第4話 新大陸に向けて

 夕食になる。船で取る味気ない夕食も、これでおさらばかと思った。ビスケットから微かに異臭がするのに気が付いた。


 ビスケットを口に入れるのを止め、パオネッタに注意する。

「パオネッタ、食うな。このビスケット何か変だ」


 警告をすると、パオネッタもじっとビスケットを疑わしそうに見ていた。

「どうやら、何か薬品が塗られているようね」


 一緒に食事をしていた船員の表情が凍り付く。船員が立ち上がると、武器を抜いた。

「ばれたら、仕方ねえ。ここで死んでもらう」


 パオネッタは澄ました顔で意見する。

「馬鹿な真似はよすのね。ヒイロは一人で三十人近くの海賊を斬ったのよ。この船の人間を皆殺しにするくらい、わけがないわよ」


 船員は強気で息巻く。

「ここは海賊船じゃねえ。俺たちがいなければ、船はいつまでも港に着かねえぜ」


 パオネッタが冷たい表情で冷酷に告げる。

「それは、どうかしら? ヒイロがあなた方を皆殺しにしたあと、私がゾンビにすれば、船は動くわ。ただ、船の到着が二日遅れるのと、死臭は我慢しなければならないけどね」


 パオネッタの言葉はハッタリだった。ゾンビでは船を操作するような複雑な動きはできない。


 だが、魔術に聡くない船員たちが静かになる。

 ヒイロは副船長に睨みつけて訊く。

「何だ? 目的は金か?」


 副船長が苦い顔をして告げる。

「そうだ。船長の野郎、海賊の宝を貰ったのに、俺たちには銅貨一枚すら分けたがらねえ」


(宝の分配を巡っての争いか。浅ましいな。船長も船員も誰一人として海賊と戦って得た宝ではないだろう。戦った人間は俺だけなのにな)


 ヒイロは無事に新大陸に渡るために無情な決断をした。

「船長がどうなろうと俺は知らない。それは、この船の運航と決まりに関する事柄だからな。だが、俺たちに手出しをするのなら、死んでもらう」


 副船長は意外な顔をして確認してくる。

「それは、俺たちが船長を殺す。そんで、あんたが船長に分けた宝を俺たちで分配する。その分には構わない、と認めるんだな?」


「何度も言わせるな。船の運航については無事に新大陸に着けばそれ以上の不平は言わない。だが、このまま着かないのなら、船員全員をゾンビにしてでも俺は新大陸に行く」


 船員たちが強張った顔を見合わせる。

 副船長が武器を仕舞う。船員たちも武器を仕舞い、副船長は気弱な顔で謝った。

「悪かった。ちゃんとした食事を持ってくる」


(ふう、宝を半分やると公言しておいてよかった。俺が手に入れた宝だ。でも、独り占めしていたら、反乱の矛先は俺になっていたかもしれないからな)


 ヒイロは心変わりしないように釘を刺しておく。

「一度は許そう。次は、ないぞ」


 副船長はきちんとしたビスケットを持ってきた。だが、用心のためにヒイロはビスケットに手を付けなかった。パオネッタも食べなかった。ただ、カルロッタは普通に食べた。


 その晩、遅くに船長の声と思われる声が聞こえた。最初は怒鳴り声だった。だが、次に命乞いする声になる。最後は水飛沫と共に声は止んだ。


(悪いな、船長。俺は新大陸に行かねばならない。危機管理と船員への報酬の分配は船長の仕事だ。誤ったのなら船長に責任がある)


 翌日には港と村が見えてきた。港といっても、木製の桟橋が一つある程度の港である。四十五m級なら余裕だが、もっと大きい六十m級ならギリギリの小さなものだった。


 村は家が二十ほど見える。とはいっても、まだテントで暮らす人間も多い。村は開拓が始まって間もない村だった。村は幅二十mの河川に隣接しており河から水を得ていた。


 春の村は寒くもなく暑くもなくちょうどよい気候だった。

 船が桟橋に横付けされたので、さっさと船を降りた。


 船着場で牛車を借りて、積んできた荷物を降ろす。

 倉庫街に行き、荷物を預かってもらった。船からの荷物の積み下ろしを終わった時には、昼を過ぎていた。


 村に到着したので、村長宅に挨拶に行った。村長の家は港に近くにあった。村長は緑の髪をした身長百六十㎝ほどの女性だった。丸顔で短い髪をしている。品の良い緑のワンピースを着てブーツを履いていた。年齢は四十くらいで背筋がぴっと伸びていた。


 村長は笑顔で三人を迎えてくれた。

「ようこそ、新大陸の開拓村へ。私が村長のアルベルタ・ミランダです。皆さんは親しみを込めてミランダ村長と読んでくれます」


「俺はヒイロ。世界の探求者の称号を持つ冒険者です。それで、こっちがパオネッタ。俺の相棒です」


 ヒイロがカルロッタを何と説明しようかと迷う。すると、カルロッタから口を開いた。


「私はカルロッタ。海賊に捕まって売り飛ばされようとしていたところを、ヒイロさんに助けてもらいました。身寄りはありません。でも私は、この新大陸で生きていきたいんです」

(何か俺への説明と違うが、いいか。面倒事は御免だ)


 ミランダ村長はカルロッタを気遣う。

「カルロッタさんですか。それは大変でしたね。でも、安心してください。我が開拓村は、カルロッタさんを受け入れます」


「ありがとうございます」とカルロッタは礼を述べる。

 ミランダ村長はヒイロに向き直る。


「ヒイロさんは、世界の探求者の称号をお持ちなのですね。どこかの貴族や王家の後援を受けて新大陸にいらしたのですか」


「いいや、しがらみを嫌って、どこの後援も受けずに来た。まずかったですか?」


「そんなことはありません。ただ、後援を受けている方だと受けられる特典があるので、説明しようかと思ったものですから」


「そうですか、ありがとう。でも、覚えておいてほしい。後援者がいない状況は、村にとっても有利でもある。その利点は、どんどん利用してもらって結構です。できない仕事は、できないと断る。できる仕事は、できるだけ手を貸します」


「ありがとうございます。それと、これは冒険者さんによく訊くんですが。何か目的があって、来たんですか」


「ありますよ。俺は新大陸に、実績を解除に来たんです。上手く行けば、残りの実績は新大陸で全て揃うはずです」


 パオネッタが穏やかな顔で答える。

「私は実績の研究者なんです。なので、実績の全取得を目指すヒイロと一緒にいて実績を研究することが目的です」 


 ミランダ村長は微笑んで激励する。

「そうですか。お二人の目的が叶うといいですね。我が開拓村では村を大きくしながら大陸内部に探検してくれる人を探しています。きっと良い関係を築けるでしょう」

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