第30話 実績お婆さんの入れ知恵

 翌日、ヒイロとパオネッタはミランダ村長に会いに行った。

「ミランダ村長。祝いの品をチェックしました。マシュリカ酒は入っていませんでした。ただ、祝いの席では、マシュリカ酒が持ち込まれていました」


 ミランダ村長の顔が険しくなる。

「何ですって? いったい、どこから?」


 パオネッタが厳しい顔で進言する。

「ボルベル族と懇意にしている村人が、すでにマシュリカ酒によって手懐てなずけられている可能性があります。おそらく、協力者は一人や二人ではないと思います」


「わかりました。トウリオ総督代行と話をして、マシュリカ酒の禁止を徹底してもらいます」


 ヒイロはもっと強い処置を主張した。

「それでは防げないでしょう。兵士が麻薬中毒になる前に本国に帰すべきです」


 ミランダ村長の顔が曇った。

「兵は本国の意向で送られてきているのよ。帰国させられる決断はできないわ」


 パオネッタも今回は強い口調で同調した。

「前回の惨劇をお忘れですか。このままでは、兵が大量にボルベル族に連れていかれ、戦争に加担させられますよ。開拓村はボルベル族の戦闘員補充地になります」


 ヒイロはミランダ村長を見据えて告げる。

「この大陸のためを思うなら、強い意思をもって、ボルベル族との関係を絶つべきです」


「わかりました。強い態度で臨んでみます」

「その必要はない」と声と共にトウリオ総督代行が部屋に入ってきた。


 トウリオは五十代後半の小男だった。顔は色黒で、綺麗に整えられた白い口髭を生やしている。頭はすでに禿げ上がっているが、精気は充分だった。


 身なりは高そうな緑の服を着て、勲章を付けている。トウリオは大きく構えて発言する。


「君が、ヒイロ君だね。ミランダ村長から話は聞いている。村のために努力してくれている事実は認める」


「だったら、俺たちの意見を聞いてください」

 トウリオはヒイロを軽く睨みつけて発言する。


「だが、軍をどうするか、ボルベル族とどう付き合うか、を決めるのは私の仕事だ。余計な口を挟まないでもらう」


「では、総督代行にお願いします。今こそ決断を」

 トウリオは顔をしかめて、持って廻った言い方をする。


「時に、ヒイロくんは村一番の大金持ちだそうだね」

(何をこんな時に言い出すんだ? 関係ないだろう)


 ヒイロにはトウリオの考えが読めなかった。

「そうかもしれませんね」


「君は築いた財産が国やボルベル族に脅やかされると思っているのではないかな?」

(来たよ。これだ。どうして総督や総督代行って、こう話がわからない奴が多いんだ。論点が、ずれまくりだ)


「別に俺は財産惜しさに進言しているわけじゃない」

 トウリオは目を細めて、見下した口調で発言する。


「そうだろうか? ボルベル族を嫌う理由。兵を送り返したがる理由。ボルベル族と軍は君が大陸で成功するための障害だからだと思っているからに見えるがね」


(完全な誤解だ。トウリオ総督代行は、新大陸の内情も何もわかっていない)

 パオネッタが冷めた顔で静かに告げる。


「どうやら、話し合っても、溝は埋まらないようですね」

「同感だな。私も、そう思うよ」


 ヒイロはミランダ村長の家を後にした。

 家に帰ってパオネッタと協議する。


「参ったね。これはミランダ村長が説得できても、トウリオ総督代行があれじゃあ、きっと開拓村は道を誤るぞ」


「どうする? またルドルフの手を借りる?」

 二度目の要請には否定的だった。


「ルドルフにあまり借りを作りたくない。それに、何度も同じ手を使えば、ばれる危険性がある。総督を病気にしている策がばれれば、一転して窮地だ」


「じゃあ、どうするの? このままで行く?」

「黙って見ているのはしゃくだ。けど、勝手に捜査や摘発すれば、トウリオとの軋轢あつれきを生む。村にいづらくもなる」


 パオネッタは寂し気な顔で訊く。

「最悪、この村を捨てるって決断をするの?」


「捨てたくはない。だけど、俺は実績の解除者であって、政治家でも役人でもない」

 パオネッタが視線をヒイロから外して、しんみりと意見を語る。


「そうね。残酷なようだけど。ここも、入植に失敗して消えて行く村の一つだったのかもしれないわね」


(消えていく村か、悲しいな)

「一応、村の相談役になっている実績お婆さんに明日、相談してみるよ」


 ヒイロは翌朝、焼きたてパンを持って実績お婆さんを訪ねた。

「今日は焼きたてパンを買ってきました。お昼にでも食べてください」


 実績お婆さんは、家の中にヒイロを入れてくれた。

「おや、まだ、パンは温かいね。ありがとう。それで、今日の用は何だい? 称号の授与? 実績の情報?」


「村でマシュリカ酒が密かに持ち込まれて流行っている件は御存知でしょうか?」

 実績お婆さんは渋い顔をした。


「知っているよ。私からも忠告したけど、止められなかったみたいだね」

「このままでは村が滅びます。どうにか、なりませんか?」


 実績お婆さんはパンを手に取って簡単に発言する。

「なるよ。お前さんが、どうにかするんだよ」


「無理ですよ。俺にそんな力はない。そこまでする、思い入れもない」

 実績お婆さんが気楽な調子で語る。


「実績が絡むと知っても、かい?」

(何だと? ここに来て実績が発生だと)


「実績が絡むのなら、話が別ですね。詳しく聞かせてもらいましょうか」

 実績お婆さんは呆れた顔をする。


「本当にヒイロは実績の解除が絡むと態度が変わるね」

「それで、どんな実績ですか?」


「三つの実績が見える。外交系の実績で、開戦の口実を得た者。戦争系の実績で、王を討ちし者。防衛系の実績で、村の防衛者。この三つがあるね」


(交渉系ではなく外交系。戦闘系ではなく戦争系と防衛系。これは希少な実績だね。解除に失敗すると、次がいつになるか、わからない奴だ)


 気分が変わった。だんだん、やる気が出てきた。

 ヒイロは扉、床、壁、窓、天井を注意して、誰もが聞いていない状況を確認する。


 誰も聞いていない事実を確認してから口を開く。

「確認です。ボルベル族との間で開戦の口実を作る。戦争でボーモンを討つ。そんでもって、村を守れば、一気に希少な実績が三つ解除できるんですね」


「どんな口実で、誰との戦争で、どこの村の防衛かの情報は、ない。おそらく、条件さえ満たせばいいはずだよ」


「つまり、俺が裏で全て糸を引いて、動いてもいい、と?」

 実績お婆さんは、あっさりした顔で認めた。


「道義的には問題あるかもしれないが、実績解除的には問題ないね」

「わかりました。ありがとうございます。いや、相談しにきてよかった。道は決まりました。この村を戦争へと続く道に載せて、ボーモン王を討ち、村を救いましょう」


 ここにきて実績お婆さんは、にやりと笑う。

「まっこと、期待しているよ」

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