第3話 「新たなる旅立ち」
尻餅をついたゴーレムを見てレイチェルは焦った。どこか壊してしまったりはしてないだろうか。
「すみません!」
彼女が謝るとモヒト教授は笑いながら言った。
「こちらこそ、申し訳ない。実はキックだけは駄目なんだ。重心が崩れちゃってね。その辺りが今のところの課題かな。さ、ゴーレムに起きる様に命令してみなさい」
モヒト教授が笑顔で応じてくれたので、レイチェルは安堵しつつ命じた。
「起きなさい、ゴーレム!」
するとゴーレムはヨロヨロと両手をついて起き上がった。
「見事だ」
グレンが言うとモヒト教授は答えた。
「ワニヤ女史の従属の魔術のおかげですよ」
「従属の魔術は高等の中の高等な魔術だ。それを操れるワニヤ女史にも是非ともお目にかかりたかったな」
「またいずれ機会はありますよ」
モヒト教授が応じる。
「ところでモヒト殿、この町には至る所に様々なゴーレムが置かれていたが、何か脅威でもおありなのか?」
グレンが言うとモヒト教授は答えた。
「トロルですよ。近所に住んでいて、度々この町を襲うのです。初めは向こうも本腰を入れてこなかったせいか自警団や流れの傭兵の方々でも撃退することはできました。それでも最近は群れになって襲ってくるので、こちらとしても対抗策を講じなければならないと、そして思いついたのがゴーレムの製作だったのです」
その時、道の方を見ていたモヒト教授の顔色が険しくなった。レイチェルが振り返ると、向こうの方から複数の大きな影が迫ってくるのが見えた。
「トロルだ」
モヒト教授はそう言うと、胸元から細長い物を取り出し、それに口を当てた。
それは笛だった。ビーという耳をつんざくような音が高らかに木霊する。
「ブオオオン!」
程なくしてトロル達の咆哮が轟いた。迎え撃とうとしたが、レイチェルは武器を持っていないことに初めて気付いたのだった。
すると今度は町の方から、重なり合う地響きのような音が聴こえて来た。
振り返ると町の中から大小様々なゴーレムがこちらへ駆け付けて来るところだった。
モヒト教授が、二人に端に寄る様に言うと、ゴーレム達が集結した。
その背後からも大勢の町の人々がこちらへ向かってきたのだが、彼らの手には大きなルビーが握りしめられていた。町の人達は一様に声を上げていた。「走れゴーレム!」と。
モヒト教授もルビーを握り締めて言った。
「走れゴーレム!」
モヒト教授のゴーレムを先頭にし、ゴーレム達がトロルへと地鳴りを上げて猛進して行く。
「教授、我々も行きましょう!」
町の男が言うとモヒト教授は頷いた。
そして人々と一緒にゴーレムの後を追い掛けて行った。
「面白そうだな。嬢ちゃん、我々も行くか」
グレンの言葉にレイチェルは頷き、人々の後を追った。
二
トロルとゴーレムが戦いを繰り広げていた。
人々は手にしているルビーを通じ、様々な命令を下した。
「パンチだゴーレム!」
「ゴーレム背負い投げよ!」
トロルも負けじと木の棍棒を振り上げ殴りつける。その一撃は、ゴーレムの岩肌に亀裂を入れるほどだった。
だが、人々は怯まず声高に命令を叫んでいた。その中にはモヒト教授の姿もあった。モヒト教授のゴーレムはトロルの顔面に強烈な拳を放ち、転倒させていた。
結果、数に物を言わせたゴーレム側の圧勝だった。トロル達はレイチェルも初めて見たが逃げ出して行ったのだった。
人々が歓声を上げる。
そしてゴーレム達は人々と共に町に引き上げて行ったのだった。
「しかし、これで良いのか?」
グレンがモヒト教授の背に向かって尋ねた。
モヒト教授はその意味を理解したかのように振り返って応じた。
「トロルを殺さなかったことですね? そうですね、町の人々も自分達の生活が脅かされるのを思って、何度もトロル討伐の兵を起こそうとしました。でも、僕が反対したのです。僕は争い事が苦手で、まして殺し合いだなんて、そんなものはもう見たくもありません。それにトロル達だって何か理由があるからこそ、この町を襲うのでしょう。いつか、彼らと分かり合える日が来るまで、待ってほしいと町の人々に頼んだのです。それから僕はその日がくるまでの防護策として旧知のワニヤ女史と共にゴーレムを開発したのです」
話を聞きながらレイチェルはゴブリンのことを、ガガンビのことを思い出していた。そして言った。
「大丈夫です。きっと分かり合える日はきますよ」
彼女がそう言うとモヒト教授は礼を述べた。そして言った。
「ところで今更ですが、あなた方は、旅をされているのですか?」
「いかにも」
グレンが頷いた。するとモヒト教授が再び尋ねた。
「旅の目的地はどこなのですか?」
「闇の一族の領内にある風吹きの洞窟というところだ」
モヒト教授は驚き言った。
「僕には風吹きの洞窟については初耳ですが、何故、闇の領内へ、わざわざ敵対している者のところへ赴くのですか?」
モヒト教授の問いにはグレンが答えた。そして彼はレイチェルのことを教え、風吹きの洞窟から再び第一の地上に眠る自分の肉体に戻ることも惜しみなく話した。
「そうでしたか、そんな複雑な事情があるとは思いもしませんでした。無事に地上へ戻れると良いですね」
そこでモヒト教授とは別れた。
レイチェルはグレンと共に旅支度を整えるために町中を回った。
彼女は神官として神より直々に破門されたが、未だ身に纏っているのは白い神官の衣装だった。彼女はこの衣装を脱ごうかとも考えた。しかし、破門されたと言え、彼女は獣の神キアロドを敬っていた。なので、生前と同じく鎖帷子の上にその衣装を纏ったのだった。そして馴染みのある弩を求め、鉄の矢の入った矢筒を背負い、念のため屈強そうな短剣を一振り身に帯びた。お金は全てグレンが出してくれた。レイチェルは申し訳なく思ったが、老魔術師はレイチェルは孫のようなものだと言い、他にも欲しいものが無いかどうか尋ねた。
そして夜、クレシェイドも合流した。人探しの進展があったかどうかグレンが尋ねたが、クレシェイドは頭を振るだけだった。
レイチェルは自分も役に立ちたいと申し出ようとしたが、そこでちょうど宿の料理が運ばれてきた。
チーズの蕩けたハンバーグだった。彼女はこの世界でも空腹を覚えることに気付き、尋ねた。
「もしも食事をずっと摂らなければ、この世界でも餓死してしまうのですか?」
「それは勿論だ」
老魔術師が答えた。
「じゃあ、もしも心臓を刃物で一突きされた場合はどうなりますか?」
「それも勿論、死ぬな。今度は輪廻転生となるだろう」
老魔術師は愉快気にそう答えた。
お腹もすくし、結局自分のいた第一の地上と大まかなことは変わらないのだなとレイチェルは思った。そして素晴らしい味のハンバーグを頬張ったのだった。
翌朝、一行はゴーレムの町を出立しようとした。
「待ってください! おーい! おーい!」
町の北口へ来ると、声を上げながら後を追ってくる姿があった。
それはモヒト教授だった。教授は背中に荷物を背負ってるばかりか、鉄の胸当てを身に着け、腰には斧を差していた。
モヒト教授は息を切らせつつ言った。
「よかった間に合った。僕も、皆さんの旅に連れて行ってはもらえないでしょうか?」
レイチェル達は顔を見合わせた。するとモヒト教授は言った。
「僕も、もっともっと外の世界を見てみたくなったんだ。もしもお邪魔じゃなければ、御同道させて頂きたい」
「しかし、この旅路は長い。再びここへ戻ってくるまでには相当の年月を食うが」
クレシェイドが困惑気味に言うと、モヒト教授は頷いた。
「それはわかっています。町の方もゴーレムの設計図を残してあります。それに人々もゴーレムを操れますし、ワニヤ女史だっていらっしゃる。彼女はとても聡明な人物だ。何も心配することはありません」
しかしレイチェルは頭を振った。
「駄目です。それはできません」
「そ、それは何故だい? 確かに僕は戦うことが苦手だが――」
レイチェルは相手の言葉を遮って言った。
「モヒト教授が離れてしまったら、誰が町とトロルとの橋渡し役を務めるんですか?」
「あ……」
モヒト教授は言葉を失ったようだった。そして幾分落ち着きを取り戻した顔で言った。
「確かにそうだった。僕には、自分で決めた役割があったんだ……」
モヒト教授は冷静な表情になって言った。
「すまない、僕はつい目先の探求心に心を奪われていたようだ。君の言う通り、僕には僕の決めた役目がある」
そして言った。
「昔、僕の住んでいた町にゴブリンが現れたんだ。僕も町のみんなも戦って勝とうとした。だけど、そこにあの人が現れたんだ」
「あの人?」
レイチェルが尋ね返すとモヒト教授は頷いた。
「黒い髪の綺麗な女性の僧侶さんだった。彼女は町とゴブリンの橋渡し役になって、お互いのことに進んで骨を折り、そして信じられないことに僕達は和解し、それから共存共栄できるようになった。本当に信じられないことだよ。人と魔物が手を取り合えるなんて。そう、僕は、彼女のことを思い出してこの役を志したんだった。憧れていたのかもしれない」
「僕はこの町のためにトロルと信頼関係を結ばなければならない」
モヒト教授は強い口調でそう言い、レイチェルは頷いた。
「私も人間と、魔物は手を取り合えると思ってます。私の仲間にもゴブリンがいました」
「おお、それは!」
モヒト教授は興奮気味に言った。
「人と魔物が殺し合わない世界は必ずできます!」
レイチェルは思いを込めてそう言った。
「そう、できるとも!」
モヒト教授は力強く頷いた。
「モヒト教授はこの町のことをお願いします。私は旅をしながら同じような境遇の人々や魔物の力になりたいと思っています」
「おお、レイチェルさんに、かの黒髪の僧侶殿の御加護があらんことを!」
レイチェルとモヒト教授は固く握手を交わしたのだった。
そして一行は、モヒト教授に見送られ、ゴーレムの町を旅立った。
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