第31話 パオネッタの暗躍

 家に帰って、パオネッタに打ち明ける。

「状況が変わった。この村を戦争に投げ込んで、ボーモン王を討ち、村を救う。これは決定だ」


 パオネッタがにこにこ顔で意見する。

「随分とやる気になったものね。見違えるほど、活き活きしているわよ」


「これで、実績が三つ解除される。希少な実績が三つは大きい」

 パオネッタはヒイロの提案に同調した。


「それなら、やらない手はないわね。それで、私に何をしてほしいの?」

「戦争になった場合に勝つ策を、授けてほしい」


「わかったわ。難しいけど勝利に導く方程式を解いてみせるわ」

「頼む。俺は明日からマシュリカ酒を取り締まる。積極的にボルベル族との関係が悪くなるように頑張る。また、マシュリカ中毒者の救済にも力を入れる」


 翌日、ヒイロはマシュリカ酒の捜査を独自に進めて、摘発に乗り出した。

「村の有志団」を名乗り、十人からなる冒険者を雇い入れ、手足とする。


 次々と村で、マシュリカ酒は見つかった。

 逮捕したボルベル族においても、十人を超えた。


 開拓の村は人口が五百人に増えていた。だが、発見された中毒患者は三十人にもおよんだ。


 部下の冒険者に命じる。

「マシュリカ酒を密輸するボルベル族の商人は手荒く扱え。ただし、絶対に殺すな」


 ヒイロはマシュリカ酒の害を声高々に訴える。治療院を設立して寄付も行った。

 村人は五月蝿うるさすぎるヒイロに辟易へきえきしていた。だが、それでもマシュリカ酒の害を認知すると、ヒイロの行動を支持した。



 村でマシュリカ酒の害が改めて認知されると、トウリオ総督代行も無視できない。

 軍でもマシュリカ酒は禁制品となった。


 だが、いくら摘発しても、マシュリカ酒はどこかで見つかった。

 そんな中、ヒイロはミランダ村長に呼ばれた。ミランダ村長は渋い顔をしていた。


「ヒイロさん、マシュリカ酒の摘発に自発的に力を入れてくれる行動は嬉しいわ。でも、摘発は村の役人に任せてちょうだい」


(どこからか捜査に横槍が入ったね。どこからかは知らんが、村を戦争に導くには、いい傾向だ。軋轢万歳だ)


「何を生温なまぬるい話をしているんです。役人は少ないから手が回らない。だから、俺や有志が積極的に摘発に手を貸しているんですよ」


 有志がいる――は嘘だった。ヒイロが率いている仲間は冒険者であり、金で雇った人間が全てだった。


 ミランダ村長は苦しげな顔で語る。

「でも、ボルベル族の商人を目の仇にするようなやりかたは、どうかと思うわ。彼らも村の発展に貢献しているわけだし」


 ヒイロは断固たる口調で詰め寄る。

「貢献は見せかけです。現に、ボーモン王の名を口にする商人は、多かれ少なかれマシュリカ酒を村に持ち込もうとしている。ボーモン王こそ諸悪の根源なのですよ」


 ミランダ村長は弱った表情でたしなめる。

「隣の国の王様も諸悪の根源なんて、それは言い過ぎよ」


「ミランダ村長は、何を恐れているんですか?」

 ミランダ村長は躊躇ためらいがちに発言する。


「衝突よ。ボーモン王が使者を通じて、ヒイロさんが捕まえたボルベル族の商人を解放するように要請してきたわ」


(ほほう、ボーモン王が動いたか。ボルベル族の密輸商人を手荒く扱った甲斐があったな。ここでボーモン王の要求を潰しておけば、ボーモン王の面子は傷が付くな。開戦への第一歩だ)


 ヒイロは目に力を入れて訴えた。

「解放要請を飲んではいけません。解放を要求してくる態度こそ、商人にやましい行為があるからです。全ては村を守るためです」


 ミランダ村長は弱気だった。

「わかるけど、最悪、戦争になんて事態になれば、村は滅ぶわ」


(ミランダ村長が戦争を視野に入れ始めた。これは戦争に向けて事態が進んでいる証だ。この路線で走り続ければ、いずれは戦争だ)


 ヒイロは内心を隠して告げる。

「何を、弱気な言葉を口にするんですか。このままでは、ボーモン王が村を滅ぼす前に、マシュリカ酒が村を滅ぼします」


 ミランダ村長は困った顔で告げる。

「わかってくれないのね。でも、私から要請があった事実は忘れないでね」


 ヒイロが家に帰ると、パオネッタが待っていた。機嫌よく話し掛けてくる。

「マシュリカ酒の摘発は、上手く行っているようね」


 誰も聞いている者がいないかを確認してから、会話を続ける。

「ボルベル族にだいぶ恨まれてきた。パオネッタのほうはどうだ。順調か?」


「敵の内情が、段々とわかってきたわ」

「敵はどんな具合なんだ?」


 パオネッタが知的な顔で説明する。

「ボーモン王にはサルモンと呼ばれる甥がいるわ。このサルモンが後継者として指名を受けていたわ。ただ、今年になって、ボーモンには初の息子が生まれたのよ」


「ボーモン王にしてみれば、息子に王位を継がせたい。つまり、甥のサルモンが邪魔になったのか。ありそうな展開だな」


「後継者のサルモンについて、探りを入れたわ。サルモンはボーモン王に殺されるのではないかと、疑っているわね」


「いいね。サルモンの危機感を利用しよう。ボーモン王はサルモンに手柄を立ててほしくないはず。俺たちはサルモンと通じよう」


 パオネッタが冷たい表情で策を語る。

「サルモンには戦争に行くと立候補させるわ。当然、ボーモン王は勝ち戦でサルモンに手柄を立ててほしくないはず。ボーモン王をサルモンの代わりに戦場に誘(おび)き出し、これを討つのよ」


 開戦まで問題なさそうだが、その後の展開が気になる。

「ボーモン王が先頭に立つ大戦おおいくさになれば、敵は開拓村にいる兵の五倍は集まるな。これを木の塀と柵しかない開拓村に籠もって戦うなら、犠牲は大きいな」


 パオネッタが微笑みを湛えて静かに語る。

「開拓村の中にはボーモン王と通じる内通者がいるから、防衛戦は難しいわね」


「なら、野戦か? でも、野戦に適した開けた場所は、ないぞ。森の中での戦いなら、ボルベル族が優位だな」


 パオネッタが地図を広げて説明する。

「首都ホムホムから開拓村までは細く長い一本の道しかない。村を攻める大規模な軍隊でも、当然ここを通るわ」


「隙ができそうだな。ボーモン王が輿か駕籠かごに乗っていてくれれば、暗殺が可能だな」


「ボーモン王には輿に乗ってもらうように画策するわ。これを休憩地点で待ち伏せして討つのよ」


 ボーモン王を討つまで行けるかもしれないと思った。だが、ボーモン王が死んだ後の話まで予想しておかないといけない。もし、村が落ちれば、実績が一つ解除されない。


「ボーモン王が討たれたら、軍は引くかな?」

 パオネッタは涼しげに微笑む。


「そこはサルモンと密約を結んでおくわ。ボーモン王が死んだニュースが届いたらすぐに兵を引かせるように共謀しておくのよ」


 王が死に、後継者に戻って来いと命じられれば、軍は帰還せざるを得ない。

 無理に開拓村を攻めれば、軍は反乱軍と見做みなされるので、これも行けそうに見えた。


「パオネッタは作戦を進めてくれ。金が必要なら、どんどん使ってくれ。全ては実績解除のためだ」

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