第29話 「決戦」 (後編)
レイチェル達はその足を止めた。圧倒的な数のヴァンパイア達が待ち受けていたからだ。
「回廊の謎を解いてここまでやってきたか」
一人の男の声がし、ずっと先にある階段から何者かが、おそらくはヴァンパイアだろうが、悠然とした態度で下りて来た。
「闇の間へようこそ。我らが主、伯爵様はこの上に居られる。だが、この騎士マンサー・ゼノンと親衛隊を斃さぬ限りそこへは行けぬ」
こちらは六人かしない。やり合うには不利だった。せめて他の冒険者達が早く回廊の謎を解いて合流してくれるのを待つしかない。
「皆、動くなよ」
ヴァルクライムが言った。
「行け、親衛隊よ! 愚かなネズミどもを駆逐せよ!」
マンサー・ゼノンの声により、ヴァンパイア達の一陣が一斉にこちらへ駆け出してきた。そしてあっと言う間に取り囲む。ヴァンパイア達は薄ら笑いすら浮かべていなかった。真っ赤な瞳は冷静な光りを帯びている。そして重厚な剣を両手で持っていた。敵が身構える。そして一斉に躍り掛かってきた。
その時炎が渦を巻いてレイチェル達の周囲に展開しヴァンパイア達を呑み込んだ。断末魔の声と共に幾つもの影が炎の中で崩れ落ちた。
「何と! 魔術師か!?」
マンサー・ゼノンが驚きの声を上げる。しかし、数は敵の方が圧倒的に多い。二百はいるだろうか。不利には変わりなかった。
不意に回廊に足音が響き、バルバトスとその仲間達が姿を見せ、アディオスらも同時に合流した。
「レイチェル、遅くなったな」
バルバトスが言った。
「この上がヴァンパイアロードのいる場所か」
アディオスが燃える剣を構えて言った。
「そのとおり。しかし何人増えようが変わらぬことだ。このマンサー・ゼノン率いる親衛隊の前にただ死するのみよ!」
マンサー・ゼノンが右腕を上げる。ヴァンパイア達が身構える。
「そうかい。せいぜい楽しませてくれよ」
オザードが言った。
「それ、かかれいっ!」
マンサー・ゼノンの声のもと、ヴァンパイアが襲い掛かってきた。
得物と得物がぶつかり合い、火花を散らす。
ヴァンパイアはレイチェル達にも躍り掛かってきた。ガガンビが斧で敵の攻撃を受け止める。サンダーも、銀のナイフで敵と対峙している。ティアイエルも敵と打ち合っていた。
するとマンサー・ゼノンが影を残し、突然目の前に姿を現した。
「人間の魔術師よ、光栄に思うが良いぞ。この私が直々に相手をしてやるのだからな」
マンサー・ゼノンが豪壮で屈強な剣を振り下ろす。魔術師は杖に収納していた剣で受けたが刃は圧し折られてしまった。
「ヴァルクライムさん!」
レイチェルが援護に出ようとすると一体のヴァンパイアがその横合いから剣を振りかざしてきた。レイチェルは危ういところで身を引いて刃を避けた。トネリコの槍では到底受けきれないだろう。
「レイチェルちゃん下がって!」
リルフィスの声が響き、レイチェルは下がった。すると矢が飛来し、ヴァンパイアを射た。ヴァンパイアは悲鳴を上げるや、聖なる炎に包まれ、崩れ落ちていった。
「リルフィスちゃん、ありが――」
レイチェルは驚愕した。微笑むリルフィスの背後に音も立てずヴァンパイアが回り込み、一刀両断にしようと構えていたからだ。
「危ないっ!」
レイチェルが叫んだとき、短剣が飛びヴァンパイアを貫き、灰にした。クラナの姿があった。
「クラナちゃん!」
リルフィスは歓喜してその名を呼んだ。
「出遅れたみたいね。さあ、張り切っていくわよ!」
クラナの隊も敵と交戦に入った。
レイチェルには相手がいなかったため、その場を見渡すだけの余裕があった。どちらともつかぬ悲鳴が、断末魔の声が上がり始めた。床に倒れ、己の血の中で動かなくなった冒険者もいた。
ティアイエルが敵の剣技に押され気味だった。そう見たレイチェルは素早く援護に飛び出し、トネリコの槍を繰り出そうとしたが、床にできた影から新手が飛び出して来て道を遮った。
「お前の相手をしてやろう」
ヴァンパイアは剣を振りかざした。何とも素早い一撃に、レイチェルは驚愕し、技量の差を感じた。ヴァンパイアの剣術の前にレイチェルは後退するしかなくなった。それでもせめて反撃をと強引に槍を繰り出したところ、それは敵の剣によって分断された。
気が付けば、レイチェルは壁際に追い込まれていた。ヴァンパイアは表で戦ったような連中とは違い、薄ら笑いを浮かべたりはしなかった。真っ赤な瞳が耽々とレイチェルの隙を窺っている。
殺される。レイチェルは恐怖を感じたが同時に覚悟も決めた。まだ何か手は? あった。
レイチェルは右に動く素振りを見せた。ヴァンパイアがすかさず後に続く。そのわずかな間に彼女は背中の矢筒から矢を取り出した。そしてそれを敵目掛けて放り投げた。
聖水で浸された矢は、敵の足に当たるや、煙を上げ、片足を灰にした。
倒れるヴァンパイアの前でレイチェルは聖水の小瓶を開きそれを己の右腕に振りかけた。
「何をするつもりだ?」
ヴァンパイアが動揺してこちらを見上げ言ったとき、レイチェルの平手打ちが炸裂した。ヴァンパイアの首が弾け飛び、灰塵と化した。
だが、ヴァンパイア達は柱の影から、人の影から、同胞の影から無尽蔵に湧き出てきていた。こちらも次々冒険者が合流し対峙してはいるが、流れは敵にあるとレイチェルは感じた。
ヴァンパイアの高速の剣技は着実に冒険者を追い込み、その命を奪っている。
その時、ティアイエルの槍が圧し折れるのをレイチェルは見た。彼女は弩を取り出し、聖水の滴る鉄の矢を素早く番え、狙いを定めた。
敵の剣を前にティアイエルが徐々に後退してゆく。レイチェルは素早く障害物となる冒険者達を避け、矢を撃てる場所に来ると、狙いを絞って引き金を下ろした。
矢は真っ直ぐ飛び、すぐさまヴァンパイアの背中に突き刺さった。
一体自分の身に何が起きたのだろうか。ヴァンパイアは背中を振り返ろうとしたが、その前に灰となって飛散した。
「ティアイエルさん!」
レイチェルが駆け付けた。
「大丈夫でしたか」
「ええ、アンタのおかげで命を拾ったわね」
有翼人の少女にしては珍しく礼を述べて来た。ティアイエルは先を失った槍に聖水を振り掛けた。
相手無しと見て、ヴァンパイアが襲ってくるや、彼女はその鉄の棒になり果てた槍を一閃させた。ヴァンパイアは崩れ落ちていった。
「影に聖水を振り掛けろ! 影は奴らの移動手段だ!」
バルバトスの声が木霊した。
レイチェルは自分の影に聖水を振り掛けた。すると驚いたことに悲鳴が上がったのだった。ティアイエルも続く、リルフィスもだ。三人は別れ別れになり、素早く影と言う影を見付けて聖水を振り撒いた。その間に、幾つもの断末魔の声が影の底から轟いたのだった。
レイチェルが目を向けるとサンダーの手から銀のナイフが弾け飛んだ。振り下ろされる剣をガガンビが斧で薙ぎ払う。少年は素早くナイフを手に取り、ヴァンパイアの身体に白く燃え上がる刃を突き立てたのだった。
一方ヴァルクライムは、敵の頭目と一騎討ちを繰り広げていた。壮絶だった。敵の刃の応酬を避けながら炎の魔術で反撃している。しかし、マンサー・ゼノンは執拗に魔術師を追い回し、剣の歯牙にかけようとしていた。
レイチェルは弩で狙いを定めたが、動きが早い上に、ヴァルクライムにも当たる危険性があるため矢を放てずにいた。
だが、その様子を見たヴァンパイアがレイチェルの方へ剣を手に猛進してきた。
レイチェルは矢を放つ。それは外れた。彼女はハンドルを回しながら逃げた。その間に黒い戦士が割り込んだ。
「そらよ!」
オザードは大剣を一閃させ敵を胴から真っ二つにした。
「よぉ、これで貸しは確か三つ目だからな」
オザードはそう言うと戦場へ飛び込んで行った。
レイチェルは弦を巻き上げた。
影と言う影に聖水を振り撒いた成果か、ヴァンパイアの増援は現れなかった。
冒険者達も協力してヴァンパイアに当たっていた。ヴァンパイアは着実に減りつつある。
その時、ヴァルクライムが目の前に舞い降りた。すぐさまマンサー・ゼノンに炎を放つが、敵は剣を一閃し掻き消した。
レイチェルは弩の狙いを定め放った。
それはマンサー・ゼノンの腹を射抜いた。
「がっ!?」
マンサー・ゼノンが腹部を抑える。
「さらばだ」
ヴァルクライムが手を突き出す。すると敵の足元から炎が燃えがり包み込んだ。マンサー・ゼノンの絶叫が木霊した。
「嬢ちゃん、すまんな。助かった」
ヴァルクライムが礼を述べた。レイチェルは頷いた。が、驚きで目を見開いた。炎の中で影が立ち上がったのだ。
「お前を、お前を、私の代わりに伯爵者を守護するヴァンパイアの騎士にしてやる」
「何だ!?」
ヴァルクライムが振り返るや、黒こげになったマンサー・ゼノンが腕を上げて飛び出し、ヴァルクライムに組み付いた。
「炎程度ではやれなかったか」
「フハハハッ、我は騎士だ。そしてお前の魔術も気に入った。私は死ぬが、その代わりに伯爵様にお前を残す」
恐ろしいことが起きた。
敵が口を開き、ヴァルクライムの首筋に噛みついたのだ。
ヴァルクライムが呻き声を上げ、敵を突き飛ばす。
「ハハハハッ! これで私の役目は終わった! 伯爵様万歳!」
マンサー・ゼノンの身体は塵となって吹き飛んだ。
「ヴァルクライムさん!」
レイチェルは屈み込み、苦悶する魔術師を見た。
魔術師は首を抑え苦しんでいた。
「嬢ちゃん! いや、誰か私を殺せ! このままでは私は」
オザードが、アディオスが、クラナが、他の冒険者達が駆け付けてくる。誰もが恐ろしいことに刃を引っ提げ、様子を見守っていた。
「レイチェル、どいてくれ」
アディオスが言った。
「駄目です!」
レイチェルはヴァルクライムを抱き締めた。
「このままだと、彼はヴァンパイアになる。それに彼は魔術師でもある。そうなると厄介だ」
アディオスの言葉が冷たく聞こえた。
「嫌です!」
レイチェルは声を上げて応じた。
クレシェイドを失った経験が脳裏を掠める。もう大切な仲間を失うことには耐えられなかった。ましてやそれが敵になるなんて。
レイチェルは神に祈った。懸命に、懸命に神に訴えた。もはや頼れるのは神しかない。
キアロド様、キアロド様、我が主キアロド様、どうかお慈悲を、助けて下さい! 私の全てをあなたに捧げます! ですから、どうか私の大切な仲間を御救い下さい!
その時、不意にレイチェルの身体は軽くなったような気がした。そして全てが真っ白になった。
冒険者レイチェル 第二幕 完
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