第7話 「洗礼の儀式へ」 (前編)
赤い髪の少年リーゼ・クリスタルに連れられて町の外へ出ると、そこにはもう一人が待っていた。
「これで役者は揃ったな」
その年上の少年は、レイチェルの対戦相手でもあり武闘大会優勝者のノーザン・ドカイガだった。皮と金属の縫い合わさった鎧に身を包み、肩には斧と槍先のある長柄の得物を担いでいた。
リーゼが二人を引き合わせた。
「サンダー・ランスさん、こちらはノーザン・ドカイガさんです」
「アンタは確か、俺と戦ったレイチェル・シルヴァンスの仲間だったな」
「ああ、そうだよ」
二人は軽く握手を交わした。
「それでこれから行く道のりはどんな感じなんだ?」
ノーザンが問うとリーゼは説明した。
「勇者の洗礼を受ける神殿は北のアーク山の頂上にあります。それまでにまずアゴスト荒野を抜けます」
「食料はどうする? と、言ってもこのお祭り騒ぎが収まるまで店を出す奴はいないとは思うが」
「その心配ならいりません」
リーゼは頭陀袋を抱え上げて見せた。
「よし、なら行こうか。俺も仲間を待たせてるんでね」
ノーザンが言い、三人は歩み始めた。
アゴスト荒野はティンバラ周囲の森の中を抜けた先にあった。
木々のまばらな乾ききった大地が一行を出迎える。アゴスト荒野に入ろうとするとリーゼが制した。
「待ってください。洗礼の道はここから始まっているのです。まず、ボク達が洗礼に来たことを神に伝えなければなりません」
リーゼは神妙な顔でそう言った。サンダーとノーザンが見ている前で、少年は腰に佩いていた長剣を抜き天へ掲げた。
雲の切れ目から覗く陽光が刃を銀色に煌かせる。剣は鍔に見事な装飾の施された特別製のものに思えた。
リーゼは声を上げた。
「神よ、亡き父マッシュ・クリスタルに代わって勇者の称号を引き継ぐべく、マッシュの血を引くこのリーゼが、これよりあなたのもとへ参ります。我に勇者の洗礼を与えたまえ! 輝け、神へと届けソルティアーク!」
リーゼの声が荒野の中に消えてゆく。サンダーは、無論、返答などがあるはずもないと思った。これでようやく足を踏み入れていいのだろうか。そう思った時、はるか頭上の雲の中から重たい空気を孕む音が響き渡った。
「この音は翼だな。さっそく洗礼のお出ましか」
ノーザンが言った。
「いいえ、違います」
リーゼが応じる。
すると頭上から重々しい声が響き渡った。
「勇者マッシュの血を引く息子リーゼよ。我は山頂の神殿を守護する者。掟に従い二人の勇士を引き連れてきたな。ならば、お前の入山を許可しよう。そしてお前の意思と強さがどれほどのものなのか、しかと見届けさせてもらおうぞ」
翼の音は徐々に遠くなり消えていった。
「行きましょう」
リーゼが言った。
二
「それで、何故村にわざわざ勇者が必要なんだ?」
荒野の中を進みながらノーザンがリーゼに尋ねた。
「はい、ボクの住む村には異界への扉があるのです」
そう言われ、かつての旅でデーモンと呼ばれる者達と戦ったことをサンダーは思い出した。あの巨大な地獄の鬼のような容貌を思い出すだけで戦慄する。確かバルログとか言ったか、あれと戦って勝てたのは、クレシェイドと彼の持つ妖剣ギラ・キュロスがあったおかげであった。
リーゼは説明を続けた。
「異界にはこちらの進出を望む邪悪なる者達がいるとされています。その者達がこの世界へ出て来ないように扉を封じ、監視し守護しているのがボクの村なのです。そしてもしも扉が破られたときこそが、このソルティアークを手にする者が立ち向かわなければならないのです」
「その剣はお前さんの血筋にしか扱えない代物なのか?」
ノーザンが再び尋ねると、リーゼは頷いた。
「そう言われてます」
「ちょっと貸して貰うことはできるか?」
ノーザンの申し出にリーゼは頷くこともせず剣を差し出した。彼もまた興味があるような顔をしているようにサンダーには思えた。
ノーザンは剣を軽々と振り回す。風が重たい音を轟かせた。ノーザンはリーゼに剣を返して言った。
「お前さんの言うとおりだな。俺が扱った途端にそいつの刃はナマクラになった。不思議だよ」
「その通りなんです。この剣は手にする人を選びます。そして選ばれたのが、代々ボクの家柄だったのです」
リーゼはそう言うと剣を振り回した。今度は風を切る鋭い音色が木霊した。
サンダーは後ろでその様子を眺めていた。それにしてもそうなると気になることがあった。
「確かに音が違ったけど、それってつまりアンタの、リーゼのことをもう剣は認めているってことだよな。なのに洗礼が必要っていうのはどういうことだ?」
リーゼは応じた。
「それはこのソルティアークの力を元に戻すために必要なのです。勇者の血のおかげでソルティアークは最低限の力を保ってはいますが、本当の所有者である父が死んだためそれも間もなく尽きてしまうでしょう。その力を取り戻すことと、ボク自身が本当に剣に認められ、剣の真価を発揮させることこそが、洗礼の儀式を受けに行く意味なのです」
一行はアゴスト荒野を歩んだ。夕方になっても四方八方無尽の荒れ野が広がるだけで、目指すアーク山の姿は影も形も見えなかった。
持ち寄った松明を篝火にして一行は朝まで休息を取ることにした。
道のりが不明なため、リーゼが持参した保存食を節約し、少しだけ腹に収めた。そして見張りの順番を決めようとしたときには、辺りは本当に真っ暗闇になっていた。
「じゃあ、くじ引きにする?」
サンダーが提案したときだった。リーゼとノーザンが視線を鋭いものにして共に闇を睨み付けた。
尋常ではない態度にサンダーは驚き、彼もまた二人と同じ方角を見た。
やがて少し離れた闇の中に、幾つも光りが揺らめいた。
「ダン村のリーゼだな?」
男の声が轟いた。
「そうだ、ボクがリーゼだ」
「よし、お前の命と持っている剣を頂くぞ」
足音がし、灯かりの端に、軽装で覆面をした者達が姿を現した。
「何だアンタらは?」
サンダーは飛礫の小剣を引き抜きそう問い質した。
「我々は秘密結社悪魔の会の尖兵」
敵は揃って抜刀した。
「そうかい、これで秘密じゃなくなったな」
ノーザンが斧槍を担いで二人の間を抜けていった。
「秘密のままだよ。何故ならお前達はここで殺される。我らが主の指令だ、死ね」
中央の覆面がそう言い終わるや、左右から刃を手にした敵が躍りかかってきた。
だが、ノーザンが得物を薙ぐと、それらはバタバタと地面に倒れていった。
「サンダー、リーゼ、お前ら人を斬ったことはあるか?」
ノーザンが顔をこちらに振り向かせて尋ねてきた。
サンダーは思い出していた。かつてあの邪悪なる竜デルザンドのいた洞窟で悪人を斬ったことをだ。あの皮と肉を貫き骨の間を突き進む感触を思い出し身震いしていた。そしてライラがホムンクルスとして蘇った迷宮では敵の首領の首を背後から掻き切った。その感触がおぞましく剣を握る手に思い出されてゆく。
「ありません」
リーゼが答えた。
「俺は、あるよ。だけど、だけど! やらなきゃこっちがやられてた!」
サンダーがそう応じるとノーザンは頷いた。
「そのとおりだ。人を斬ることほどおぞましいことは無いと俺は思ってる。だが、この状況、俺一人ではどうにもならねぇ。やらなきゃやられる。情にほだされるな、敵がこっちを殺す気でいる以上、気を抜いた方の負けだ!」
サンダーは頷き、リーゼを振り返った。少年勇者は緊張の面持ちで頷いていた。こいつを護ってやる必要がある。彼はそう思った。
「御喋りは済んだか!」
覆面の敵達が次々闇の中から躍り上がって来る。
ノーザンが得物を振るう姿が見える。
「狙うは勇者の剣を持つリーゼだ。父親のマッシュの時のように半殺しで逃したりはするなよ」
「何だって!?」
リーゼが驚きの声を上げた。その脇から影のように敵が忍び寄っていた。
サンダーは慌ててその間に飛び込み、小剣を繰り出した。敵は飛び退いて避けると剣を突き出してくる。
その脇をリーゼが凄まじい気勢を上げて跳び込んでいった。
「お前達だったのか! 父上達を殺したのは!」
リーゼは剣を薙いだ。敵達が距離を取って行く。
「サンダー、リーゼを頼むぜ!」
ノーザンが言った。そして四、五人の剣を纏めて受け止めていた。
「だったら、ボクが殺してやる! 父上の仇だ!」
リーゼが怒りの声を上げて敵へ切り込んで行った。我武者羅に剣を振り下ろすが、敵はやすやすとそれらを受け止めていた。
「くそっ!」
リーゼが一撃を放とうとした時、敵の刃がソルティアークを下を掻い潜って迫った。
サンダーは素早く敵の脇腹に剣を繰り出した。外套を破り切っ先が肉を裂き進んで行くあの嫌な感触がしたが、構っている場合ではなかった。敵は周囲にまだまだいる。苦しみのた打ち回る敵を無視しサンダーは声を上げた。
「リーゼ! 少し下がってろ!」
リーゼはまだまだ子供だ。人斬りにさせたくはないと思った。この手に残る感触は、きっとリーゼのまだ幼い心を蝕み苛ませ、完膚なきまでに打ちのめすだろう。
そのリーゼは虫の息の敵に剣の切っ先を振り下ろそうとしていたが、できずにいるようであった。
サンダーはその肩を掴み後ろに引っ張った。途端に煌く凶刃に彼は小剣を向けて対峙した。
敵は大人だろう。力の差は歴然とした。苦戦するサンダーの真横からもう一つの刃が迫った。
するとリーゼが割って入ってきてそいつを蹴飛ばした。
「サンダーさん、すみません」
「良いんだよ。お前は人を斬るには早すぎるんだ。やるのは俺に任しときな」
敵が踊りかかってきた。
サンダーは剣で受け止める。そして大地に剣を突き刺した。
飛礫が敵目掛けて飛散する。動揺するその隙を逃さず力の限り剣を繰り出した。刃はグサリと左胸に深々と突き立った。
ノーザンが合流してきた。
「これで粗方片付いたつもりだが、どうだい、敵さんまだいるのかい?」
ノーザンが闇に問い掛けるが答えは無かった。
「ま、隠れてりゃ良いだけだもんな。馬鹿正直には答えないか」
その夜は三人とも寝ずの番であった。
そしてやっとのことで朝焼けが広がり始め、昨夜の惨状を露にしたのだった。
血溜まりに横たわるのは、黒い外套と黒い覆面をした者達だった。
サンダーはノーザンがいた方角に累々と横たわる屍の数に驚いた。彼がほぼ全てを片付けたと言っても過言ではない。
「悪魔の会とか言ってたな。妙なきな臭さを感じるな」
三人は覆面を剥がして回った。見知らぬ男達であった。
「なぁ、リーゼ。ひょっとしたらお前さんの役目がこれから重要になってくるかもしれないぞ」
ノーザンが言った。
「ボクもそう思います。こいつらが故意に父上を襲ったのなら尚更です。それにこいつらは、このソルティアークのことも知っていました」
「そうだな。俺らの知らないところで何だかの歯車が回り始めたんだろうよ」
三人は軽い朝食を済ませて再び荒野を進んだ。
そしてアーク山が姿を見せたのはもう二晩夜を明かしてからであった。
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