ、インチキやって金をせしめようって魂胆だろうぜ」

「でも、私達が五人組であることを当てましたよ」

 レイチェルが言うと、デレンゴは頭を振った。

「まぐれさ。かまかけてみたら偶然当たっちまったんだよ。なぁ、モヒト教授さんよ?」

 話を振られ、モヒト教授は生真面目な表情を浮かべて言った。

「ですが、当たっていた場合どうします? 我々はネセルティーさんの情報を掴めずにいます。当てもなくこのとんでもなく広大な地を流離うよりは、何かしら希望と言う指標になるものがあった方が良いのでは無いでしょうか?」

 レイチェルも、デレンゴも、モヒト教授も最後はクレシェイドに判断を委ねた。

「会ってみよう」

 漆黒の戦士はそう言った。

 レイチェルは三人を老婆の家に案内した。老婆とグレン、それにアルミラがそこに待っていた。

「お前さんがクラッドかい」

 老婆は突然クレシェイドの本名を口にした。レイチェルも驚いたが、クレシェイドもまた同じようだった。

「ああ? クラッドって誰だよ?」

 デレンゴが周囲を見回して尋ねた。

「俺の本当の名だ」

 クレシェイドはそう言いグレンに顔を向けた。

「私は何も教えておらんぞ」

 老魔術師が答え、レイチェルはこの老婆の占いが信じられるようになってきた。

「まぐれだ、まぐれ」

 デレンゴが相も変わらずそう言うと、老婆は応じた。

「お前の師匠の名はヘイキチというな?」

「な!? いや、まぐれだ、まぐれ……」

 デレンゴは己に言い聞かせる様にそう言った。老婆は鼻を鳴らしてデレンゴから顔をそらした。

「さて、クラッド。お前さんが探している人物、ネセルティーのことを占ってみようか?」

 全員がクレシェイドを見る。彼は頷いた。

「頼む」

 しかし占い師の老婆は頭を振った。

「何だよ、占うのか、占わねぇのか、はっきりしやがれ。こちとらその人探しで暇じゃねぇんだぜ」

 デレンゴが声を上げる。

「何か条件がある。そう言ったところか?」

 グレンが言うと老婆は頷いた。

「そうだ。お前さん達には、次の町までこのアルミラを連れて行ってもらいたい。その前払いとしてなら占ってやろう」

 するとアルミラが困惑しながら口を開いた。

「あの、御婆ちゃん、何かおつかいなの? 次の町までだったら私一人でも大丈夫だよ」

 老婆は再び頭を振った。

「運命神サラフィー様はきまぐれだ。その気まぐれが祟って道中無事とも限らん」

 レイチェル達は顔を見合わせた。

「つまりは、アルミラちゃんを次の町まで護衛すれば良いわけですね?」

「そのとおりだ。しかし、それだけではない。今日中に次の町に着いたら町一番の大木の前で夕暮れまで待つのだ。無論、アルミラと共にな」

 レイチェル達は、アルミラもそのようだが、老婆の意図が読めずにいた。老婆は言った。

「では、クラッド。お前さんの探している、ネセルティーの居場所を占おう」

 老婆は両腕を広げ、水晶の玉を見下ろしながら何やらまじないを唱えていた。

 そして次の瞬間、薄暗い家の中を水晶の青い光が照らし出した。レイチェルが驚いていると、老婆は言った。

「北」

「北? それだけかよ?」

 デレンゴが不満気に言うと、老婆は腕を下ろした。水晶球の光りが止む。そして肩で息を整えながら言った。

「残念だが、運命神サラフィー様はそれだけしか教えてくれんかった」

 デレンゴは尚も不満気にブツブツ言ったが、クレシェイドが応じた。

「それだけ分かれば今は十分だ」

「おいおい、北って言っても広いんだぞ?」

「デレンゴ、結果に文句を言っても何も始まらん。我々は占いを信じ、北へ旅を進める。そうだな、友よ?」

 グレンが言うと、クレシェイドは頷いた。

「そうだ。だが……」

 クレシェイドが言いよどんでいるのを、レイチェルはいち早く察することが出来た。自分のことだ。神の御使い、ユニコーンは西の国境へ向けて旅を進める様に言ったのだ。クレシェイドは自分の心を優先するか、レイチェルのことを優先するか悩んでいるのだろう。なのでレイチェルは告げた。

「私のことは後回しで良いです。私もネセルティーさんに会ってみたいですから」

 彼女は本心でそう言った。

「レイチェル、それで良いのか?」

「はい」

 レイチェルが返答すると、グレンが言った。

「そう早急に考えを決めることも無い。やがて、北か西か、嫌でも分かれ道がやってくるだろう。その時までに改めて心を決めておくと良い」

「そうですね。わかりました」

 レイチェルは応じた。

 するとアルミラが遠慮がちに口を開いた。

「でも、御婆ちゃん、どうして私、次の町まで行かなきゃならないの?」

「それは教えられん。運命神サラフィー様の気まぐれで、予定されていたことが帳消しになるやもしれん。その時のことを考えて、これ以上お前に余計な希望を抱かせるわけにはいかない。だから、もしも夕暮れになって大木の前で何も起きなかったら、クラッド、お前さん達は、再びこのアルミラを伴ってこの町に戻ってくるのだ。良いな?」

 クレシェイドは頷いた。

 今日の夕暮れまでに次の町へ着かなければならないのなら、もう出発しなければならなかった。

 一行はアルミラを連れて発った。



 三



 世の中に馴染めない者達が徒党を組んで悪に走り、善良な民の命を脅かす。以前の盗賊達のことを彷彿とさせるように、ならず者としての道を選んだ者達が、急ぎ足の一行の前に立ち塞がった。

「ここを通りたければ有り金全部置いてきな。それと、そこの娘二人を頂こう。若い女は奴隷としてそれなりに売れるはずだ」

 賊は十人ほどだった。レイチェルとアルミラを指差してそう要求した。

「まさか、この世界に来てまで、奴隷制が、人身売買が行われているなんて」

 モヒト教授が失望したようにそう呻いた。

 クレシェイドが剣を抜いた。

「お前達にくれてやるものは何もない。そこをどけ」

 彼が言うと賊達も武器を構えた。一気に緊迫した空気が漂う。アルミラは顔面蒼白になりながらレイチェルの服の袖を握り締めていた。

「そうこなくちゃな。ユメノ流剣術がどんなに凄いか、その命で確かめるんだな」

 デレンゴもクレシェイドの隣に並ぶ。レイチェルは駄目だと思った。アルミラの前で血を見せるわけにはいかない。彼女がそう言おうとしたとき、モヒト教授が叫んだ。

「駄目だ、お二人ともいけない! アルミラちゃんがいるんです!」

「じゃあ、どうするんだ?」

 デレンゴが振り返って言うと、モヒト教授は幾分緊張した面持ちで、二人の戦士の前に出た。

「おお、何だ、弱そうなのが来たな」

 賊達が高笑いした。

 その時だった。モヒト教授は持っていた雷鳴砲を敵に向けた。天地を揺るがす激しい音が轟いた。雷鳴砲から射出された多量の稲妻が賊達を貫き、昏倒させた。

「死んじゃったんですか?」

 レイチェルの服の袖を掴み、目を見開いたまま、アルミラが呆然とした様子で尋ねた。

「いや、大丈夫。死んではいないよ。ただ気を失ってるだけさ」

 モヒト教授は深く息を吐いてそう答えた。だが、占い師の老婆の言う通り、運命神サラフィーが、一行の前で気まぐれを起こしたのは確かだ。これをアルミラ独りで行かせなくて本当に良かったとレイチェルは思った。

 賊の手足を縛り、近くの自警団へ連れて行って欲しい旨を記した羊皮紙をそのうちの一人に貼り付けて、街道脇に放置し、一行は再び急ぎ足で旅立った。



 もう夕暮れも近かった。町に入ると、レイチェル達は町民を掴まえて、目指す大木の位置を聞き出し、揃って大急ぎで駆けていた。

 大木はあった。ここで何が起こるのだろうか。レイチェル達もアルミラも半信半疑で、占い師の老婆に言われた通り、夕暮れを待った。

 程なくして日差しに赤みが混じって来た。夕暮れがやってきた。

 しかし、何も起こる気配はない。

「こりゃ、婆さんの占いが適当だったんだな」

 デレンゴがそら見たことかと言わんばかりに口にするとモヒト教授がたしなめた。

「まだ夕暮れは終わってませんよ。皆さん、もう少し待ってみましょう」

 そう言った直後だった。夕日を受ける巨木の下に、ぼんやりと霞がかった影が現れた。一行が驚いて様子を見ていると影は人型となり、やがて一人の壮年の男の姿へと変わった。

「ここは?」

 男がそう言って周囲を見回した時、その視線がこちらに向けられ硬直していた。

「アルミラ?」

 男がそう言った時だった、アルミラが駆け出し男に飛び付いた。

「父さん!」

「アルミラ! やっぱりアルミラなんだな? いや、忘れるものかお前の顔を! そうか、ずっと待っててくれたんだな、私が来ることを!」

 男はアルミラを力強く抱き締めた。

 父子の再会だ。レイチェルにも仲間達にも事情がようやく呑み込めた。そしてこの感動の対面に水を差すわけにはいかないと、足音を忍ばせてその場を立ち去った。

 その去り際、レイチェルは、クレシェイドが立ち止まって、未だに抱き合う父と娘の姿を見詰めているのに気付いた。そして彼が呟くのを聴いた。

「運命神はこうも容易く俺には微笑んでくれなかった。このまるで手の平で踊らされている感覚、奴に似ている。もしや、奴の正体は……」

 そこまで言いかけた時、デレンゴが小声で呼んだ。

「二人とも、行くぞ。感動の再会を邪魔すんなよ」

 クレシェイドが歩み始め、レイチェルもその後に続いた。

 最後にレイチェルが振り返ると、父と娘は向かい合い何事か話している様子だった。そしてアルミラが喜び勇んで父の手を引っ張ってるところで、彼女は安心し前を向いたのだった。

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