第2話 「ゴーレムの町」
レイチェルが目を覚ますと、そこには見覚えのある黒い甲冑を着た男が立っていた。
「レイチェル、目が覚めたか」
その声音に感動しながらレイチェルは頷いた。昨夜のことが大まかに思い出される。キアロドの使いユニコーンが告げたことをだ。自分達は西にある「風吹きの洞窟」を目指すのだ。
その時、不意にクレシェイドが己の兜に手をやり、それを脱いだ。
レイチェルは驚いた。そして気付いた。この世界ではクレシェイドは素顔を、己の肉体を取り戻したのだ。
黒髪をした精悍だが優しい顔つきの青年の顔がそこにはあった。
「これが俺の素顔だ。期待を裏切らないか心配だったが、食事をするためにはどのみち兜を脱がねばならぬからな」
レイチェルは微笑んで頭を振った。
「大丈夫、クレシェイドさんらしいお顔ですよ」
「そう言われると、安心するな」
クレシェイドも笑みを浮かべた。
程なくすると魔術師がどこかへ行っていたのか、帰ってきた。
「レイチェルの嬢ちゃんか。大体のことはクレシェイドから聴いた。私はグレン。グレン・クライムだ」
レイチェルは驚き言った。
「クライム? じゃあ?」
老魔術師は頷いた。
「お前さんの仲間だったヴァロウ。ヴァルクライムは私の甥だ。私はあいつにとっての伯父ということだな」
レイチェルはこの不思議な縁に驚き、再び感動した。
そして粗食だが、朝食となった。
ここでも慣れ親しんだ干し肉を噛み締めながらレイチェルは尋ねた。
「私達が目指す風吹きの洞窟はどこにあるんですか?」
「そうだな、地図を見るか?」
魔術師はとてもとても大きな羊皮紙を一枚広げ地べたに置いた。そしてそれをあと一枚、西側に繋げてみせた。
レイチェルはその広大さに驚いた。北と南の方は途切れていた。つなぎ合せた西側もまだまだ続きがあるような感じだ。きっと三方とも長い長い道のりになるだろう。
「大まかだが、ここが現在の我々の位置だ」
東の一枚目の地図の真ん中辺りを魔術師は指差した。その指が隣の地図へ移動する。そしてその中央辺りで指が止まった。
「この辺りが闇の者達との国境だ」
レイチェルは頷いて尋ねた。
「どのぐらいの時間が掛かりそうですか?」
「そうだな。十年というところか」
「じゅっ……」
レイチェルは言葉を失った。長い長い旅になることは広大な地図を見て察していたが、まさか国境まで行くのにそれだけの時間が掛かるとは予想だにしなかった。
「嬢ちゃんにとっては、急きたいところだろうが、これが現実だ。ゆっくり足並みを揃え、腰を据えて行こうではないか」
レイチェルは頷いた。だが、正直なところ、ガッカリしたところと安心したところがあった。前者は十年と言う現実に。後者は、クレシェイドと長くいられることだった。
「どれ、まずは嬢ちゃんの旅支度を整えてやらねばな。無論、我々もだが。ここから北に行けば町がある。ひとまずそこへ向かうとしよう」
老魔術師に促され一行は歩み始めた。
二
歩き出し、途中で野宿を重ねて二日が経った。そこでようやく町が見えて来た。
だが、町に近付いて行く度に、奇妙に大きなものが見えてくる。程なくしてクレシェイドが剣を構えた。
レイチェルはトロルかと思ったがそうではなかった。灰色の岩壁の身体を持ち、頭と四肢がある。胸には大きな赤い石のようなものが埋め込まれている。そいつは両腕を広げた体勢でこちらを凝視しているようだったが、全く動かなかった。
「友よ、心配いらん。剣をしまえ」
グレンが言いクレシェイドが剣を鞘に納めた。
「こいつはゴーレムだ。きっと町の番人をやらされているのだろうな」
魔術師が訳知り顔で言った。
「ゴーレムって何ですか?」
レイチェルが問うと老魔術師は応じた。
「人形と考えてくれ。ただし戦闘をする操り人形だ。大体が作った者の意思に反応して身動きする」
すると町民が現れた。
「アハハハッ、アンタら、驚きなさったね。これがこの町の自慢の衛兵ゴーレムさ」
町民の若い男が笑いながらそう言った。
「こいつのおかげで俺達は安心して生活できるんだ。山賊も魔物も怖くないね」
男は得意げにそう言った。
「お前さんが、これの発明者か?」
グレンが問うと、男は頭を振った。
「いんや、これを作ったのは別の方だ」
「ほう」
「ここから真っ直ぐ行くと、大きな建物がある。真っ白なフシジロの花の花壇があるからそれが目印さ。そこに住んでる教授様がお造りになったんだよ」
男が言った。
「面白そうだな。一期一会と言う、会ってみるか」
グレンが言うとクレシェイドが応じた。
「ならば二人はそこを訪ねると良い」
「クレシェイドさんは来ないんですか?」
レイチェルは残念に思い尋ねると漆黒の戦士は答えた。
「すまない、俺には他の用事があるんだ」
そう言って羊皮紙を取り出し、町の男に見せて尋ねた。
「彼女の顔を見たことは無いか?」
クレシェイドはどうやら人探しをしているらしい。レイチェルも力になれればと思ったが、グレンに促され、その教授と呼ばれる人物の家を目指した。
ゴーレムは町中の至る所にあった。それも先程のトロル並みの大きさの物から、子供ぐらいの背丈のものまでたくさんあった。レイチェルはまるで石像だらけの芸術の館へ迷い込んだような気分になった。
程なくして大きな家が見えて来た。煙突があり、白い煙がもくもくと立ち上っている。そして綺麗で可愛らしい白い花が出窓の下の花壇の中に咲き乱れていた。あれがフシジロの花だろう。
グレンが戸を叩いた。
「旅の者だが、ゴーレムについてお尋ねしたい」
すると戸が開き、男が出て来た。恰幅のある身体をした温和そうな人物であった。魔術師のような胴衣を身に纏っていた。
「あなたが教授殿で間違いないか?」
グレンが問うと男は苦笑いを浮かべて言った。
「教授だなんて大それた人物ではないですよ。ところでゴーレムに興味がお有りだとか?」
「ああ。私はグレン・クライム。こちらの嬢ちゃんはレイチェルだ」
レイチェルは一礼した。
「ご丁寧にどうも。僕はモヒトと申します」
教授は優し気な笑みを浮かべて言った。
「あのゴーレムだが、やはり魔術の力で動くようになっているのか?」
グレンが尋ねると、モヒト教授は頷いた。
「ええ、その通りです。良ければ実際に動くところを御覧になりませんか?」
「それはありがたい。是非とも見せて頂きたい」
「それじゃあ、少しお待ち下さいね」
モヒト教授は家の中に入ると、真っ赤なルビーのような大きな石を持って現れた。
「では、行きましょう」
モヒト教授に連れられてきたのは、町の入り口にあったゴーレムのところであった。
「では、まずこのゴーレムに気を付けの姿勢をさせてみますね」
モヒト教授は重そうな真っ赤で綺麗な石を両手で持った。
「気を付け!」
モヒト教授の声が木霊する。するとレイチェル達の目の前でゴーレムが身動きし始め、ぎこちないながらも直立不動の姿勢をとった。
レイチェルは思わず拍手した。そして尋ねた。
「人の言葉がわかるんですね?」
「そうだね、確かにそうなのだけど、ちょっと違うかな」
モヒト教授が応じた。
「ゴーレムの胸に埋め込まれた石とこの石が似ているのはわかるかな?」
そう問われ、レイチェルはゴーレムの胸を見る。確かに石は同じく真っ赤だった。
「ルビーか?」
グレンが問うとモヒト教授は答えた。
「そのとおりです。どちらのルビーにも魔法を封じ込めます。とても高等な従属の魔術です。そうすることによって、どちらか片方のルビーを持ちながら、ゴーレムにさせたい行動をイメージするだけで動くようになります」
「ほう、貴殿は従属の魔術の使い手なのか」
グレンが尋ねると、モヒト教授は苦笑いして答えた。
「いやいや、私はゴーレムの設計だけですよ。魔術関連は別の方、ワニヤ女史の専門分野です。あ、ちなみにワニヤ女史は今ちょっと出払っています。他の町で行われている文学展示会に出ておりまして」
モヒト教授は決まり悪いような顔つきでそう答えると、グレンがゴーレムを眺めながら言った。
「このゴーレムだが関節があるのだな」
言われてみれば確かに肘と膝があった。しかし、驚くように言うグレンのことがレイチェルにはさっぱり分からなかった。
「ええ、関節にも魔術を掛けた石が埋め込まれています。あとは強力な磁石もです。それもまたこちらの持つルビーに向かって思い描いた行動とリンクするようになっているのです。試してみましょう」
そう言うとモヒト教授は咳払いを一つし、声を上げた。
「ゴーレム、パンチだ!」
するとゴーレムがググッと身をよじり、渾身の右腕を繰り出した。突風が吹いた。その勢いにレイチェルは驚いた。確かにこれなら町を守ることができるだろう。
レイチェルが拍手すると、モヒト教授がルビーを渡してきた。
「レイチェルさん、良かったら試してみますか?」
モヒト教授が言い、レイチェルは緊張を覚えながらもルビーを受け取った。
レイチェルはゴーレムに向き直った。モヒト教授が言った。
「想像するんです。ゴーレムにやらせたいことを頭で思い描くんです」
よし。レイチェルは蹴りをさせることに決めた。そして邪魔な想像の産物を全て追い払い念じた。
「キックだ、ゴーレム!」
レイチェルが言うと、モヒト教授が驚いたような声を漏らした。
ゴーレムは右足を振り上げた。そして地面に尻餅をついたのだった。
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