第2話 「巡回任務」 (前編)

 ギルドを出てから、三人の間には一切会話が無かった。

 ティアイエルは足早に先を行き、レイチェルとクレシェイドとの距離をあからさまに広げていた。

 早くも新パーティーに訪れた暗雲の気配を察し、レイチェルはただ心配するだけであり、何か言葉を口にすることも憚られているような気がしていた。

 そういえば、私の武器はどうなるんだろう。

 ティアイエルも丸腰のようだが、彼女はそれを補うほどの魔術を使えるのだろう。一方の自分は、簡単な護身術と神殿で習った幾つかの簡単な治癒魔法だけしか手段がない。おまけに、それらは攻撃や防御に用いるものではなく、怪我や身体の疲労を緩和するようなものばかりである。

 神官が用いることを許される魔法は、神聖な魔法と呼ばれる部類のみである。それは己の精神力と、信仰心の強さを糧に発揮できる魔法であった。

 その中にもゾンビやゴーストといった摂理に逆らった邪悪な意思によって蠢き続ける者達に対して、確実な痛手を与える魔法も存在する。だが、神聖魔術には段階があり、新たな魔術を得るには神殿に認められ伝授されなければならなかった。

 通りの向こうに詰所の姿が見えた。

 レイチェル達が入ろうとすると、詰所の中から軽装の男が顔を覗かせた。

「何だいお嬢さん達? 道にでも迷ったのかい?」

 眠たげな顔をした若い警備兵が言った。レイチェルは応じた。

「私達、冒険者です。この度、こちらの依頼を引き受けさせて頂く事になりました」

「ああ、あれか巡回の依頼だったかな」

 警備兵は、特に興味も無さそうに一人合点した。

「まぁ、あんたらでもゴブリンぐらいならなんとかなるか」

「もう一人、合流する予定よ」

 ティアイエルが言った。

「良いとも。だが、報酬の値は釣り上げないからな。四人でも十六人でも紙に書いてあった分を仲良く分配してくれ」

 そう言うと警備兵はさっさと奥へ引っ込んでしまった。

「巡回へ向かうのか?」

 クレシェイドがティアイエルに尋ねた。

「アンタ、私達の格好見てわからない? 御覧なさいよ、丸腰よ、丸腰!」

「そうだな。なら、俺は町の外で待っている」

 そう答えると、クレシェイドは人混みの中へと去って行った。

「アンタ、弓矢を飛ばすのと、武器で叩くのだったらどっちが良い?」

 ティアイエルが尋ねた。

 レイチェルは弓矢の経験は無かったが、かといって、前衛で派手に立ち回れるほどの、腕力と体力も無いと思った。

 いや、どちらか頑張らなきゃ駄目だ。慣れてゆくしかない。

 弓矢は手が滑って仲間に当ててしまうかもしれない。怪物と対峙するのは正直怖い気もするが、そういう意味では剣で攻撃する方が自分も皆が安心できると思った。

「剣で戦います」

「わかったわ」

 応じると、ティアイエルは頷いた。

「でも、持ってないです」

「わかってるわよ。だから、先にあの男のところへ行ってなさい。くれぐれも距離を取る様にね!」

 ティアイエルはこちらに背を向けると、白い翼を広げてみせた。

 そして呆気に取られているレイチェルを残し、小さな羽音を立てて空高く飛翔した。

 通りを歩く人々が彼女を見上げ始める。その影は町の向こう側へと消えて行った。



 二

 


 クレシェイドと北門で合流すると、空からティアイエルが降りてきた。

 彼女は荷物を抱えていた。それは太い棒のようなものと、上着のようなものであった。

 しかし、レイチェルと未だに怪しんでいるのかクレシェイドとの距離が近かったようで、彼女は表情をやや険しくしていた。

「とりあえず、アンタはこれ使って」

 そう言って手渡されたのは、木製の棍棒であった。柄から先が、著しく太くなっている。片手で握っているが、その重量をしっかりと感じるほどであった。

 そしてもう一つは皮製の鎧であった。所々劣化しひび割れがあるが、軽くて扱いやすそうだった。

「法衣の下にでも着ておいたら?」

「ありがとうございます」

 レイチェルは手近な木陰を見つけると、さっそく鎧を装着した。

「お待たせしました」

 ティアイエルに報告すると、一行は街道を歩み始めた。

「ペトリアで少し店を見て回ると良いわよ。まぁ、ここよりも田舎だから、大した物は無いと思うけどね」

「村までどのぐらい掛かるんですか?」

「ちょうど半日ってとこね」

 そう答えるが早いか、途端にティアイエルは驚きの声を上げた。

「そういえば着くの夜中だわ! 暇潰しに困るわね……」

 真上で煌く昼の太陽を見上げてティアイエルは舌打ちした。

「やっぱり夜に戦うこともあるんですよね?」

 レイチェルが尋ねると、相手は再び目を丸くした。何かを思い出したようである。

「カンテラならあるぞ」

 後方を歩いているクレシェイドが言った。ティアイエルの表情がまるで仇敵でも見るかのように厳しく変わった。

「あ、そう。まぁまぁ気が利くじゃない」

「お前はレイチェルに掛かりきりだからな。仕方が無い」

 クレシェイドがしみじみと答えた。



 それから一行は殆ど押し黙ったまま、真夜中のペトリアまで歩き続けた。

「ようこそ、ペトリアへ」

 そう記された看板が鉄格子の門扉の脇にあった。村の周囲は木の柵で囲われていて、鉄格子の向こうには若い警備兵が立っている。

 ティアイエルが、こちらが冒険者であることを知らせると共に、巡回の依頼のことも告げた。警備兵はすんなりと扉を開けてくれた。

「悪いが報告は詰所で頼むよ。書類にチェックを入れるはずだから。中にいる奴が寝てるようなら、鎧のアンタが喝を入れてやってくれるとありがたいね。何せ、アーチボルトの奴、くじ引きで俺をはめやがったんだ。あれはイカサマだ、証拠は無いけど俺はそう断言するね」

 一行は、警備兵の言葉を途中で聞き流しながら、村の広場へと歩んで行った。

 広場は幾つもの商店に囲まれていたが、今はその中にある極僅かの建物しか灯りが見えなかった。

 きっと昼間は賑ってるんだろうなと、レイチェルは思いつつ、身体が疲労を訴えてくるのを追い払うのに苦労していた。

 駄目、眠りそうだよ。

「俺は詰所に行ってくる」

 クレシェイドはそう言うと、担いでいたバッグを足元に置いた。

「灯りが入ってる。自由に使ってくれて良い」

 彼は背を向け、濃い闇の何処かへと消えて行った。

 ティアイエルが隣でブツブツと悪態をついていたが、レイチェルは急激な眠気に抗うため、聞き耳を立ててる暇は無かった。泣き言を漏らしそうだったが、それを抑えて、先輩冒険者に尋ねた。

「半日ごとですから、すぐに出発するんですよね?」

「まあね。だけど、その前に腹ごしらえしても罰は当たらないわ。そうでしょう、神官見習いさん?」

 レイチェルは闇夜に霞む相手の顔を見て、何とか愛想笑いを浮かべた。

 ふとその口元を引き締めた。

 そうだ、私は神官だったんだ。

 そして利き手に持っていた鈍器を持ち替え、自由になった手の平で自分の肩を優しく包んだ。

「アンタ、何やろうとしてるの?」

「少し元気になれる魔法を使おうと思って。良かったらティアイエルさん達にも後で使ってあげますね」

 そう答えながら、短い詠唱を終えると、肩に当てた彼女の手の平は一瞬だが眩しい光りに包まれた。

 身体が徐々に心地良くなった気がしたが、それを最後まで感じることが出来ずに、彼女の視界は突然重たく閉ざされた。

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