第3話 「魔術師と迷宮」 (後編)

「向こうにも八つあった。ただクレシェイド兄ちゃんが言ったとおり、横側には無さそうだぜ」

 少年は息を切らしていうと、更に続けた。

「でさ、一つだけ同じ茶色の中でも、出っ張ってるのを見つけたんだけど……罠かな?」

 少年は仲間達を見回しながら尋ねた。

「アタシ達は離れてるから、アンタが確認してみたらどう?」

 ティアイエルが冷たく言うと、少年は口をあんぐり開けた。

 レイチェルは彼女に言い過ぎだと注意しようとしたが、有翼人の少女は小さく溜息を吐いて言った。

「他の石が押せないなら、それを押すしか今は方法がないわよ」

「いや、待ってくれ。レイチェルの言うとおり、上にも突き出た石があるかもしれない」

 クレシェイドが言うと、サンダーは不思議そうに頭上を見上げ、それで納得したようだった。

 彼はティアイエルを見て言った。

「姉ちゃん、ちょっと見て来てくれない?」

 ああ、翼か。レイチェルも誰もが納得し、彼女を見た。

 ティアイエルは気のせいか、表情をやや青くして、高所に点在する草の覆いを見て、表情を強張らせた。

「ああいう、ジメジメした所には、絶対いるわよ……」

 彼女はブツブツと呟いた。

「え? 何がいるんですか?」

 レイチェルが尋ねると、まるで呪いでもかけそうな相手の眼差しが返ってきた。

「見てくるわよ。行けば良いんでしょ」

 ティアイエルは毒づくと、不機嫌そうに白い両翼を広げて飛翔した。

 彼女は手近の草の塊の前で止まると、その下部に短槍を突き刺し、ゆっくり捲り上げた。

「あったわ。出っ張ってないわよ」

 彼女は答えると、吹っ切れた様に次々と草の塊を捲りに掛かった。そしてあっと言う間に任を終えて戻ってきた。

「他に三つ。合計四つよ」

 着地すると彼女は報告した。

「うーん、他の石に意味がないわけはなさそうだしなぁ」

 少年は意を決したように駆け出した。出っ張りの石のある方向へだ。

「皆は、そこにいて! 俺、あいつを押してみるから!」

「ちょっと待って下さい! まだ方法があるかもしれないですよ!」

「死体に寝込みを襲われるのはもう勘弁なんだぜ!」

 レイチェルは少年を止めようとしたが、相手はヒラヒラと手を振ってそのまま駆けて行った。

 サンダーが立ち止まったのは、一番端のようであった。少し遠くてよく見えないが、彼は壁に根付いた草を退かしているようだ。

 そろそろ押される頃合かと、緊張して待つと、ちょうど真上から重たい石が擦れあう様な低い音がし、蔦と蔓がゆっくりと押し出されているのが目に入った。

 ティアイエルがすかさず飛翔し、盛り上がった草の下を確認する。

「今度はこっちが出てきてるわ!」

 ティアイエルが足元のレイチェル達へ叫んで知らせた。

 レイチェルは慌てて囁いた。

「ティアイエルさん、誰かがいるかもしれないんですよ?」

「アンタ達が、十二分に騒いでくれたじゃないの」

 彼女に言われ、レイチェルは先ほどの自分とサンダーを思い出し、開いた口が塞がらなかった。

 サンダーが駆け戻ってきた。

「何かあったの?」

「おう少年、変化はあったとも。次はあの位置のが飛び出たようだ」

 ヴァルクライムがサンダーに言った。

 サンダー・ランスは再び思案すると言った。

「これって順番に押してくんじゃないかな?」

 そしてレイチェル達の反応を伺う前に、ティアイエルを見上げて彼は言った。

「姉ちゃん、それ押してみて! 命の保証はしないけど!」

「生意気だけど、まぁいいわ」

 ティアイエルが石を押す。しかし、変化はなかった。

 サンダーはレイチェル達を振り返って言った。

「たぶん、他の場所が出てきてると思うんだ。手分けして捜して押そう」

 頭上のティアイエルは、既に他の高い位置の石を捜しに動いている。

 レイチェルとクレシェイド、サンダーとヴァルクライムで分かれて壁沿いに走った。

「あった!」

 ティアイエルが声を上げる。間も無くすると向こう側でサンダーが発見した旨を叫んだ。

 レイチェルも三度ほど目の前に現れた出っ張りを押し込み、結局は全員合わせて二十回ほど石を押す羽目になっていた。

 そして入り口は、特別何の音も発てずに、いつの間にか、壁にぽっかりと縦に長い穴を開けて一行を待ち受けていた。

「へへっ、どうよ」

 サンダーは得意げにティアイエルを振り返った。

「仕掛けに気付くのが遅かったわね。二点」

「ちょっと待ってティアイエルさん。恐ろしい罠があるかもしれなかったんですから、慎重になるのは当然だと思います」

「いや、良いよ。本当に危険な仕掛けってものの存在を考えれば、そのぐらいの点数が妥当かもしれないしね」

 レイチェルはあまりにも無慈悲な言葉に憤慨し、少年の弁護しようとしたが、彼はもはや慣れた様に笑いを浮かべて見せた。

 建物の内部の様子を窺うと、そこは広い空間であることがわかった。

 幾つもある屋根の裂け目からは、陽光が降り注いでいるため思ったよりもかなり明るい。それがだだっ広い部屋の中の荒廃した様を虚しく照らし出していた。

 サンダーが入ろうとすると、クレシェイドが彼を引き止めた。

「敵は気付いているだろう。念のために俺が先に行きたい」

 少年は、鉄仮面の戦士の申し出に素直に応じた。

 長剣を提げ、クレシェイドが迷宮へ足を踏み入れて行く。

 彼はしばらく進むと、周囲を見回し、仲間達を振り返った。

 安全だと知らせるように手を掲げようとした時、突然彼が上を見上げた。

 クレシェイドの周囲にバラバラと木屑が落ちた。そして埃と共に岩のような大きな塊が床に落下した。

「でけぇ、クモだ!」

 サンダーが叫ぶ。まさしくその通りであった。

 小山のように膨れ上がった腹と、不気味なほど長い八本の足を確認できた。

 背後でティアイエルが息を呑むのがレイチェルにはわかった。

「早くやっつけなさいよ!」

 ティアイエルが悲鳴に近い声を上げた。

「動くな!」

 クレシェイドが声を上げる。

 すると、一行のすぐ目の前に二つの黒く大きな塊が落ちてきた。

 節くれだった長い足が一瞬だけ忙しく動いた。

 腹に比べて異様に小さな胸部とその先に頭部が見える。その顔には湾曲した刃のような2つの牙と、エメラルドの宝石のような六つの目があった。



 二



 レイチェルの隣を唸りを上げ灼熱の玉が飛んでいった。

 玉は火の粉を散らしてながら、一匹のクモに衝突する。するとその身体は瞬時に炎で包まれ、燻った煙を上げるだけの黒焦げの亡骸へと変えてしまった。

 ヴァルクライムが、杖の柄を向けながら巨大グモの方へと進んで行く。

 残ったもう一匹は、八本の長い足を広げ威嚇すると、魔術師に躍りかかった。だが、彼は片手で杖を振るい、クモを叩き落すと、その頭にすかさず杖先を振り下ろしていた。

 硬い外殻が砕ける微かな音がし、巨大グモは八本の足を痙攣させ息絶えた。

「無事か?」

 クレシェイドが声を上げて尋ねた。彼も新手を一匹仕留め終えていた。

「魔法は特権だから良いとして、むしろ、あんなに腕っぷしがあるのに驚いたぜ」

 魔術師の戦いぶりに舌を巻きながら、サンダーが言った。レイチェルも彼の言うとおりだと思った。クモの大きさと言ったら、自分やサンダーを軽々押し倒せるほどもあったのだ。それを彼は貧相な杖で、しかも片腕だけで撥ね返していた。

「力強化の魔法でしょ?」

 ティアイエルが言うと、ヴァルクライムは振り返って、口元を怪しく歪ませた。

「そうとも」

「でも、詠唱がなかったわ」

「お前さんは、相当こいつらが苦手らしいな。だが、半分は正解だ」

 ヴァルクライムは無言で天井に杖先を向けた。いや、レイチェルの目には彼の唇が微かに上下しているのが見え、彼のか細い息遣いが妙なリズムを打っているのも聴こえた。

 そして杖先からは炎の玉が、天井目掛けて喰らいつくように飛んでゆく。魔法の炎は天井にぶつかると、木っ端を散らし、新たな裂け目を残して飛び去っていった。

「詠唱の度に視線を浴びるのが苦痛だったのさ」

 ヴァルクライムは自嘲するように言った。

「でも、結局スペルに、言葉になってないじゃない」

 ティアイエルが指摘すると、魔術師は己の杖を差し出した。

 所々に大小の瘤がある古めかしい木の杖であった。

「この杖に幾つかの魔法を記憶させた。後は俺の息遣いで反応し発動する」

 彼はそう言うと、再び小さく唇を震わせた。

「上だ!」

 クレシェイドがこちらを見て叫んだ。

 見上げると、天井の裂け目から大グモが次々と入り込んでいた。奴らは脆くなった天井に張り付き、軋ませながら徘徊している。まさに身の毛もよだつ光景であった。

 突如、クモ達は天井にへばり付きながら、一斉に腹を折り曲げ、尻の先をこちらに向けてきた。

 レイチェルが行動する間も与えずに、クモ達は灰色の太い糸を尻から噴き出した。それは頭上を埋め尽くし、曲線を描いて襲ってきた。

 逃げ遅れた。レイチェルは心の中でそう叫び、絶望した。

 だが、突然一行の足元からオレンジ色の光りが生え聳え、あっと言う間に自分達を囲んでしまった。

 クモの糸が光りの壁に降り注ぐ。立て続けに重々しい音を立てるが、それらは光りに触れた途端に蒸気となって消えていった。

「これも、おっちゃんの魔術なのか?」

 サンダーが恐る恐る尋ね、レイチェルとティアイエルも魔術師の背を見た。

 ヴァルクライムは、軽く横顔を見せ、自慢げに口の端まで微笑ませてみせた。

「こいつらの糸は上質な皮の鎧をもドロドロに溶かすぞ。まず腹を見ろ、糸が出せるのは腹が膨れ上がっている奴に限る」

 クモ達が次々と地面に落下し始めた。

「有翼人のお嬢さんは、見学にするかい?」

 魔術師が問うと、ティアイエルはやや青褪めた顔に強張った笑みを浮かべた。

「自分の敵ぐらい何とかするわよ」

「よしよし、だったらお前さんらの武器におまじないをしてやる。先っぽを天井に向けな」

 レイチェル達が彼の言うとおりにすると、ヴァルクライムの杖が一瞬光りを帯びた。

 彼女達は己の得物に起こった変化に驚いた。

 レイチェルの鈍器は頑強で鋭利な氷の刃に包まれ、同じく氷で包まれたサンダーの短剣も、切っ先から更に凍て付く刃が伸びていた。そしてティアイエルの短槍には荒ぶる炎が揺らめいていた。

「防壁の術を解くぞ。少年、間合いを間違えるなよ」

 彼女達を囲んでいた光りの壁が、音もなく消滅した。

 サンダーを先頭に、レイチェル達は、巨大グモの群れへ飛び出し反撃に移った。

 魔術の氷の刃により、まるでちょっとした大斧のようになった鈍器は、クモの本来は強固であろう外殻を容易く切り裂くことができていた。

「たいして重くもねぇのに、この長さは助かるぜ! 切れ味もすげぇ!」

 長剣の如く変化した自身の得物に感嘆するサンダーの声が聞こえた。

 レイチェルは次々と巨大な虫達を切り払っていったが、やがて敵もこちらの攻撃を避ける素振りを見せ始めた。

 虫なのにそうではない。レイチェルは敵に知性があることと、人間の動く様をしっかり観察していること知り一旦歩みを止めた。

 すると、自らの流す暗緑色の血と体液に沈んでいたクモ達が、突然けたたましく足を動かして復活した。

 レイチェルは慌てて周囲を見回し、自分が打ち倒してきた殆どが死んだふりをしていたことを知った。

 周囲から半死半生の不気味な視線を感じ、レイチェルはまるで幽鬼にでも出くわした様なとてつもない緊張を覚えた。

 迂闊だった。自分を取り囲む奴らは、大きな牙をガチャガチャと擦り合わせ、犬が伸びをするように平たいお腹を反り返らせた。

 糸じゃない。跳びかかって来る気だ。レイチェルは焦った。そんな彼女に本能は伏せろと告げた。

 彼女は身を屈めた。そして気付いた。空中で衝突したクモ達は、結局自分の頭に落ちてくること、そしてその重さで圧死してしまうことをだ。

 しかし、クモ達は構えを解くと、節くれ立った八本の足を動かし、そのままレイチェルへと迫ってきた。

 ああ、乗せられた! レイチェルは愕然とした。フェイントだった。

 上空からティアイエルが彼女の前に降り立った。彼女はすぐさま槍を広く薙ぎ払う。その刃に宿った炎を嫌うようにクモ達は後退した。

「バカ、虫なんかに出し抜かれてどうするの」

 ティアイエルはレイチェルを振り返って呆れ顔で言った。

「すみません」

 レイチェルは慌てて身を起こして武器を構えた。

「アタシが怯ませるから、アンタは止めを刺す! グズグズしないで出たら戻るのよ!」

「はい!」

 レイチェルは応じる。

 ティアイエルは、敵へ向かって槍を振り翳した。

 近付き始めた巨大クモがその足を止める。レイチェルは飛び出し、その頭に氷の刃を叩き込んだ。

 クモはやはり火を極度に恐れているようであった。レイチェルは、隙あらば複数の敵を襲いに掛かった。

 離れた場所ではクレシェイドがクモの群れを次々と切り裂いているのが見え、ヴァルクライムも杖を振るい、サンダーと共に敵を打ち倒している。

 気付けば石の床の大半がクモの亡骸で埋められていた。そして残ったクモ達はスゴスゴと壁際へ向かい、天井の裂け目を目指して逃げ始めた。

 レイチェルもそうだが、仲間達が追撃に移る様子は見られなかった。確かに刺激してわざわざ新手を呼ぶような手間は頂けない。

 頭上にも危険がないことを確認すると、一行は新たな部屋か、そこへ続く通路をそれぞれ探しにかかった。

 依頼状の通りだと、この迷宮にはベルラゴンの苔がある最深部が存在しているということになるからだ。

 レイチェルも改めて周囲を一望する。奥の方に石像の跡と思われる壊れた物がある。それは互いの間を開けて一つずつ立っていた。横に棒が突き出ていた。ティアイエルが屈み込んで調べている。

「ヴァルクライム。アンタ魔術師ギルドに入ってるんでしょ? 何か知らないの?」

「あいにくだが、こっちへ来て日が浅いのでな」

 魔術師が応じる。

「ここだけ、少々床が下がってるようだが」

 左手側の壁際の部分を調べていたクレシェイドが言った。

「気が合うな。こちらもだ」

 彼とちょうど反対側でヴァルクライムが答えた。

「レイチェル、アンタは向こう行って」

 ティアイエルがヴァルクライムの方へと駆けながら言った。

 レイチェルがクレシェイドのもとへ辿り着くと同時に、重たい音を上げながらゆっくりと床が沈み始めた。

 背後を一瞥すると、ティアイエル達の方も同じ変化が起きている様であった。

「下がって」

 クレシェイドに促され、レイチェルは後退した。

 重たい音の他に、岩と岩が擦れ合う低い音も聴こえて来た。

 後者の音を出していたのはサンダーで、彼はティアイエルが調べていた半壊の石造を、一歩一歩身体で押しながら懸命に回しているようであった。

「サンダーが、見つけたか」

 そう言ったクレシェイドの声はどこか嬉しそうに聴こえた。

「早くなさいよね!」

 ティアイエルが少年に向かって声を荒げた。

「ちょっと待っててよ! これ、なかなか重いんだぜ!」

 サンダーは息を切らせながら答える。

「私、手伝ってきますね」

 レイチェルはクレシェイドに言うと、石像のもとへ駆け付けた。

 石像は本当は人間を象っていた様であった。しかし腹部から上が無く、残る下半身は緑色の苔に塗れていて、かつての面影は殆ど埋もれていた。

「もう、俺が触っちゃったけどね、苔に誰かが掴んだ跡があったんだよ」

 こちらが質問する前に、疲労の色を浮かべながらサンダーが口を開いた。

 レイチェルも石像を抱えるように掴んで彼を手伝った。

「よく見付けたね」

 レイチェルは感心しながら石像を動かすように回し始めた。しかし、あまりの重さに歯を食い縛らねばならなかった。

「重いね。これ一人じゃ無理だよね」

「あのね、姉ちゃん。たぶん回すの反対だよ……」

 サンダーが目を点にして指摘し、レイチェルは恥ずかしさで身体が熱くなった。

 そして二人は両方の石像を苦労しながら回し終えた。

 サンダーは、疲労のあまり地べたに腰を下ろしていた。

 レイチェルはその肩に優しく利き手を置くと、神聖魔術を詠唱した。

 彼女の利き手が一瞬だけ淡く輝く。サンダーが驚いたような顔をし、自分の身体の感覚を確かめるように立ち上がった。

「すげぇ、疲れ吹っ飛んじゃったぜ。ありがと、姉ちゃん」

 少年はパッと表情を明るくさせて言った。

 姉ちゃんか。レイチェルは笑みを返しながら考えていた。このまま平和に任務が終わることが勿論一番良いけど、そうなるとティアイエルの採点のペースでは、サンダーも、そしてクレシェイドも彼女が満足するところまで辿り着けるのは不可能に近い。

 少年はこちらに背を向け、ティアイエルへ呼び掛けていた。

「どう、これなら三点ぐらい?」

「各一点よ」

「ホントかよ……」

 彼女の返事にサンダーは溜息を吐き軽くぼやいていた。しかし、レイチェルにしてみれば明らかに悪い方に度が過ぎた採点結果であった。

 交渉してやる! 訴えてやる! いくらティアイエルさんが良い人でも、これはただの横暴よ!

 レイチェルは、魔術師の隣に並んだ有翼人の少女を睨みつけ、肩を怒らせ歩み寄ろうとした。

「まだまだだよ。俺、諦めてないから」

 その背にサンダーの声が届いた。

 彼女が振り返ると、少年は困ったように苦笑し、言葉を続けた。

「姉ちゃん、今すごい顔で白鳥の姉ちゃんのこと見てたよ」

「このままじゃ、サンダー君もクレシェイドさんも、満点なんて採れないよ。ティアイエルさんは、少し意地悪が過ぎると思うの」

 レイチェルが訴えると、少年は微かな笑顔を残しながら、神妙な顔を浮かべて答えた。

「ありがとう。だけど、認められるなら、この際綺麗さっぱりで認めて欲しいって俺は思うんだ。もしお情けで仲間に入れて貰えても、それはつまりそういうことになるだろうから……。俺だって一匹狼で半年だけ頑張ってきた意地ってもんが、いつの間にかできちゃったみたいなんだよね。そいつを姉ちゃん達に文句無しで買って欲しいんだ」

 自分より小さいのに、何て立派な誇りを持ってるんだろう。レイチェルは感動で思わず涙ぐみそうになった。そして自分の様を省みた。殆ど役に立っていないし、浄化の祈りに関しては改めて笑い事として誤魔化してはいけないとも思った。

 サンダーが笑みを浮かべた。

「暢気に笑ってる暇なんか無いわよ」

 ティアイエルが言った。

「どうやら入り口が二つ出てきたが、どうする?」

 クレシェイドが続いた。

「お前さんはどう思うんだ?」

 ヴァルクライムが尋ね、クレシェイドが答えた。

「何者かがいるならば、そいつはまず危険な人物だと考えるべきだと俺は思う。それに、地下は当然暗くなるだろう。二度手間になろうとも、戦力を集中させた方が、攻略する上では安全で確実になると思う」

「もっともな意見だが、私は分散すべきだと考える。敵は我々よりもこの場に詳しいだろう。掲げる灯りの件も踏まえて不意打ちはまず避けられんだろうということだ。そして亡骸を操る以上は、敵は魔術師の類だ。それも高位のな。そいつが一方にいると考えれば、背中を見せるのは得策ではない」

 二人の男は意見を求めるように、レイチェル達を見た。

 暗い迷宮を歩くのは不安だが、全員が揃っていれば例え背後を塞がれ様ともどうにかできそうだ。だが、問題は攻略に時間をかけ過ぎて、この周辺で野営をする羽目に陥ることだ。

 動きの遅いゾンビなら何とかなるが、先ほどの巨大なクモのような森の怪の脅威を凌ぎ切るのは難しいだろう。生き物はあらゆる面で人よりも優れた感覚を持っているものだ。それに意外と知性もある。

「私はヴァルクライムさんに賛成です。早く済ませた方が良いと思いますし」

 レイチェルはそう答えながら、クレシェイドに申し訳ない気持ちになった。

「俺はクレシェイド兄ちゃんに賛成だな。どんな罠があるか分からねぇし、もしもの時には大勢いた方が良いんじゃねぇの?」

 サンダーが言った。

「こらクソガキ。アンタ、点数目当てでしょ? 自分の見せ場を増やしたくて、そう言ってるんじゃないの?」

「はいはい、良いよ。だったら分散しようぜ」

 サンダーは相手を見上げ、挑むような視線を向けた。

「じゃあ、これで決まり。アタシも分散に賛成だし。誰がいるか知らないけど、そんな奴はほんのお使いのついでよ。こっちの邪魔しないようなら無視して、後で詰所に報告すれば良いわ」

「本当はクモが怖くて、さっさと帰りたいだけのくせに」

 サンダーはそう囁き、レイチェルに向かって目配せした。

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