第6話 「勇者からの依頼」

 アルマンを旅立った後、野宿の際も欠かさずレイチェル達は修行を続けた。

 素振りをし、基礎の筋肉を鍛える動作もした。そしてレイチェルにはもう一つだけ修行の内容が増えていた。

 それはクロスボウの練習であった。的に正確に当てることは勿論、早く弦を巻き取り連射できることにすることが当初の目標であった。レイチェルは精力的にこの弩の練習を続けた。これが、もしもの時の剣とも盾ともなることを信じて。

 そうして一行はティンバラの町へ差し掛かっていた。

 以前滞在したのは僅かだが、それでも見覚えのある街並みが一行を出迎えた。しかし、今日の町には以前よりも人が多く集まっているように思えた。

 興奮気味にも見える、そんな人々の間を抜けて行くレイチェル達の目に、左右の家の二階から吊るされた様々な色の垂れ幕が見えてきた。

「町興し。武闘大会」

 レイチェルは垂れ幕に大きく記された文字を読んだ。

「何をするのでしょうか?」

 レイチェルが首を傾げると、ヴァルクライムが言った。

「武闘大会か。つまりは、互いの武術を武器を交えて競う催しだ。優勝者には賞金も出るのだろうな」

「賞金出るの?」

「おそらくな」

 サンダーが驚くように言うと、魔術師は頷いた。レイチェルは少年と顔を見合わせた。

「ちょっと見てくるよ」

「私も行ってきます」

 少年は駆け出したので、レイチェルも慌てて後を追った。

 もしも賞金が出たらどうしようか。

 山盛りの金貨を想像し、レイチェルは考えを巡らせた。美味しいものをお腹いっぱい食べようか。そして慌てて頭を振った。私は神官なのだから、教会に寄付すべきだ。そうだ、そうしよう。ああ、でも少しぐらいは美味しいものを……勿論仲間の皆で。

 人々の間を縫うようにして駆け抜けてずっと行くと、二人の目の前に拵えられた舞台が姿を現した。

 町の十字の大通りが交わる中心にそれはあった。段になり、四隅に杭が打たれ、そこから互いの杭の間に網が結び付けられ囲まれていた。

「ここで闘うんだな」

 サンダーが感心する様に言った。

 すぐ隣に人々の列が出来ていた。見ると、卓が設けられ、何やら手続きをしているようであった。

 よく見ると看板が立て掛けられていた。

「武闘大会。大人の部、少年少女の部、受付」

 見ると、少年の部の方の受付には、自分達と殆ど年の違わない子供達が並んでいた。中には体格の良い少年の姿も見えたが、残念ながら少女の姿は見受けられなかった。

「俺、出てみようかな」

 サンダーが言った。

「私も出てみようか」

 背後で声がしたので振り返ると、そこには仲間達がいた。

 レイチェルはライラを見た。

「ライラ姉ちゃんだったら優勝狙えるよ。俺と姉ちゃんとで優勝賞金頂いちゃおうよ!」

 サンダーがはりきるようにして言うと、ライラは頷いた。

「それは良いな。腕が鳴る」

 そして二人は揃ってティアイエルを振り返った。

「ま、良いんじゃないの」

 有翼人の少女が応じると、二人は顔を輝かせて列の後方へと走って行った。

 レイチェルはその背を見送りながら、葛藤していた。自分も大会には興味があった。だが、列に並ぶ人々の中には少女の姿も神官姿の者もいない。女性で神官が武術を競う大会に出ることは、はしたないことだろうか。彼女が悩んでいると、ヴァルクライムが言った。

「レイチェルの嬢ちゃんも出てみればどうだ? こう言う大会では剣の刃は潰してある。それでも痛い思いをすることになるかもしれないが、死ぬことは無いだろう。自分の実力を知る良い機会じゃないか?」

「そうですね」

 そうだ。修行を始めたが実力を知るには良い機会だとレイチェルは頷いた。

 程なくして彼女はサンダーとライラのもとへ合流したのだった。

「お名前は?」

「レイチェル・シルヴァンスです」

 登録はただ名簿に名前を記載されるだけであった。

「お名前は?」

「ライラだ」

「失礼ですが姓の方は?」

「ロッ……いや……」

 ライラはラザ・ロッソの名前を捨てたのだ。つまり今は、はっきりとした姓は無い。

 シルヴァンスの名を名乗る様にレイチェルが働き掛けようとしたときに、ライラの肩に手を置いて、歩み寄って来た魔術師が言った。

「クライムだ。彼女はライラ・クライムという」

 そして驚くライラにヴァルクライムの囁き声が聴こえた。

「我がクライム家はお前さんの加入を心から歓迎するぞ」

「すまない、ヴァルクライム」

 登録が終わると、居並ぶ参加者、観衆を前に、町長が規約の説明を始めた。

 鎧兜を身につけるのは自由だ。しかし、盾以外の身体のいずれかに剣を当てられること、身体が場外の石畳に着いてしまった場合、または武器が手を放れた場合、同じく致命的な破損が見られた場合は敗北となる。

 そうして町長は闘技大会の幕開けを宣言し、観衆の声援が届く中、まずは少年少女の部の開始が告げられたのだった。



 二



 対戦相手はくじ引きで決められた。

 番号の記された棒を、木の筒から取り出した時、レイチェルは思わず愕然としてしまった。

 彼女の引いた棒には「一」と記されていたのだ。

 そうして係り員が、後ろに張り出された羊皮紙の組み合わせの一番最初に、自分の名前を書き記したのだった。

 彼女を途端に緊張が襲った。

 愕然としながら組み合わせの羊皮紙を見ていると、サンダーが声を掛けてきた。

「姉ちゃん、一回戦からなんだね」

「うん、そうみたい」

 レイチェルは緊張を悟られまいと笑ってみたが、それは空虚な音色にしかならなかった。

 その時、不意に見知らぬ声が掛けられた。

「すると、アンタがレイチェル・シルヴァンスか」

 見ると、逞しい身体に革と金属の合わせ鎧を身に纏った年上の少年がそこに立っていた。

「俺はノーザン・ドカイガ。一回戦の相手だ。よろしくな」

 相手は額にハチガネをし、箒のように青い髪を逆立てていた。その大きく逞しい体躯に一見すると近付き難い相手だが、気さくな笑みを浮かべて広い手の平を差し出してきたのでレイチェルは握手に応じた。相手の体温を感じた。すると、不思議な事に少しだけ気分が和らいだような気がした。

「良かった。緊張はほぐれたって顔だな。祭りだ、楽しくやろうぜ」

 そう告げて相手は背を向け去って行った。

「出場者の方は、武器と防具を選んで下さい」

 係り員の声がし、武具と防具が詰まれた大きな木箱が幾つか引かれてきた。

 慣れた形状の物が良いだろう。レイチェルは木の棍棒と、鎖鎧を手に取り、さっそく身に付けた。

 それから、やや間があって一回戦開始が告げられたのだった。

「東、レイチェル・シルヴァンス」

 選手達の列の後ろに、何層にも集った観衆が地を唸らせるほどの歓声を上げた。

 レイチェルは場内外を仕切る網を持ち上げ、身体を試合場に乗り出した。審判の男が、中央に来るように、何も知らない彼女を促してくれた。

「西、ノーザン・ドカイガ」

 今度も割れんばかりの大声援が轟いたが、その中に高らかにノーザン・ドカイガを歓迎する声が混じっていた。彼は少年だが名の知れた戦士なのかもしれない。

 ノーザン・ドカイガが、歩んできた。革の鎧と外套を御洒落に纏い、長柄の斧を手にしている。自信に満ち溢れた目がレイチェルを見下ろした。

「あんたは女だが、手加減は無しでやらせてもらうぜ。それが礼儀だと俺は思ってる」

 レイチェルは口で答える変わりに強く頷いた。

「レイチェルちゃん! 頑張れ!」

「姉ちゃん! そんな奴、ぶっとばしてやれ!」

 何処からか、リルフィスとサンダーの声援が届いて来た。

「始め!」

 審判の鋭い声が告げるや、ノーザン・ドカイガはその巨体に見合わず、素早く身体を踏みこんできた。

 長柄の斧がレイチェルの脇から唸りを上げて襲ってきたが、レイチェルは慌てて後方に飛び退いて避け、本能が赴くまま、それを棍棒で打ち落とし、そして飛び込んでいた。

 渾身の棍棒を突き出したが、相手は身を捻ってかわすや、返す刃でレイチェルの一撃を受け止めた。

「こいつは予想以上だ」

 ノーザンは不敵な笑みを浮かべてそう言った。

 二人は競り合ったが、力では明らかにノーザンの方が上手であった。

 レイチェルは瞬く間にグイグイ押される。なかなか端麗な少年の楽しそうな顔が迫って来ていた。

 この不利を抜け出す方法はあるだろうか。レイチェルは素早く考えを巡らせた。そして、失格になるならなるで良いが、策と言えば小さなものだが、一つのを方法を思い付いた。

 彼女は浄化の魔術の調べを口ずさんだ。

「何か手段があるんだな! アンタ、根性あるぜ!」

 ノーザンが更に力を加え始めた時、レイチェルは腕に宿った聖なる光りを相手の顔に向かってすぐさま放った。

「ぐわっ、こいつは!?」

 ノーザンが眩しさのあまり顔を逸らした。その力が揺らいだ一瞬に、レイチェルは相手を押し返した。

 ノーザンの身体がよろめく。その相手に向かってレイチェルは渾身の一撃を放ったが、体勢を立て直した相手の斧の刃がそれを受け止め、逆に物凄い力で押し返すや、よろめくレイチェルの鼻先を掠め、彼女はいつの間にかズルズルと後退を余儀なくされ、試合場を仕切る網まで追い込まれてしまった。

「さあ、どうするね。降参するか?」

 ノーザンが挑むようにそう言った。追い詰められ、レイチェルの心は大きく揺らいだ。これは催しだ。美徳として神妙に負けを認めるべきか。その時、脳裏を黒い戦士の姿が過っていった。

 その戦士は幾百の時の間も宿敵を追う事を諦めなかった。

 そうだ、諦めちゃ駄目だ!

 クレシェイドさん、私に力を貸して下さい!

 レイチェルは相手に向かって首を横に振ると、棍棒を突き出した。しかし、それは物凄い風圧と力で空高く巻き上げられた。ノーザン・ドカイガの斧が首元にそっと当てられた。

「勝者、西、ノーザン・ドカイガ!」

 歓声が上がり、中にはノーザンを称える黄色い声もあった。

 負けたのだ。

 ノーザンは観衆に手を振って応じると、こちらを見て笑顔で頷いた。レイチェルも頷き返した。納得できる試合だったと彼女は思ったのだった。



 三



「サンダー君、負けちゃった」

 試合場から戻ってくるとレイチェルが言った。

「姉ちゃんは頑張ったよ。俺は本当にそう思うよ」

 サンダーは心からそう思いつつ、舌を巻く場面があったことを見止めた。レイチェルの目くらましも、機転が利いていたが、彼が驚いたのはその一瞬に踏み込む素早さであった。まさか、レイチェルにここまでの身のこなしができるとは思わなかった。

「私、皆のところで応援してるから、サンダー君、試合頑張ってね」

 レイチェルは微笑むと去って行った。

 それから自分と年端の違わない少年達がぶつかりあって行く様をサンダーは眺めていた。

「東、サンダー・ランス!」

 自分の名を呼ぶ声がし、サンダーは鉄の胸当てと、小剣の感触を確かめると試合場へと進み出た。

 歓声が轟く。それがとても気持ち良かった。

「西、リーゼ・クリスタル!」

 相手が網を潜り試合場に姿を現した。

 それは自分よりも少し年下か、相手の赤い髪のあどけない顔立ちを見てサンダーはそう思った。しかし、油断はしなかった。相手は身に余るほどの長剣を軽々引っ提げ、身体には鉄の鎧を纏っている。その重さに振り回されることなく、キビキビとした足取りで歩んできた。

 リーゼ・クリスタルが一礼した。

「よろしくお願いします」

「ああ、こっちこそ」

 サンダーは身構えた。

「試合開始!」

 審判の声が高らかに木霊する。サンダーは、相手の隙を窺おうとした。が、気付いた時には、相手の長剣が、彼の腕を打ち、サンダーは鈍い痛みと共に剣を取り落としてしまった。

 一瞬、何が起きたのか分からなかった。痛む手と、石畳に転がる小剣を交互に見ていた。

「勝者、リーゼ・クリスタル!」

 静寂に包まれていた会場が物凄い歓声に湧いた。

「大丈夫ですか?」

 リーゼ・クリスタルが気遣う様に見上げ、顔を覗き込んできた。

「あ、ああ。俺が負けたんだな」

 サンダーは急激に湧くやり場のない怒りと呆れ、苛立ちを封じ込め、溜息を吐いてそう言った。

 そして試合場から降り、呆然としながら群衆の中に居る仲間達のもとへ戻っていった。

「大会史上、最速の決着だそうよ」

 ティアイエルの皮肉が出迎えた。

「残念だったな少年。上には上がいた。今後の道標ができただけでも得た物は大きいさ」

 ヴァルクライムが慰めるように言い、サンダーは苦笑するしかなかった。

 それから少年の部は進んで行った。レイチェルを破ったノーザン・ドカイガと、そして自分を破ったリーゼ・クリスタルが、圧倒的な強さを見せた。

 そして注目の試合が目の前で行われた。

 ノーザン・ドカイガ対リーゼ・クリスタルだ。

 会場を、両者を推す少女達の黄色い声援が染め上げた。いざ、試合が始まると、それは観る者を圧倒させる展開だった。

 重々しい風の唸りに、鋼鉄と鋼鉄がぶつかりあう音が轟いた。ノーザン・ドカイガの戦いぶりはまるで、あのクレシェイドを見ているようだった。しかし、リーゼ・クリスタルも攻撃を受け止め、抜け目なく鋭い反撃に躍り出ていた。サンダーは両者のその力と技量に激しい嫉妬を覚えた。

 どちらが勝ってもおかしくない試合だったが、勝ったのはノーザン・ドカイガだった。激しい打ち合いの末に、リーゼ・クリスタルの剣が圧し折れてしまったのだ。

 そして決勝は、ノーザン・ドカイガの圧勝であった。観衆の中の少女達が歓声を上げて花束を試合場に投げ入れていた。

 ノーザンはそれらを拾い上げ、抱え上げて、観衆に手を上げながら網の外へと出て行った。

 


 四



 大人の部の試合開始がそろそろ告げられるかと思う頃、サンダーは、誰かに呼び止められた。

 振り返ればそこには、あのリーゼ・クリスタルが立っていた。

「サンダー・ランスさん、待って下さい」

 相手は丁寧な口調でそう言った。

 仲間の面々も振り返る中、リーゼ・クリスタルは言った。

「あなたの力を見込んでお願いします。これからボクの所用に付き添っては下さいませんか?」

 相手の赤い髪の少年は真面目な顔でそう言った。

「所用?」

 サンダーが首を傾げると、相手は言った。

「実は、ボクの洗礼の儀式に付き合って頂きたいのです」

「洗礼の儀式?」

「はい。ボクの家系は代々、勇者の血を引いています。勇者と言ってもボクの村の中での話ですが」

 リーゼ・クリスタルは話しを続けた。

「先日、前勇者のボクの父が死にました。ですから、今度は息子のボクが勇者の役目を引き継がなければならないのです」

 サンダーは少年が何を言いたいのか、こんがらがっていたが、ヴァルクライムが言った。

「つまりは、お前さんが勇者になるための洗礼の儀式に、こちらの少年の力を借りたい訳か。しかも、その儀式には腕の立つ同行者が必要と言うことか?」

 リーゼ・クリスタルは頷いた。

「洗礼の儀式はアーク山の神殿で行われます。その道のりには魔物も徘徊してはいますが、その前に、勇者の神殿に入ることの条件として、協力してくれる二人の信頼できる同行者の存在が不可欠なのです」

 サンダーは疑問を覚えてリーゼ・クリスタルに尋ねた。

「魔物退治なら俺も自信はあるけど、どうして、俺に頼むんだい? 俺はアンタに手も足も出なかったんだぜ。他の勝ち抜いた奴を誘うべきなんじゃないの?」

 リーゼ・クリスタルは頷いた。

「そうですね。でも、ボクはあなたについて来て貰いたいのです。あなたにはボクとの戦いで発揮されなかった、本当は強い力を兼ね備えているように思えるのです。ですから、どうか、今すぐにボクと来てくれませんか?」

 真剣にこちらを見詰める眼差しに嘘は無いようだった。本当にこちらが相手の望むほどの力を秘めていると思っているようだ。しかし、急な誘いにサンダーはまずは仲間達を振り返った。特に彼はティアイエルを見ていた。

 有翼人の少女は言った。

「アンタが決めなさい」

 皆に見詰められると、サンダーは頷いた。

「じゃあ、ちょっと行って来るよ。ライラ姉ちゃんの試合見られなくなるけどごめんね」

 するとライラは首を横に振った。

「いや、気にするな。それよりも絶対に無事に戻ってくるんだぞ、サンダー」

「うん、わかった!」

 そしてサンダーは、赤い髪の少年リーゼに導かれるままに、町を後にしたのだった。

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