第29話 「決戦」 (前編)
金属の音が木霊する。外側の冒険者達がヴァンパイアと交戦に入った。
人間かヴァンパイアかは分からないが断末魔の声が絶えず響いてきた。
神官達が浄化の魔術の旋律を詠む声が幾つも聴こえる。
レイチェルの目の前で、二人の冒険者が弾き飛ばされ、ヴァンパイアが姿を見せた。真っ赤な目を輝かせ、口元には薄ら笑いを浮かべている。
「次はお前の番だ」
ヴァンパイアがレイチェルに向かって来た。レイチェルはトネリコの槍を繰り出したが、ヴァンパイアは影を残して避け、上空に躍り上がっていた。
「死ねぇ!」
ヴァンパイアの伸ばされた爪が刃の如く振り下ろされた。だが、横合いから影が飛び出し振り下ろした武器でヴァンパイアを分断した。
「レイチェル、無事か?」
助けてくれたのはガガンビだった。
「ガガンビさん、ありがとうございます!」
レイチェルがそう言ったが、戦場は動いている。冒険者達の壁も崩れてゆき、死屍累々の有様だった。ヴァンパイア達が得意げに目を交わし合い、こちらを向く。
ティアイエルとサンダーが隣に並んだ。ティアイエルは浄化の光りの宿った槍を、サンダーは同じく浄化の光りの宿った銀のナイフを手にしていた。
「こうなる時のために、こっそり毎日神様にお祈りしてたんだ」
サンダーが言った。ヴァンパイアが殺到してくる。
「行くわよ!」
ティアイエルが言った。レイチェルも身を引き締めて、迎撃に出た。突き出したトネリコの槍が軽い感触と共にヴァンパイアの左胸に突き刺さる。嫌な感触だったが、そんなことを気にしている暇はない。相手の断末魔を見届けず、レイチェルは次々跋扈するヴァンパイア達を頼もしい仲間達ともに斃していった。
ティアイエルもサンダーもガガンビも敵と戦いを繰り広げている。背後から矢が飛び、影から飛び出そうとしたヴァンパイアを灰に変えた。
「暗くてもリールにはお見通しなんだから!」
後ろでリルフィスが言う声が聴こえた。だが、ヴァンパイア達は闇の霧の中から次々姿を現した。
「皆さん下がって下さい」
神官が進み出て浄化の光りを放つと闇の霧ともとどもヴァンパイアの命を奪っていった。レイチェルはバツの悪い思いをした。自分も神官の力が使えればもっともっと役に立てたろうに、仲間達を死なせずにすんだろうに……彼女は浄化の祈りを捧げたが、やはり駄目だった。神はこんな時にでもお許しにはならなかった。
城の前での戦いは続いた。レイチェルも懸命にヴァンパイアの攻撃を避け、トネリコの槍を繰り出してその命を奪っていった。戦うしかなかった。そうしなければ、殺される。そう実感できるほどの恐ろしいほどの戦場だった。
やがて声が上がった。
「退け! 一旦、城内へ退け!」
言葉からしてヴァンパイアの声だろう。敵は鮮やかなほど綺麗に姿を消していった。
生き残った冒険者達は、皆、肩を上下させ息を整えていた。
おびただしいほどの灰と屍が地を埋め尽くしていた。
「何とか勝利できたな。犠牲は出てしまったが……」
浄化の光りが輝く名剣ネセルティーを手にし、バルバトスがそう言った。
彼の足元には、一番最初に喋っていたヴァンパイアが灰となって崩れ落ちているところであった。
「お前達では伯爵様にかなうまい。伯爵様は我ら程度ではないぞ。肉を引き裂かれ、血の雨を降らせて死んで行くが良い」
笑い声を残してヴァンパイアは崩れ去っていった。その灰を一瞥してバルバトスは言った。
「さあ、城内へ突入するぞ」
冒険者達が声を上げるが、その声の少なさにレイチェルは今の戦いでどれほどの命が失われたのか思い知ったのだった。
二
城内は静かだった。壁に埋め込まれた燭台には紫色の闇の炎が宿り周囲を照らしていた。
道が三方に分かれていた。誰がどこへ行くか決めようとした時、含み笑いを響かせ、真ん中の回廊から一体のヴァンパイアが進み出て来た。
その人物は、今までのヴァンパイアとは姿が違っていた。皮の鎧を着こみ、短槍を手に提げている。血の気の無い肌と赤い目は間違いなくヴァンパイアだった。髭も生えており、牙も覗いている。人間だと壮年の男に当たる年だろう。
「エディ・アルケミニュー……」
そう声を漏らしたのはアディオス・ルガーだった。
「久しぶりだな、アディオス」
ヴァンパイアはそう言った。
「アンタがヴァンパイアにやられたのは知っていたが、その手先に成り下がっていたとは……」
アディオスは声を落としてそう言った。
「お前もこちら側に来るが良い。伯爵様は偉大なるお方だ」
「それはヴァンパイア殺しとして名実ともにあったアンタが言うセリフじゃないな。ユースアルク!」
アディオスは愛剣を抜いた。その刀身は程なくして炎に燃え上がった。神学校で習ったが、火もまた邪悪なる者には通用する術の一つだった。
「エディ、俺がアンタを解放してやる」
「ほう」
ヴァンパイアはニヤリと笑みを浮かべた。
アディオスが前に進み出て言った。
「ここは俺が責任をもってどうにかする。みんなは先へ進め!」
バルバトスが頷いた。
「因縁のある相手の様だな。ここはお主とその相棒に任せるとしよう。しかし、敵が水を差してこないとも限らない。他にも幾つか残ってもらおう。キライ、オザード、お前達の組で頼む」
バルバトスが指名したのは鉄鎖を持ったキライという男とショウハという東方人の男達の組と、あのオザードいる組だった。
「まあ、良いだろう。大隊長殿の顔を立てておこう」
オザードは応じた。そしてバルバトスは言った。
「さあ、ここからは三手に分かれて玉座を目指す! 各々等しい隊となって回廊を進んでくれ」
冒険者達は、バルバトスも含め、三つの回廊を走って行った。
レイチェル達のパーティーは残っていた。アディオスとその連れの綺麗なエルフの女性がエディ・アルケミニューと向かい合っている。その周囲にオザード達が退屈そうに、あるいは興味深そうに成り行きを見守っていた。
「ティアイエル、行け!」
アディオスが言うと、有翼人の少女は少しためらう様子を見せて頷き仲間を振り返った。
「真ん中を行くわよ。もしかしたら玉座に直通かもしれないわ」
レイチェル達は頷いた。そうしてティアイエルを先頭に真ん中の回廊へ踏み込んで行った。
三
回廊は静かだった。自分達の駆ける足音だけが虚しく木霊する。闇の炎を乗せた燭台は整然と間隔を置いて取り付けられていたが、中には火の点っていない燭台もあった。
だが、ヴァンパイアは突如として目の前に立ち塞がった。
「ここから先へは行かさん!」
ガガンビが前に出る。レイチェルも神聖魔術の使えない今は前衛として勇気を振り絞って進み出た。
だが、後ろから風が舞い上がり、炎が飛んできた。ヴァンパイア達は炎に焼かれ、絶叫を残して灰になった。振り返ると、ヴァルクライムが杖を突き出していた。魔術だ。
「このぐらいの幅の回廊ならば、私の炎が容易く敵を阻むだろう。私が先頭になる」
魔術師は進み出た。
そうして静かな回廊には影の様にヴァンパイアが待ち受けていたが、ヴァルクライムの魔術で一掃されていた。
長い長い回廊をそうやって進んでゆく。それにしても真ん中の回廊を選んだのは自分達だけだったのだろうか。レイチェルがそう疑問を抱いたとき、出口が見えた。
が、そこは見覚えのある場所だった。アディオスとヴァンパイアが対峙していたところだ。だが、両者の姿もエルフの女性の姿も、待機していたオザードの姿も無かった。いや、よく見れば灰の山だけがあった。アディオスはヴァンパイアに勝ったということだ。それにしてもどうして戻って来てしまったのだろうか。
「途中で脇道でもあったのかな」
サンダーが言う。だが、レイチェルはそんなものを見かけた覚えは無かった。
すると左と右から新たな冒険者達のパーティーが現れた。
「最初の場所だぞ」
「本当だわ」
冒険者達はお互い顔を見合わせた。
「左には何もなかった」
「右もだ」
「真ん中もだよ」
リルフィスが言った。
そして今度はバルバトスの一団が右から姿を見せた。
「どういうことだ? 脇道は無かったはずだが」
バルバトスがそう言うと一同は頷いた。それから続々と冒険者の一団が戻ってきた。
「小細工しやがってヴァンパイアの野郎」
冒険者達は途方に暮れながら再び出発した。
レイチェル達も今度は右へと進んだ。注意深く脇道を探したがそれは無かった。そして前方で冒険者達の亡骸を発見した。殺戮の主はすぐそこに立っていた。
「フフッ、お前達はどう足掻いても伯爵様のところへは辿り着けやしない。回廊を彷徨い果てるか、我らに殺されるか」
ヴァンパイアは女の亡骸の一つを抱き寄せ、その首に牙を突き立てた。
「やはり新鮮な血は美味い」
そうして亡骸を投げ捨てた。
「喉も潤ったことだし、次はお前達を殺してやる!」
五体のヴァンパイアが駆け出してきた。中でも亡骸の血を吸ったヴァンパイアの動きの速さは目を見張るものがあった。ヴァルクライムの炎をかわし、ガガンビと打ち合った。
「ゴブリンか。貴様の薄汚い血はいらん。死ね!」
「誰の血が薄汚いって!? 俺達のガガンビを馬鹿にするな!」
するとサンダーが横合いから躍り掛かった。燃える様な聖なる光りを宿した銀のナイフはヴァンパイアの身体を引き裂いた。
ヴァンパイアが絶叫する間もなく、ガガンビの斧がその体を脳天から真っ二つに切り下げた。
「サンダー、ありがとう」
ガガンビが礼を言うとサンダーは顔を明るくさせた。そして言った。
「あのさ、途中で脇道なんて絶対無かったよ。だとすれば、この廊下に仕掛けがあるんじゃないかな?」
するとサンダーは更に得意げに微笑んで言った。
「一つ心当たりがあるんだ」
「ほう、聴かせてくれ」
ヴァルクライムが嬉しそうに言ったのを見て、レイチェルは魔術師もまた何か思いついたのかもしれないと感じた。
「この廊下さ、たまに消えてる蝋燭があったでしょう?」
そう言われて思い出し、レイチェルは頷いた。
「俺の予想だとそれの全部に火を点ければ良いんじゃないかなって」
どうだろうか。レイチェルはティアイエルの顔を窺った。有翼人の少女は頷いた。するとサンダーは駆け出した。
「じゃあ火を点けてくるから!」
彼が駆け出してすぐにその眼前にヴァンパイアが現れた。
「一人で来るとは迂闊だったな!」
ヴァンパイアは爪を振り下ろし、サンダーと打ち合った。光りと闇の力がせめぎ合い、煙が上がるのが見えた。
ガガンビが駆け出した。レイチェル達も駆け付ける。するとヴァンパイアは舌打ちし、後方に飛び退いた。そこをリルフィスの矢が心臓を狙い撃った。敵は声を上げて灰となった。
「奴らは神出鬼没だ」
ガガンビが言った。
「確かにそうだね」
サンダーは反省するように応じた。そしてレイチェル達は、効率は悪いが、ヴァンパイアに備えるために全員で動いて火を点けて回った。不思議なことに赤い炎を灯したつもりが、蝋燭から現れる炎は闇の暗い紫色の炎になった。
そうして全てに灯を宿し、回廊を進んで行く。すると広間に出た。
また同じかと思ったが、今度は違っていた。荘厳な場所だった。そこには黒い燕尾服を着たヴァンパイア達が待ち受けていたのだった。
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